2022年10月3日月曜日

20221002 内面での考えを文章化するための凝集力の駆動について・・読書そして引用記事の意味

10月に入ったとはいえ、この時季は日中外に出ると未だに暑く、そして室内では、しばらく冷房をつけたりすることもあります。しかし陽が沈むと涼しくなり、心地よい涼やかな風が吹くこともあり、比較的過ごし易いと云えます。そういえば、一昨日に投稿した書籍からの引用記事は、思いのほかに多くの方々に読んで頂けました。やはり、現在こうしたトピックは注目されるのかもしれません。また、推測になりますが、案外と医療専門職の方々の方が、日々の臨床や研究活動にて多忙であり、こうした学会誌や論文集などとは異なる、専門書とは云い難い書籍を読まれる機会は少ないのかもしれません。そして、そのように考えてみますと、こうした専門書とは異なる書籍の興味深いと思われる記述を引用記事とすることは、それなりに意味があり、また出版社さまとしても、それは少なくとも、悪いものではないように思われます。

それ故、今後も引続き、このような興味深いと思われる記述を見つけましたら引用記事として投稿させて頂こうと考えています。当ブログを運営している私からしますと、その基本にあるものは、やはり自らの作成記事ではあるのですが、他方、引用記事にて比較的多くの閲覧者数を得ることが出来た場合、それはもちろん筆者の文章力によるものではあるのですが、同時にその記述を興味深いものとして引用記事とした私にも、ほんのわずかではあれ、功のようなものは、あるのではないかと思うようになりました。おそらく、この考えは以前、1000記事を目指してブログ記事の作成を続けていた頃の私からしますと「堕落」であると思われるのでしょうが、しかし、この自らによる作成記事と引用記事の間にて、揺れつつあるからこそ、1000記事を超え、そして2000記事到達も決して遠くではない現在であっても、どうにか継続することが出来ているのだと思われるのです。

私は、あまり他のブログを読むことはありませんが、おそらく、1000以上のブログ記事を作成している方々の大半は、日常的に書籍、文章を読む習慣があるのではないかと思われます。そうでなければ、記事作成の題材が尽きてしまうよりも、想念や考えを文章化するといった、ある種、内面での凝集力のようなものが枯渇してしまうのではないかと思われるのです・・。

そう、このブログ、文章を作成するための、内面にあるものを文字として固定化する凝集力とは、あまり指摘されることはありませんが、実は理系・文系といった研究分野を問わずにそれなりに重要なものではないかと思われます。そしてまたこれは、これまで(どうにか)ブログ記事の作成を継続した私からしますと、この文章化への凝集力が、自然に、そしてスムーズに駆動して、才能やセンスの領域に至るまでには、人によって多少は異なるのかもしれませんが、それなりの期間の修練といったものが必要になるのではないかと思われるのですが、さて、実際のところはどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


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ISBN978-4-263-46420-5

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2022年10月1日土曜日

20220930 碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」 pp.396-399より抜粋

碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」
pp.396-399より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4502125911
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4502125911

読影のために世界のどこかへデジタル画像を転送する。時間外または”深夜営業”の放射線診断サービスから始まった遠隔放射線診断の活用が、過去10年にわたり大きな成長を見せている。
たとえ患者が真夜中にやってきた場合であっても、放射線画像は米国やオーストラリア、インド、フランスにある別センタ0の放射線科医によって数分のうちに読影される。病院は放射線科医師数の伸びが極めて鈍いにもかかわらず、この遠隔放射線診断の導入によって信頼できる効率的なサービスを24時間体制で維持し、CTスキャナー(毎年14%の成長をしている)やその他の画像診断に対する爆発的な需要に応えることができている。
アイダホに拠点を置くナイトホーク放射線サービスが最王手であり、米国の病院の時間外の放射線診断サービスを提供している。

