2020年6月4日木曜日

20200604 【(概ね)事実に基づいた話】以前の勤務でのハナシ

【(概ね)事実に基づいた話】
ここ二十数回にわたり【架空の話】を記事として作成してきましたが、先日、ある方からフェイスブックでシェアした投稿記事に「いいね!」を頂いたことから、あることを書いてみたいと思うようになりましたが、現在連続投稿している【架空の話】では、そのことを挿話とすることは困難であると思われることから、今回の投稿記事は、それを題材として以下に記事を作成します。

かつて、私は主に首都圏で訪問歯科診療を行っている比較的大きな医療法人にて勤務していた時期があった。

この職は「訪問歯科コーディネーター」というものであり、訪問歯科診療を行う医院にて、診療の手配や受付けやクレーム等の対応、会計業務、そして周知活動と云う名の営業活動を担い、ある種、マルチタスクが要求される職種であった。

私以外の同法人勤務コーディネーターの背景は多様であったが、その多くは営業畑の出身者であった。それに対し、私の営業経験と云えば、以前、観光業に就いていた五年間に、それらしきことを何度か行った程度のものであり、ほぼ皆無といって良い。

その一方で「歯科医療業界について知っている」と思われて働くことになったわけであるが、これには思いのほか苦労した。それでも、ここでの経験も決して悪いものばかりではなく、おそらく今後更に必要性・重要性を増すであろう訪問歯科診療の舞台裏を見ることが出来たことは、貴重な経験であったと云える。

とはいえども、私はマルチタスク的業務が大の苦手であり、周囲の方々には色々とご迷惑をお掛けしたと思う・・。そうして入社後数カ月経った頃、法人側もそうした事情を認識したようであり、私は同法人が新たに設立した一般社団法人の事務局に遷され、ここで医療介護職に特化した求人求職サイトの運営業務を担当することになった。

この業務は、端的に医療介護職の求人情報を入手し、それを運営する求人求職サイトにアップするというものであり、ここで私の属性とされた「歯科医療業界について知っている」が役立つだろうと判断されたわけだ。

しかし、母体の法人がさきに述べたように、訪問歯科診療の周知活動を行っているのであれば、居宅介護支援事業所や訪問看護ステーションや歯科診療部門のない病院などの求人情報入手は可能であるようにも思われるのだが、私以外、この業務を行うスタッフはおらず、一人で歯科医療機関や医療機関を回って求人情報を入手し、それをサイトにアップし続けた。これは当初、本当に苦労して胃が痛くなったりもしたが、さまざまな周囲の方々の援助・ご支援により、徐々に求人情報を集めることが出来、結果として、数百件の求人情報を集めることが出来た。

繰り返し、これには法人スタッフからの支援はほぼなかった。しかし、それでも法人スタッフを責める気は全くない。何故ならば、彼等はその業務の専属スタッフではなかったからだ。

ともあれ、さきに述べたように、ある程度の求人情報を入手出来たとなると、法人側の対応もいくらか変化し、法人内の医療スタッフ(歯科医師・歯科衛生士)向けの勉強会の管理なども担当させて頂くようになり、そこで法人内各診療所の歯科医師とも話す機会が出てきた。

その中で私によく話掛けてくださったのは、本院診療所に勤務されていた女性歯科医師であり、二人の息子さんがおられ、専業主婦であったが、息子さんの教育が一段落したため、歯科診療に復帰された方であった。

この先生は、診療と共に勉強についても熱心であり、特に訪問歯科診療の現場で重視される摂食嚥下機能のリハビリテーションに強い関心を持たれていた。そしてある時、この先生から「**さん(私のこと)、摂食嚥下の機能評価やリハビリテーションで定評のある**歯科大学の**教授の研究室に友人の歯科医師数人と見学に行きたいのだけれどセッティングは出来ますか?」と訊ねられ、私の方は全く伝手がないわけではなかったことから、とりあえず指導教員(師匠)に連絡してみると「ワシの門下だと云えば繋いでくれるハズや!」とのことであった。師匠のコトバを疑うわけではないが、おそるおそる**教授の研究室に電話をかけて事情を話してみると、本当に普通に繋いで頂き、そして見学の件もスムーズに了承して頂き、後日実現にまで至った。
(この時、もう一人の先生にもご尽力頂いた。)

そして、その後も見学された**教授の門下が運営されている先進的な取り組みを行っている歯科医院の見学などもセッティングさせて頂き、いつしかこの先生は「日本老年歯科医学会の学会で発表してみようかしら・・。」と云われるようになり、大学に勤務されている友人や、さきの**教授の研究室の先生の助け、そして私も少しだけお手伝いをして、学会発表にまで至った。

この時、先生には大変喜んでいただき、私も研究室見学の依頼から学会発表までの経緯を見ることが出来、充実感とも達成感とも云えるような感覚を覚えたが、良い出来事のあとには悪い出来事が生じてしまうものであるのか、この先生の学会発表を知った法人内の主流派歯科医師等から何かと責められるようになり、また法人理事に事実無根の告げ口などもされて勤務し辛い状況になってしまった。また、それは私についても同様であり、そうした理不尽な仕打ちに、やり場のない怒りを感じたが、それは云ってもどうにかなるものではないと思われ、また、徹底的に反論しても得るものは少ないと思われることから諦めた。

【他方、この法人での勤務時に、生まれて初めて月五十万円以上頂くことが出来たことから、それはそれで良かったと思われる部分もなくはない・・また、現在の私はそれよりもはるかに貧しいことを追記しておく。】

ともあれ、先日、その先生からフェイスブックでシェアした投稿記事に「いいね!」を頂いたことは嬉しいことであったことから、ここに記事としました。今後益々のご活躍を願っております。

*そして、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!






一般社団法人大学支援機構


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20200603【架空の話】・其の23

【架空の話】
この古墳散策は長時間にわたり、駐車場への歩道を帰り道で歩いている時には、日は陰り薄暗く、そして肌寒くなってきていた。また、この散策で集中力と体力を消費したためか、帰路は言葉数も少なく、それは車を走らせている時も同様であった。

**千塚古墳群を後にして車を走らせていると、次第に朝に見た兄の家近くの風景となり、そして到着した。ドアを開け玄関に入ると、二人とも疲れた感じで靴を脱ぎ、兄は先ずトイレに行き、私は手と顔を洗い、うがいをしてから自分の荷物が置いてある部屋に入りタオルを取り出し、手を顔を拭った。するとトイレを出てリビングルームにいた兄が「ああ、うちのタオルも遠慮なく使ってよ。」と云ったため「うん、お風呂に入る時には使わせてもらうよ。」と返事をした。兄は軽く頷いてから「よし、またしばらく休んでから夕食を食べに行こう。」と次の行動を話題にした。私の方は、夜行バスであまり寝られずにこちらに到着してから一日中歩き回っていたことから、これからの外出は少々億劫であったが、他方で、折角兄が立てた計画にケチをつける気もなかったため「え、今度はどこに行くの?」と訊ねるに留めた。それに対して「うん、今度はWの中心市街地にある寿司屋さんに行こうと思っているんだけれど、今日はやっているかな?」とスマホを取り出し、何やら調べて「よし、やっぱり大丈夫だ!それじゃあ、今が17:30だから、18:30に出れば19:00頃には着くから、そのつもりでいてね。」とのことであった。


兄の方も手洗い、うがいを済ませ、少しスッキリとして、リビングのソファに腰を下ろした。私の方もそれを真似、リビングの他のソファに座った。帰宅直後に暖房は入れたものの、室内は未だ寒く、兄はレザージャケットを脱いでいなかった。そこで、それをハナシのネタにしようと「さっきから少し気になっていたんだけれど、兄貴が来ているレザージャケットは、見たところ軍モノっぽいけれども、微妙にカタチが違うと思うんだけれど、それはどこの何て云うカタチなの?」と訊ねてみた。