 遠隔放射線診断サービスは非消費者層を標的にするところから開始したー放射線科医は新サービスが夜や週末といった望ましくない時間帯に運用されることを喜んで受け入れた。

しかし、彼らが日中のサービスを提供し始めると放射線科医から予想通りの反論が出始めた。米国放射線医学会のリーダーたちは、別の州や国に拠点を置く個人の資質、正確性、説明責任の保証に対する懸念を表明した。放射線科医と依頼医が非常に離れていた場合のコミュニケーションに関する問題についても取り上げられた。マサチューセッツ総合病院がインドの非営利企業と提携するという2002年の試みには抗議の手紙が殺到し、最終的に新事業は失敗に終わった。患者プライバシーの危機と主張する議員が介入し、患者データの海外転送に制限がかけられたのである。

 医師の資格要件に焦点を当てた直感的医療の時代の規制が再強化されたことを受けて、ほとんどの遠隔放射線診断サービスは、それが海外に立地していようとも米国で教育を受け、免許を持った放射線科医のみを採用し、彼らはサービスを提供する病院からの資格認定を受けなくてはならなくなった。
さらに、彼らによる読影は米国の放射線科医によって評価ないし”読み直し”されるまでは、仮読影とみなされることも多かった。JCAHOは、放射線科医によるソリューションシップ型事業向けに整備したライセンスや認証標準に合致した遠隔放射線診断サービスを要求する形で介入している。そして、その結果は以下のとおりである。
ナイトホークの一般的な放射線科医は38州の免許を持ち、400以上の病院から資格認定を受けている。会社は手続き等の管理運営のために35人から40人を雇用しているーそして、それにもかかわらず、病院が院内で運営することを選んだ場合よりも低いコストでサービスを提供できている。

 しかし、この膠着状態の隅で面白い事態が生じている。解剖学的構造を読影し、それを患者の既往歴や身体状況と結びつける仕事の大部分が、もはや放射線科医の専門的な眼力や臨床経験に依存しなくなりつつあるのである。静止画像よりも動態研究や分子トレーサーなどの”機能”放射線医学や”量子”放射線医学ー測定や記録アルゴリズムに関連した領域ーが、放射線医以外の医師が生理学的異常を解明する能力を大きく高めた。
超音波や蛍光透視法のような基本技術から始まり、放射線科医の直感に頼った診断技術のいくつかをアルゴリズムに組み込むことによって、こうした機械は画像取得や解析を自動化している。また、機械に必要なスペース、遮蔽設備、電力は小さくなり、価値付加プロセス型診療所に勤務する心臓専門医や整形外科医の診察室に設置可能となってきている。

 典型的な破壊的イノベーションによって、放射線科医ではない医師が簡易な撮影と読影を始めるためのドアは開かれた。そして、地域病院の放射線科にあるソリューションシップ型事業への患者紹介を減らし続けている。放射線科医が業務の海外流出を防ぐ手段を見つけ出そうとしている一方で、他の医師たちがまさに自身の診察室や地域の中でその業務の一部を行い始めているのである。

 この規制回避から得られる重要な知見は、心臓専門医や整形外科医は規制による承認を受ける必要がなかったという点である。放射線科医は、その他の医師からの画像読影依頼による出来高払いによって収入を生み出している。遠隔放射線診断は、低価格の破壊的イノベーションによってこの事業に参入しようとしているがー市場の特定セグメントを獲得するために低コストのビジネスモデルを活用するー、相変わらず出来高払いのままである。キャピテーションやアウトカムに基づく支払いの中で働く心臓専門医や整形外科医は、画像の読影によって収入を得ているわけではないため、認証規制について心配する必要がなかった。彼らは心臓や骨を修復することで収入を得ているのである。まさに放射線医学はより多くの心臓や関節をより確実に、より速く修復できるように手助けしているのだ。

 心臓専門医や整形外科医、その他の医師がコンピューターの補助によって放射線科医と相違ない結果をもたらす画像技術を活用してから数年のうちに、規制は最終的な医師の資格よりも、プロセスやアウトカムに焦点を当てたものへと変化するだろう。実際のところ、放射線診断の時間外外注サービスについては、安全に対する当初の懸念はすでに払拭されている。現場の医師が副操縦士としての放射線科医を必要としない時代さえ来る可能性がある。