すると兄は「ああ、これは映画「インディー・ジョーンズ」で主人公が着ているレザージャケットのレプリカだよ。作りも結構しっかりしていて、なかなか良いよ。」と返事をした。たしかにそのカタチは前世期前半頃に特徴的なものであり、また、革の微妙な光沢にも味があった。私は「それじゃあ、前に持っていたA-2とかのフライトジャケットはどうしたの?」と重ねて訊ねると「ああ、前に持っていたフライトジャケットの多くは人にあげたりしたよ。最近はどうも過去の大戦での物語や背景を持つシブいフライトジャケットのレプリカよりも、自分の実人生の方をそんなシブいものにしようと思うようになってね・・。いや、こういったことは、多分**も分かると思うよ・・。」と少し照れたように言った。こうした発言はかつての兄ではしないように感じられたため、そこには何らかの原因のようなものがあったのではないかと思われたが、それについては訊ねなかった。そして「ふーん、まあたしかに何かに仮託することなく、自分自身のシブいジャケットにしていこうと思うのは何となく分かるなあ。」と返事をした。すると兄はおもむろにソファから立ち上がってキッチンに行き、グラスを二つ手に取り、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して戻ってきた。そして「もう暖房も効いてきたから、お茶でも飲もうか」とグラスにお茶を注いで、手渡してきた。私も丁度、喉が渇いてきた頃であったため、早速飲み始めた。兄は続いてテレビのコントローラーを手にしてスイッチを入れた。丁度、夕刻の報道番組が放映されていたが、そこにはあまり注視せず、そのまま音量を下げ、私に「もう18:00過ぎか、もうじき、また出発するけれども、今から行く寿司屋さんがまたスゴいんだよ。俺は関東しかも首都圏の出身だから知らなかったけれども、寿司っていうのは元々、発酵食品であり、当時としては保存食の一種だったんだよ。それで、その名残で握り寿司のシャリが酢飯なんだけれども、本当の元祖は、このシャリは本当に発酵して酸っぱくなっているご飯だったんだよ。ああ、それで、**は琵琶湖周辺で作られている「ふなずし」って知っている?あれも系統的には、これから食べに行く寿司と同じなんだけれども、Wは海が近いからね「ふな」じゃなくて「サバ」とか「サンマ」を使って、あと「ふなずし」と違うところは、発酵の際に用いるご飯も一緒に食べることだね。だからカタチとしては昆布とかで巻かれたサバの棒寿司と、ほぼ一緒なんだけれど、それが本当に発酵しているってことだね。まあ、普通の棒寿司もあるから、それと食べ比べてみたら面白いと思うよ。」とのことであった。発酵させた魚というと、私はクサヤを想像して多少尻込みしたが、とりあえず地元では問題なく食べられていて、そして兄も食べたことがあるのであれば、まあ食べられないことのないかな・・。」と思った。そして時刻は出発予定時刻の18:30まで10分程度となっていた。


*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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2020年6月3日水曜日

20200602【架空の話】・其の22

【架空の話】
他方、それらの時代はあまりにも古く、加えてその背景知識も乏しいことから実感が湧かず、その感覚もイマイチよく分からなかった。とはいえ、これはこれで新鮮な経験であったとは云える。

国内ではあれ、異郷で接する、そうした連綿と続いた文化事物には、私としては、やはり惹きつけられる「何か」があるように思われる・・。

当地一宮の参拝を終え、また自動車に乗り、さらに東に向かった。すると、どうしたわけか、カーオーディオから「インディ・ジョーンズ」のテーマ曲が流れてきたため、運転をしている兄に「何でこの曲をかけているの?」と訊ねてみると「ああ、この曲を聞くと、なんかワクワクしてくるんだよね。それと、今向かっているのは古墳が集まっている場所で、学術用語だと群集墳って云うらしいけれど、この群集墳も、さっき参拝した神社との関連で考えてみると、なかなか面白いと思うんだよね。」といった返事が返ってきた。

しばらく走ると周囲の自然が多くなり、まさに郊外といった趣になってきたが、そうした中、バスのロータリーと駐車場が目に入ってきて、ここに車を乗り入れた。かなり広い駐車場であったものの、他の駐車車両は多くはなく、兄は入口近いところに駐車し、私に「行くよ!」といった合図して車を降りて歩き出した。私は少し急いで兄の後を追い、横並びになりつつ、道両側に樹が植えられている歩道を進んだ。

ここでの大気も、さきの神社とは異なるものの樹々・植物の香りが濃厚であり心地良いものがあった。そして、この歩道の終点には、城の石垣のようなものが現れ、さらに、その先には、石積と不思議な紋様を組み合わされた外壁の建物があった。この建物を横に見つつ、さらに進むと、視野が広がり、里山の散策コースのようなものが現れ、また、その道際には、移築されたと思しき、古い時代の建造物がいくつか並んでいた。しかし兄は、それらには関心を示さず、さらに先に進んでから、私に「もうじきだよ。ここから先が面白いんだ!」と弾んだ声で云った。程なく、本格的に里山散策コースの道に入り、歩き続けていると、いくつかの標識が目に入ってきた。それらには各々「**号墳」と記されていた。とはいえ、散策路を歩いていても、一見、周囲にそれらしきものは特に見当たらず・・と、そう思った矢先、散策路の周囲に、多くのマウンドらしきものがあることに気が付いた。さらにそれらを少し注視すると、マウンドから石造りの構造が見えているものもいくつかあり、その一つに近づいてみると、それこそが古墳であった!当地域一帯には、このマウンド程度(全長10ⅿ以下)の小古墳(主に円墳)を合計すると600基程度にはなり、そこから、当地域一体は**千塚古墳群と呼ばれているとのことであった。さらにその後、兄と開口している比較的大きな古墳(円墳)の玄室に入ってみた。すると兄はおもむろにペンライトを革ジャンのポケットから取り出し点灯し、周囲を照らした。ペンライトの明かりで照らされた玄室の壁面は、板状の石を積み重ねたような構造であり、さらに我々の頭上少し高いところには、その板状の石が玄室内を架橋し、丁度、棚か梁のような感じになっていた。後で知ったところによると、この構造は「石棚」「石梁」と呼ばれ、この地域において特徴的な古墳造営様式とのことであった。

ともあれ、これまで、古墳の玄室に入った経験がなかったことから、これには甚く興奮し、その後もいくつかの開口していて見学可能な古墳の内部に入ってみたが、それらの構造は、さきに述べた板状の石を積み重ねるもので共通しており、石積みの技巧に偏差はあるものの、それは経時的な技術の進歩であると推察された。

恥ずかしいハナシではあるが、この時、私は途中から半ば我を忘れていたが、兄の方も同様であったようで、散策路の移動は一緒に行動していたが、開口している古墳を見つけ、いざ「ここ入ってみよう。」と内部に入ると、それぞれがペンライトを持ち、好き勝手に観察していた。ちなみに用意周到な兄は、こうした状況を想定し、ペンライトをリュックにも入れて準備していたのだった・・。

この古墳散策は比較的長時間にわたり、行きに通った駐車場からの歩道を帰り道にて歩いている時は、既に少し日が陰り、薄暗く、そして肌寒くなってきていた。また、この散策で集中力と体力を使ったのか、二人とも帰路では言葉が少なく、そして車を走らせている時も同様であった。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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2020年6月1日月曜日

20200531【架空の話】・其の21

【架空の話】
「そんなこともあって、俺も最近は、先の進路については、少し考えているんだよ・・。」と兄はハナシを結んだ。地域は違えど、それぞれで生じている現象や出来事の背景には共通・通底する何かがあるのかもしれない・・。

ともあれ、この食堂でWラーメン(中華そば)を食べ終え、兄の運転で自動車を走らせていると「ええと、次は、このあたりの一宮に行こうと思っているんだ。一宮というのは、その地域で一番古くて格式の高い神社のことなんだけれど、ここWは、なかなか面白いところでね、その一宮が複数あるんだ。それで、今から行く神社は、そのうちの一つであるのだけれど、ここではさらに、一つの境内に二柱の主祭神を祀っているんだ。いや、それは摂社や境内社のような小さい祠で祀っているのではなく、立派な御社殿が二つあるんだよ・・。」とのことであった。Wを含めた近畿地方は、古くに拓かれた地域であることから、伝えられている神々についての伝承も多様であり、それ故、地域の神様の格式を決めるに際しても、おそらく、さまざまな意見があり、結果、地域の一宮が複数あるといった事態に至ったのではないかと思われる。

さて、今朝到着したJRのW駅を左手に眺め、さらにしばらく走り東の方向に進むと、左手に学校が見え、さらに、その先に幼稚園そして神社の鳥居が目に入り、そこで左折して、神社の専用駐車場に入り駐車した。

車を降り、神社境内に立ってみると、未だ寒い1月末であるものの、これまで首都圏では味わったことのない、さまざまな樹木・植物の香りが混然一体となった奥行きのある大気が鼻の奥にまで届き、その雰囲気にしばし陶然とした。車を降りて先に行く兄は、しばし歩いてから、こちらに気が付き、横並びに戻ってきた。そして「この神社は向かって左右に二つの御社殿があるから、出来れば両社共に参拝しておいた方が良いと思う。」とのことであったが、もとより、この参拝では兄を真似をするつもりであった。