 老子は”届かない場所から始める”規制撤廃の戦略を私たちよりも的確に組み立てた。”水は柔らかくしなやかで形を変える。しかし、固く形を変えない岩をもすり減らす。一般的に柔らかく弱いものが、固く強いものを打ち破る。ここにもう1つのパラドックスがあるー柔よく剛を制す。”

2022年9月29日木曜日

20220929 以前と比べ記事の投稿頻度が低下していることについて・・

おかげさまで、一昨日の投稿記事も、これまで比較的多くの方々に読んで頂けました。こちらの記事を読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。また同時に、総投稿記事数も1855に至り、あと新規で45記事投稿することにより、当面の目標としている1900記事に到達することが出来ます。去る6月13日に1800記事に到達していましたので、その後、概ね3.5カ月にて55記事を投稿したことになりますので、その間2日に1記事の頻度にて投稿してきたことになりますが、この投稿頻度は今後また、出来るだけ上げていきたいとは考えいるのですが、その具体的な方策については、未だ定まったものはありません。ただ、どこに居ようと、何かしら記事の着想を得たら、即座にそれを記述しておくという2016年頃に行っていた方法を再度試みることにより、また新たな流れが生じるようにも思われますので、今後しばらく行ってみようと思います。

思い返してみますと、たしかに2016年の頃は、ほぼ毎日、ブログ記事の作成を行っており、また丁度その頃から、書籍からの引用記事でなく、自らの文章による記事作成が安定してきました。そして、その流れはその後、2018年夏頃まで継続したという実感があります。そうしますと、2016年からの2年半の期間が、これまでブログ記事作成で、最も脂が乗っていたと思われ、また、正直なところ、その期間に記事として書いた内容からは、そこまで大きな考えの変化といったものはないように思われるのです。つまり、その期間にブログ記事に書いた内容こそが、それまで考えて、そして文章として著すこと出来るにまで至った考えであり、それは現時点においても、あまり大きな変化はないということになります。

そのように考えてみますと、2018年の5月26日(夏前)に1000記事に到達したということは、私としては感慨深く、また、それからしばらくは記事作成の勢いは、そのまま続き、そして初夏に至り、一段落したものと見受けられます。

そして、そこから4年以上経ち、新規での投稿記事は850程となりました。この投稿頻度は、たしかに、さきに述べました当初3年間と比較すると低下していると云えますが、しかし同時に、自分なりの考えや見解を3年にわたり、ブログ記事として投稿し、示し続けた後としては、そこまで低いとは思われません、むしろ、それらを一つの流れとして考えてみますと、そこから一つの成長の経緯が示されるようにも思われるのです。無論、であるからといって、それに安心・慢心することは慎んだ方が良いと思われますが、ともかく、そこまで落ち込むこともないと思われるのです。

くわえて、以前に「ブログは1000記事に到達してからが本番」といったご意見を聞いたことがありますが、それとも、さきに述べた様相は関連があるようにも思われるのです。そして、今後、当面の目標である1900記事そして、さらに2000記事まで到達することが出来ましたら、また何かが変化して、それを実感することは出来るものなのでしょうか?何れにせよ、そこまで継続しませんと、それは分かりませんので、今しばらく続けようと思います。

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2022年9月27日火曜日

20220927 直近2つの引用記事の閲覧状況から思ったこと

昨日は新規での投稿をしませんでしたが、それ以前直近の引用記事2つは、おかげさまにて、比較的多くの方々に読んで頂けました。これらを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。そこからまた、私のブログは思いのほかに多く医療従事者の方々にも読んで頂いているとも思われました。

そして今後も、こうした医療に関連する興味深いと思われた書籍内記述の引用記事も、引き続き作成していこうと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