神社境内にて驚かされたことは、それぞれの御社殿に、さらに数多くの摂社や境内社が祀られていることである。しかし、こうした常緑性の樹木・植物群に抱かれた御社殿、摂社、境内社の有様(ありよう)こそが、主祭神を軸として時代時代の霊験あらたかな神々を祀り続けてきた地域の古社の自然な姿であることが、社叢の大気を通じて実感することが出来た。

両社への参拝を終え、いくつかの摂社・境内社に対してお参りをすると、兄は、授与所、社務所に向かい、中にいた巫女さんに声を掛け、しばしの会話の後「少しお待ちください。」と言って巫女さんは奥に消え、代わりに奥の方から神主姿の男性が出てきた。兄はその男性にあいさつし「今日は弟がやってきたので一緒に参拝に来ました。」と、私のことを紹介した。そこで私も神主さんに向かい「どうも、兄がいつもお世話になっています。」と頭を下げた。すると「ええ、お兄さんとは釣りで知り合ったのですが、その後はこちらも電気製品などのことでお世話になっています。それで参拝はどうでしたか?」と訊ねてきたため「ええ、こういった感じの神社はあまり自分の住んでいる場所にはないと思いますが、とても歴史を感じさせる社叢ですね・・。」と返事をした。すると「ええ、たしかに古いかもしれませんが、このWには、他にもそうした神社はありますので、お時間と興味もあれば、是非、そちらもお参りに行ってください。」とのことであった。

その後、兄と神主さんとの会話を聞いていると、どうやら、この神主さんは、神社と並んで幼稚園も運営されているようで、そこに暖房機器を納入した担当者が兄のようであった。私はそこで御守りを一つ頂いて神社を後にした。帰りの自動車の中で兄は「どう、なかなか重厚な感じの神社でしょう。それで、あの神社の神主さんの家は、1500年以上続いているらしいよ。ええと、むかし、このW県はK国と云ったのは知っていると思うけれども、このk国と同じ字が、この神主さんの苗字なんだよ。あと、平安時代前期頃の歌人で、平仮名で書いた日記で有名なK貫之も、同じ苗字だけれども、おそらく、この歌人の方は、元々は同じ一族ではあっても、早くから平城京、平安京あたりに住んで中央官僚化した流れだろうね。それに対して、こちらのK氏の方は、それこそ古墳時代あるいは祭政一致であった頃から、この地に根を張った豪族が現在に至るまで続いているんだよ・・。まあ、日本全国で見ると、たしかにそうした家は他にもあるけれども、その縮小版、いや、そうじゃないな・・。ええと、より素朴なカタチで残っているのが、この神社そして、その神主さんのところではないかと思えるんだよね・・。」とのことであった。たしかにハナシを聞いていると、そこには何らかの連続性や繋がりがあるように思われたが、他方で、それらの時代はあまりにも古く、また、その背景となる知識にも乏しいことから実感が湧かず、その感覚もイマイチよく分からなかった。とはいえ、これは新鮮な経験であったとは云える。

国内ではあれ、異郷で接する、そうした連綿と続いた文化事物には、私としては、やはり惹きつけられる「何か」があるように思われる・・。


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2020年5月30日土曜日

20200530 文藝春秋刊 山本七平著「ある異常体験者の偏見」pp.69‐71

文藝春秋刊 山本七平著「ある異常体験者の偏見」pp.69‐71
ISBN-10: 4163646701
ISBN-13: 978-4163646701

『一体「扇動」とは何であろうか。扇動は何も軍隊だけではなく、日本だけでなく、また現代だけのことでもない。「扇動」は外部から見ていると、何かの拍子に、何かが口火となって、全く偶発的にワッと人が動き出すように見えるが、内実はそうではない。「扇動」には扇動の原則があり、扇動の方法論があって、この通りにしさえすれば、だれでも、命令なくして人を動かし、時には死地に飛び込ますことが出来るのである。これは非常に恐ろしい力をもつ一種の誘導術であって、その術を完全に心得て自由自在につかえるものが、いわば二型(叱咤・扇動型)の指揮官である。