また、こうしたことを記していますと、思い出されるのは、ここ最近、何度かブログ記事の題材とした「黒光り」と「無双感」のことです。それら記事では開業医などの外見からよく看取されるのは「黒光り」であり、他方の「無双感」は、人文系の研究者などが、ご自身の専門分野での知見や見解を述べている際の様子から看取されると述べましたが、それらはあくまでも私個人の見解であり、また何れにおいても、それらの傾向から外れる方々も少なからずおられました。

また、そうしたいわば「規格外」とも云える方々の多くは、会話をしていますと「何か少し違う、尋常ではない・・」といった感じを受けるもので、さらに会話を続けますと、それまでに聞いたことがないような意見や考えに触れることもあります。

その一つとして、これまでに度々、当ブログ記事の題材としている医療介護系専門職大学新設が挙げられます。この話をお聞きしたのは2017年頃であったと記憶しており、当初は、あまり気に留めていませんでしたが、その後、私の方が当時勤務していた医療法人での職務から、歯科衛生士・技工士養成校(大学・短期大学・専門学校)へ訪ねることが多くなり、そこから本格的にこれら職種のなりてが不足していることを知り、さきの専門職大学の話を思い出しはじめた頃、再度、さきの専門職大学新設の意見を仰っていた開業歯科医師の先生とお目に掛かる機会があり、そこで「先生、ボクも最近仕事で歯科衛生士や技工士の養成校に度々行くのですけれども、総じて、就職支援室に来る求人数に対しての学生さんの数が少ないことを痛感しました。そこで、以前、先生が仰っていた歯科衛生士と歯科技工士の専門職大学の件ですが、あれは本当に考えておられるのですか?」と少し斜に構えた感じで訊ねたところ、件の先生は「いや、歯科技工士が足りないのは以前から分かっているから、それならば運営に苦慮されている歯科技工専門学校を譲り受けて、その後、CAD/CAMなどの新たな技術にも対応可能な機器・設備を導入し、それに見合ったスタッフも揃えて教育を行えば、新たな歯科技工士の教育が出来るし、それに加えて、歯科衛生士も毎年の求人数に比べて国家試験合格者数はかなり少ないから、歯科衛生学科も設置すれば良いかなと思っていたら、丁度同じ頃に、専門職大学という新たなタイプの大学が設けられたと聞いてね、それで、ウチの**先生にその説明会に行ってもらい話を聞き、そこから色々と事情を調べてみたところ、現時点では未だ動き出す時期ではないと思って、とりあえずは保留にしてあるのです。」という答えが返ってきました。

こうした考えは、これまで人文系の研究者の方々からは、お聞きすることがなかったことから、このような研究分野による視座、あるいはスケール感といったものは、明らかに異なるのではないかと思われたのです。

ともあれ、その時、私は件の先生に「しかし先生、専門学校からの改組とはいえ、ご自分で大学を新設しようと本気でお考えなのですか?」と、さらに訊ねたところ「いやいや、歯科技工士も衛生士も足りていないのは事実だし、最近のデジタル化への対応も歯科では重要だよね。それに、知っているかもしれないけれど、日本の私立の老舗医科大学でも設立の経緯で、分派独立みたいなことは度々あったわけだから、そうした動き自体は、現在の歯科医療専門職の教育であっても、そこまでおかしいとは思えないけれども・・。」といったお返事でした。

そして、こうした視座、あるいはスケール感は何に依拠しているのかと考えてみましたところ、それは全てではないにしても、ご自身が運営する組織に基づく経済感覚にあるのではないかと思われましたが、しかし、こうした考えの歯科医師も決して多くはないと思われますので、あるいは、他の個別的な要因があるのかもしれません・・。

私見としては、こうした若手・中堅の勢いのある先生方が、各地方にて、古くなって、運営が困難になった専門学校等を譲り受けて、学科編制を変えて専門職大学に改組するといった動きが生じ、そして活性化すれば、昨今問題視されている、我が国の高等教育での新陳代謝が、さらに進むのではないかと思われ、それはそれで、少なくとも悪い流れではないと思われるのですが、さて如何でしょうか?

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2022年9月25日日曜日

20220925 碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」 pp.394-396より抜粋

碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」
pp.394-396より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4502125911
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4502125911

以下の記述についてよく考えてほしい。虫歯は予防可能だという事実があるにもかかわらず、歯を失う理由の一番に挙がる慢性疾患であり、2歳から5歳の子供の4分の1以上、12歳から15歳の子供の半数以上、40歳以上の成人の90%以上が虫歯を持つ。虫歯は全世界の50億人を苦しめ、特に低所得世帯に影響を与えている。世界の公衆衛生における関心事に対応する、破壊的イノベーションの機会が存在すべきである。

1つの事例がある。しかし、患者のためにやっているせいで、それを必要とする人々になかなか届けられないでいる。既存の提供者が直接攻撃を受けたときに、規制が患者保護から提供者保護へと、どのように形を変えるかを表した事例として、マサチューセッツ州で起きていることを良く考えてほしい。

 歯科衛生士が法律を制定しようと働きかけている。その法律では、特別に訓練された衛生士が歯科医師の直接の監督下になくても歯をきれいにし、フッ素塗布ができるようになる。マサチューセッツ歯科医師会は住民の安全を引き合いに出して、声高にこれに反対した。さらに、医師会は代替案を出したー歯科医の直接の監督下で、歯をきれいにし、詰め物さえできる特別に訓練された歯科補助者という異なる階級の創設である。マサチューセッツ歯科衛生士協会(MDHA)は、歯科補助者の誕生によって”資格のある歯科衛生士を締め出し”かねないと反対声明を出した。どう見ても、マサチューセッツ州は破壊的イノベーションからの直接的な攻撃を巡る長い闘いに向っている。予想通り、組織や専門家は自らの食い扶持を守るために闘うのである。

しかし、着目する人々が少ない場所では歯科診療は破壊されている。アラスカ先住民族保健コンソーシアム(ANTHC)は2000年に、郊外の歯科サービスの欠如に対応するため、州を説得し歯科保健補助療法士(DHAT)という新種の歯科職種を創設させた。モデルは90年以上前にニュージーランドで導入され、明白な成功を収めたもので、同様のプログラムはカナダやイギリスを含むその他42の国に存在している。実際、歯科治療の教育を受けた最初のアラスカの学生は、米国にそのようなプログラムがないためニュージーランドのオタゴ大学歯学部に通った。DHATの教育期間は歯科医教育の最低4年間に対して2年間であり、給与は年間6万ドルで一般的な歯科医の3分の1程度である。

 2003年以降、アラスカ農村地域のDHATは定期的な症例検討という間接的な監督のみでクリーニング、削る、詰める、抜歯などのサービスを提供している。現在、10人のDHATがアラスカの20の村で役目を果たしているー以前は訪問歯科医による歯科診療が毎年1週間か2週間のみ存在した地域である。ワシントン大学歯学部教授による2005年の質評価報告は以下のとおりである。
                                         

 私はベセル、バックランド、シャングナックの歯科診療所に対する4日間の査察で、2005年初頭からアラスカ原住民にプライマリケアを提供している4人の歯科保健補助療法士の臨床成績を評価した。彼らの成績はあらゆる点で私の定めた診療の基準に合致したものであった。基礎教育と、それに続く研修によって有能な医療提供者が生み出されている。各人が基本的な予防サービスだけでなく、詰め物や抜歯など不可逆の歯科処置を含む簡易な治療を提供する実力を備えている。彼らの患者マネジメントスキルは標準的な診療を上回っている。彼らは診療範囲の限界を熟知しており、それを越えようという素振りは見せなかった。彼らは患者の安全を脅かす可能性のある臨床状況を認識し、それを避ける能力があることを複数の場面で見せてくれた。私は現地調査を通じて、アラスカ原住民に有能で安全なプライマリケアを提供できるような歯科療法士を教育するのは不可能であるとした歯科医や歯科学会の主張は大げさだと確信した。
                                          