 原則は非常に簡単で、まず一種の集団ヒステリーを起させ、そのヒステリーで人びとを盲目にさせ、同時にそのヒステリーから生ずるエネルギーがある対象に向かうように誘導するのである。これがいわば基本的な原則である。ということはまず集団ヒステリーを起さす必要があるわけで、従ってこのヒステリーを自由自在に起さす方法が、その方法論である。この方法論はシェークスピアの「ジュリアス・シーザー」に実に明確に示されているので、私が説明するよりもそれを読んでいただいた方が的確なわけだがー実は、私は戦争中でなく、戦後にフィリピンの「戦犯容疑者収容所」で、「シーザー」の筋書き通りのことが起るのを見、つくづく天才とは偉大なもので、短い台詞によくもこれだけのことを書きえたものだと感嘆し、ここではじめて扇動なるものの実体を見、それを逆に軍隊経験にあてはめて、「あ、あれも本質的には扇動だったのだな」と感じたのがこれを知る機縁になったわけだから、まずそのときのことを記して、命令同様の効果をもつ扇動=軍人的断言法の迂説的話法に進みたい。

まず何よりも私を驚かしたのは「シーザー」に出てくる、扇動された者の次の言葉である。

市民の一人「名前は?正直にいえ!」
シナ「名前か、シナだ、本名だ。」
市民の一人「ぶち殺せ、八つ裂きにしろ、こいつはあの一味、徒党の一人だぞ。」
シナ「私は詩人のシナだ、別人だ。」
市民の一人「ヘボ詩人か、やっちまえ、ヘボ詩人を八つ裂きにしろ。
シナ「ちがう、私はあの徒党のシナじゃない。」
市民の一人「どうだっていい、名前がシナだ・・・」
市民の一人「やっちまえ、やっちまえ・・」

こんなことは芝居の世界でしか起こらないと人は思うかも知れないーしかし「お前は日本の軍人だな、ヤマモト!ケンペイのヤマモトだな、やっちまえ、ぶら下げろ!」「ちがいます、私は砲兵のヤマモトです。憲兵ではありません」「憲兵も砲兵もあるもんか、お前はあのヤマモトだ、やっちまえ、絞首台にぶら下げろ」といったようなことが、現実に私の目の前で起こったのである。これについては後で詳述するが、これがあまりに「シーザー」のこの描写に似ているので私は「シーザー」を思い出したわけである。新聞を見ると、形は変わっても、今も全く同じ型のことが行われているように私は思う。
 一体、どうやるとこういう現象が起こせるのか。扇動というと人は「ヤッチマエー」「ヤッツケロー」「タタキノメセエー」という言葉、すなわち今の台詞のような言葉をすぐ連想し、それが扇動であるかのような錯覚を抱くが、実はこれは「扇動された者の叫び」であって、「扇動する側」(?)ではないーすなわち、結果であって原因ではないのである。

ここまでくればもう扇動者の任務は終ったわけで、そこでアントニーのように「・・動き出したな、・・・あとはお前の気まかせだ」といって姿をかくす。というのは扇動された者はあくまでも自分の意思で動いているつもりだから、「扇動されたな」という危惧を群集が少しでも抱けば、その熱気は一気にさめてしまうので、扇動者は姿を見せていてはならないからである。もっとも、指揮者の場合は、大体、この「二型」が「一型」(教祖型)の仮面をかぶるという形で姿をかくすがー。

 従って、扇動された者をいくら見ても、扇動者は見つからないし、「扇動する側の論理」もわからないし、扇動の実体もつかめないのである。扇動されたものは騒々しいが、扇動の実体とはこれとは全く逆で、実に静かなる論理なのである。これは「シーザー」の有名なアントニーの演説を仔細に読まれれば、だれにでもわかる。そこには絶叫や慷慨はない。彼は静かに遠慮深く登壇し、まずシーザーの死体を見せる。そして最後をシーザーの「遺言書」で結ぶ。いわば「事実」ではじめて「事実」で結ぶ。この二つの「事実」の間を。一見まことに「静かで遠慮深い問いかけ」を交えつつ、あくまでも自分は「事実」の披露に限定するという態度をとりつづけ、いわゆる意見や主張を述べることは一切しない。』


2020年5月29日金曜日

20200529 1310記事への到達そして【架空の話】の20記事の投稿から

おかげさまで昨日、1300記事に到達してから10記事の更新となりました。そして、この積み重ねを10回続けると100記事になると考えてみますと、それはそれで面倒ではありますが、同時に「出来ないこともないかな・・。」とも思えてきます。さらに具体的には年内のうちに、どうにか1400記事まで到達出来れば良いと考えていますが、とりあえずは、来る6月22日のブログ開始丸5年を迎えるまでに、更に10記事追加して1320記事程度にはしておきたいと思います。