米国歯科医師会やアラスカ歯科学会は、DHATの侵入を阻止しようと2006年にアラスカ上級裁判所に差し止めを要求し、監督下にない歯科サービスを提供する許可を彼らに与えることに予想通り反対している。判事はANTHCを支持し、"アラスカ州試験委員が農村地域のアラスカ原住民を対象とした歯の健康を担当した場合、多数の健康目標で・・(中略)未達成が続くだろう”と評価した。歯科医師による十分なサービスを住民が享受していない残り48州の郊外でもDHATがすぐに許可されるようになるだろう。最終的に破壊的イノベーションはマサチューセッツ州にもたどり着くだろう。しかし、2つを結ぶ最短距離は直線ではないのだ。

2022年9月24日土曜日

20220924 碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン/ジェローム・H・グロスマン/ジェイソンジェイソン・ホワン 著 山本雄士/的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」 pp.28-30より抜粋

碩学舎発行 中央経済社発売 クレイトン・M・クリステンセン ジェローム・H・グロスマン ジェイソン・ホワン 著 山本雄士 的場匡亮 訳「医療イノベーションの本質」
pp.28-30より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4502125911
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4502125911

今日の医学教育は、メディカルスクールのカリキュラムの骨子が制定された1900年代前半の3つの状況を反映したものとなっている。第1に、20世紀最初の数十年、医療は科学ではなく直感によるアートであったー医療の提供能力はルールやプロセス、設備ではなく医療従事者に依存していた。したがって、医学教育は直感に基づいて、個人で働く医師を育てる仕組みになっていた。第2に、学生は秋に農作業を終えてから集団で学習を開始した。第3に、現在のメディカルスクールのカリキュラムの骨子が固まった時代の疾患のほとんどは急性疾患であり、ほとんどの症例は教育病院で経験できた。
 今日の医学生が医療を実践する未来の世界は、メディカルスクールが用意したものとは全く異なるものである。相違点の1つは、直感的、または経験的医療の領域にある疾患のほとんどが、20年後の未来には精密医療の領域へと移行しているということである。その結果、多くの疾患が最終的にはナースプラクティショナーやフィジシャンアシスタントによって診断、治療されるようになる。彼らは組織し管理することが、ほとんどの医師の仕事の大部分となるだろう。
 もう一つの相違点は、属人的な専門性とプロセスにおける専門性との比較にみることができる。いつの時代でも、経験豊かで直感的な専門医にソリューションショップで働いてもらう必要がある。多くの疾患にはまだ精密医療が有効でなく、これまでになかった新しい疾患も生まれるであろうからである。医学生を個々人として働けるように訓練する現在の教育方法は、そうしたソリューションショップで働く医師を育てるには十分であろうーしかし、30年度にはそうした医師の必要性は今よりも少なくなっているはずである。未来の医師のほとんどは、個人の能力のみではなく、プロセスや設備に医療提供能力の大部分を頼るような環境で働くようになる。しかし、私たちの知る限り、ミスを防止するための自己改善プロセスのデザイン方法を学ぶことができるクラスを設けているメディカルスクールはない。
 第10章で説明するように、今日の償還制度ではプライマリ医より専門医のキャリアを選んだほうが高収入を得ることが出来るために、米国のメディカルスクール卒業生は専門医教育を受けることを選択し、躊躇なく、上位市場へと進んでいる。結果、現在米国で診療を開始するプライマリケア医のおよそ半数は海外のメディカルスクールー基本的にはカリブ海周辺やラテンアメリカ、インドーの卒業生である。これらの大学は評価を高めつつあり、在職者にとって経済的に全く魅力のないマーケットを手始めとして、米国のメディカルスクールを破壊しつつある。
 これが米国の医学教育機関にとって脅威となりうるのは、将来的に多くの牽引技術によってプライマリケア医が専門医を破壊することになるからである。加えて、そのような技術の進展によってナースプラクティショナーやフィジシャンアシスタントがプライマリケア医を破壊するだろう。そしてまた、米国では慢性的な看護師不足も続いているーこちらも基本的にはフィリピンなど海外で教育された移民看護師によって埋め合わせがされている。看護師不足は米国の看護学校が足りないことが根本にある。つまるところ、米国は将来必然性が増す可能性の高い専門職よりも、先細りになる可能性の高い者たちの育成に医学教育のリソースを向けていることになる。

2022年9月23日金曜日

20220923 過去の投稿記事を読み、生じた変化について(過去を参照して活力を得る?)

現在読み進めているジョン・ト―ランド著「大日本帝国の興亡」第五巻(平和への道)は、そこまで快調に読み進んではいないものの、ポツダム宣言そして広島・長崎への原子爆弾投下に至るまでのくだりとなり、その先の展開が概ね分かっていることから、気が滅入ってきます。それ故、出来るならば、あまり読みたくないのですが、しかし、このあたりの歴史が、近代以降、現代に至るまでの、我が国の大きなターニング・ポイント、つまり、それ以前と以後では、同じ国ではあるものの、社会が異なるものになった基点と云えますので、多少気が滅入ることはあっても、このあたりの歴史を、自分なりに出来るだけ詳細に知っておいた方が良いと思われるのです。もちろん、それは、あまり変わらない「歴史好き」という私の性分に依拠するのでしょうが、しかし、そこでの歴史の流れを自分なりに理解して得られた意見や見解を、当ブログ、あるいは連携投稿でのツイッターなどのSNSを通じて、より多くの方々に読んで頂き、そして、わずかではあれ、何らかの反応や影響があれば、それは自分の性質の、より根源的なところから発信された意見・見解による効果であると思われますので、私としましては、そこに当ブログを継続してきた価値や意味合いといったものを感じ、カタルシスを得ることが出来るのです・・(笑)。

こうした雑記的なブログであれ、ある程度の期間続けていますと、こうしたカタルシスに麻痺してくるのでしょうか、当初にはあった熱意・情熱のようなものが薄れてきます。それでもブログは(どうにか)継続することが出来ていますので、そこには自分なりの、継続のための技術があったのでしょうが、しかし、我が事ながら面白いのですが、作成者側からしますと、継続のための技術をさらに模索するよりも、当初にあった熱意・情熱が甦ってくれることの方を強く願うのです・・。

そして、時折、何かしら書籍などを読んでいますと、その経緯は不明で、さらに未だ再現性を見出すことも出来ていないのですが、当初の熱意・情熱が一時的にではあれ、甦ったように感じることがあるのです。いえ、この感覚は「甦る」というよりも、精確には「思い出す」に近いと思われるのですが、この感覚を思い出し、さらに、それを所望の時に再現出来ればと思うのですが、これに関しては今現在叶っていません。しかし、本日に関しては、さきほど、自身によるいくつかのブログ記事を読んでいたところ、どうした経緯によるものか、さきに述べた感覚が多少思い出されたようで、現在は、その勢いにて記事作成を行っていると云えます・・(笑)。

ともあれ、たとえ以前に一度書いた内容であっても、再度、それを著す際には、おそらくあまり意識せずに、多少の文体の進化や洗練といったものはあるのではないかと思われます。そして、それを何度か繰り返すことによって、より深くからの自分の性質と、人に伝えるための文体が融合して、そして、さらに多くのことを文章にて著すことが出来るようになるのではないかと思われるのです。

たしかに、現在の私は読書も当ブログも停滞気味ではありますが、他方で、さきに述べたような感覚が訪れることも時々はありますので、また後日、そうした感覚を起点として、文章を作成する自分に相変態的な変化が生じるようにも思われますので、無理はあまりせずに、とりあえず当ブログを続けてみようと思います。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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