さて、これまでに【架空の話】を20回に亘り投稿してきましたが、こうした【架空の話】は、これまでに何度か作成しようと思いつつも出来なかったことであり、これは以前にも書きましたが、居地の移動と、今なお完全には収束していない新型コロナウィルス感染症による外出自粛により、何らかのスイッチが入って書くことが出来たと云えます。

そして、面白いことに、書いた後になってみますと「何故、これまで書くことが出来なかったのだろうか?」とも思えてくるのですが、一方で、これまでに自身の経験に基づいた対話形式の記事は、ある程度は作成してきたと云えます・・。そして、それら記事(対話形式の)は感覚的ではありますが、実際の記憶と仮想の割合が、およそ7:3程度であり、記憶の方が主であると考えますが、ここから仮想の率を増加させ、そしてストーリーを持たせ、ある程度継続的に記事を作成することが、これまで出来なかったのです・・。



こうして書いてみますと、本当に何でもないことであるのかもしれませんが、自身にとっては、この記憶と仮想の比率の変化(逆転)および、ストーリーを持たせて書き続けることと、これまでに作成した対話形式の記事との間には、越え難い隔たりがあったのだと云えます。そして、それが外的な要因(転居・外出自粛)によって動揺し、何かに突き動かされて出来てしまうということは、自身にとって幸運であったのか、あるいはそうでなかったのか、未だ分かりませんが、こうして【架空の話】を20記事作成出来ましたので、今後も引き続き作成していきたいと考えています。そして、これまで読んで頂いている皆さま、出来ましたら今後ともどうぞよろしくお願いします。

加えて、これまた、おそらくは自意識過剰の所産でしょうが、思いのほかにエライ方々も、一連の【架空の話】を読んでくださっているのではないかと思われることがありました。そして、もしも読んでくださっているのであれば、医師や歯科医師や看護師をはじめ各種医療技術者の大幅な養成人数の増加(大学・学部・学科の新設、定員の増加等)を是非、検討して頂ければと思います。

さて、つい先日(5月25日)私の住む千葉県も、去る4月7日から続いた緊急事態宣言が解除され、昨日、久しぶりに都心部の大型書店に出向くことが出来ました。以前と比べて来客者数は少なかったように見えましたが、私の方はいくつかのコーナーで立ち読みし、また、新たに面白そうな著作をいくつか見つけることが出来、久しぶりに、ある種の高揚感を味わうことが出来ました・・(笑)。

それ故、たしかにオンラインのアマゾンは、大変便利で重宝させて頂いてはいますが、自身としては、現実の書店もまたアマゾンに負けず劣らず重要な意味を持つものであることが、これまた期せずして、今回のコロナ禍によって再認識された次第と云えます・・。



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2020年5月28日木曜日

20200527【架空の話】・其の20

【架空の話】
丁度、城を過ぎたところの交差点で右に曲がり、そのまま直進し、小さな橋を渡ると、さらに右折し、堀川沿いの道を少し走り、左に曲がり、すぐに再度左折すると、右前方の方に、それらしき店が見えてきた。ここで兄は「しめた!一つ空いているぞ。」と店の専用駐車場に駐車することが出来た。その時、時刻は10:50を少し過ぎた頃であった。

開店時間前であるにも関わらず、店の駐車場はこれで一杯になり、また店の前には、既に10人程並んでいた。店の方は、首都圏のラーメン屋とは趣が異なり、またkのラーメン屋Tに近いところもあったが端的には「街の食堂」といった感じが適切であるように思われた。やがて11:00の開店時刻になると、赤い庇の下の出入り口には、紫地に白で屋号の一文字が染め抜きされた暖簾が掛けられ、列を作って待っていた我々は、店の方によって順次座席に案内された。

この時兄は、店の方から尻上がり気味のイントネーションで「あ、どうもー」とあいさつされていたため、兄が常連であることが察せられた。また、兄の方も気さくな感じで「ああ、どうも、またご馳走になります。」と笑顔で云いながら、店内に設置されてる学食などによくあるタイプの自動給茶機で二つ緑茶を淹れて、こちらのテーブルまで持ってきてくれた。私はそうした学生時代では見られなかった兄の自然な振舞いを見て「ははあ、社会人をしばらくやっていると、こんなことが普通に出来るようになるのか・・。」と感じたが、また同時にそれは、兄がやりたくないと云っていた会社での営業の仕事によって、身に着いたものであるようにも思われた。

そして、この店もまた、メニュー(品書き)が古風であり、当初は食堂として出発していたことが、ここからも理解出来た。中でも面白かったのは、品書きにあった「しのだ」とか「けいらん」は、それまで見たことがなかったことから兄に聞いてみると「ああ、「しのだ」は刻んだ油揚げが具のうどんのことで「けいらん」は文字通り具材が玉子のうどんだけれど、出汁が餡かけなんだよ・・。」と、さも当り前のように答えてくれた。そこからも、兄がこの店の常連であることが看取された。また、このお店の客層で面白いと思ったことは、駐車場に停めてある自動車のナンバーから、主に北隣の大阪各地から観光のように、このお店に来ている方々が一定数いて、それと同時に、普段着姿の地元の老若男女と思しき客が多くいることであり、そこから「ラーメンは若い人の食べ物」といった首都圏のいわば、住み分けされた価値観によって成立している食文化とは異なる「地域独自の何か」があるように感じられ、またそれは、運ばれてきたラーメン(中華そば)を食べてみて、さらに強く思った。何となれば、このラーメンはどうちらかと云うとコッテリとして、濃厚な味わいであったからだ。つまり、このようなコッテリとしたラーメンは首都圏では、若者が主たる客層であるが、このお店では、食べ盛りの孫と、その祖父母が皆で同じ中華そばを食べているのである・・。

こうしたことは「単に選択肢が少ないからだろう・・」と構造主義的に考えることは面白くなく、それよりも「何故、この地域では、このお店では、地元の老若男女がやってくるのだろうか?」といった疑問を設定しつつ、地域のさまざまな文化を眺めている方が余程面白いのではないかと思われる・・。くわえて、その後、しばらく経て思ったことは、私のような東の人間からすると、そばやうどんなどの出汁の違いによって象徴されるように、Wを含めた西の方では、全体的に味付けはあっさりしていて、それに対し東の方では、ここぞとばかりに料理に醤油を多用して、味全体が濃くて塩辛いといった先入観らしきものがあるが、こと、味覚の一種とも云える、動物性脂肪の嗜好に関しては、東より西の方が強く、また、その食品としてのこだわりについても、同様ではないだろうかということである。

ともあれ、ここでの中華そばは充分に満喫し、また店の前の列は途切れることなく続いていたことから、我々二人は食べ終えるとすぐに店を出て、駐車場を後にした。運転しつつ兄は「どう、美味しかったでしょ?」と少し自慢気味に聞いてきたが、確かに美味しかったため、肯定すると「うん、ほかにもWラーメンで有名なお店はあるから、それはまた明日にしよう。」と云い、続けて「あ、そうだ、面白いものを見せてあげるよ。」と云ってW市役所すぐ近くの建設現場を指して「ほら、県立医大の薬学部が新たに設置されるから、あそこに、その建物を造っているんだ。」云った。そしてさらに、その道の先にある全国展開のファミリーレストラン横の道を曲がり、道なりに坂道を少し登ると、そこに小学校の校舎らしきものが見えてきた。兄はその校舎を指して「ここはね、もともと小学校だったのだけれど、中心市街地から人々が離れていく、まあ「ドーナツ化現象」によって児童が集まらなくなり廃校になった古くからの小学校で、たしか南方熊楠や松下幸之助が卒業生だって聞いたけれども、この廃校舎を再利用しようと手を挙げたのが、ほら、うちの近くにもキャンパスがあるT医療保健大学でね、ここがWに新たな看護学部をということで設置したのだが、こないだ営業に来たついでに聞いてみると、1学年90名くらいの学生さんのうち、6~7割が県内からの学生さんとのことで、かなり地元にも貢献していると思うよ。だから、おそらく、こないだ**が受けた編入試験もそうかもしれんが、何かしら大きな時流というのが、その基層にあるのではないかと思うなあ・・。まあ、そうしたこともあって、俺も最近は、この先の進路について、もう少し考えてみようと思うようになったんだ・・。」とのことであった。地域は違えど、それぞれでも生じている現象やその傾向には、共通する何かがあるのかもしれない・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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