2020年5月7日木曜日

20200506 架空の話・其の8

【架空の話】
「また、去る12月に指導教員のご自宅で開催されたクリスマスパーティーの際、ご自宅前に目印として帝政ドイツの軍艦旗が掲げられていたが、あれは冗談であったのか真面目であったのか未だに分からない・・。


さて、ハナシは横道に外れてしまったが、以上のような経緯を経て、どうにか出願書類一式を作成して無事に期限日までに郵送することが出来た。その後、1週間ほどしてから受験票が郵送されてきたが、それを開封し、受験票に貼りつけられた自分の顔写真を見た時「ああ、もう戻れないな・・。」と少し思った。そういえば、Bの就職活動の方は、その後の電話で二次面接にまで進んだことが分かったため「もしも、私がK県に行くことになり、そしてBもK銀行に就職出来たら、また気軽に会うことが出来るかもしれないね。」と半分冗談で言い合ったが、その後の展開は、もう少し奇妙な方向へ進んだと云える・・。

ともあれ、院の研究での調べものやアルバイトの間に先日、編入試験の模擬面接してもらった先生とCさんから、参考書や英論文も頂いて勉強したが、多少読み慣れてくると、少し前の人文社会科学系での文章と比べると、大分読み易い、いや、理解し易い文章であるように感じられた。おそらく、それぞれの用いる文章の背景にある、より大きな考え・思想というものが、医歯薬学系と人文社会科学系では違うのだろうと感じられたが、その具体的な内容については、またあらためて書いていきたいと思う。

その後、さらに編入試験は近づき、LCCで往復の航空券、宿泊ホテルの予約をしたが、どうも落ち着かず、アルバイトの最中も始終ソワソワしていた記憶がある。そして、kに向けて出立する2日前、先生の医院を訪ね、Cさん共々、これまでの御礼と報告をした。時刻は夕刻過ぎであったが、先生およびCさんはまだ診療中であったことから、診療の邪魔にないように、わざわざ受付け窓口まで来てくれたCさんにその旨を手短に伝え、早々に離れようとすると、受付けの向こうでCさんが両拳を握って「頑張るポーズ」と云うのだろうか?をしてくれたため、こちらは掌を広げた右手を挙げ、いつもより深めにお辞儀をして医院から去った。こうした状況は正直なところ現在でも苦手であるのだが、好き嫌いで云うと嫌いではないと云える。我がことながら、心というものはイマイチよく分からない・・。

予約した航空券は、どのような事情によるものか国内便であるにも関わらず、羽田でなく成田空港発であったことから、事前にインターネットで搭乗手続き等を行う場所なども調べ、自分なりに入念に準備をしていた。しかし、何れにしても、かなり久しぶりの飛行機での移動であったことから、多少戸惑い、そしてまた高揚していたのだと思われる・・。それは、小学校時代の遠足前日の感覚と、あまり違うものではなかったと、現在になって確信出来ると云えよう・・。

そして、いよいよ出立前日になってみると、さらに落着きがなくなり、こうした姿をあまり他者に見られたくないため、また、ちょっとした調べものもあったことから、教員と院生しか入れない大学図書館の書庫に行き、目的とする記述がありそうな書籍をいくつか目星をつけて読んでみたが、それらの記述は読めることは読めるものの、頭の中には一向に入って来ず、スルスルとすり抜けていくような感じであった。それでも、読み続けていれば何か分かってくるだろうと、さらに読んでいると、後ろの方から「**君、何読んでいるのかね?」と声を掛けられたため、振り返ってみると、青いボタンダウンシャツを腕まくりをした指導教員が片手に本を二冊持って立っていた。そこで「ええ、たいしたことではないのですが、コンラッドの「闇の奥」冒頭部で、マーロウが仕事の面接に向かう都市がパリであるかブリュッセルであるか分からず、また、原書を読んでみても、明確には分からなかったので、他の研究者の意見を読んでみようと思い、この本を読んでいます。」と云って、さきほどまで読んでいた書籍を見せた。すると指導教員は本の表紙を少し見て「なるほど、たしかにあの原書には明確に都市名は書いてませんでしたね・・。たしか「白く塗りたる墓」でしたっけ、そんな表現のところですよね。と返事をした。私は「ええ、そうです。まさに、そこの解釈についての他の参照できそうな著作をいくつかあたっていたところですが、しかし、今日はあまり集中できませんね・・。」と打ち明け気味に言ったところ、少し間をおいて「・・ああ、もうすぐ編入試験でしたっけ?」といった反応が来た。そこで「ええ、明日出発です。」と答えると「・・それじゃあ、今日はもう切り上げて明日の準備をして、早めに寝た方が良いですよ。」と言われ、さらに「私の方も少し調べものがあるので、ここで失礼しますよ。それじゃあ道中気を付けて試験頑張ってください。」と結んで去っていった。あとに残された私の方もそのコトバに影響されてか「何も今調べることはないか・・。」と思い、荷物をまとめて院生研究室に戻り、リュックを取って帰宅した。

この日、先生の医院は休診日であったから、近くを通らずにそのまま帰宅し、背広やアイロンをかけたワイシャツを普段、父が出張時に使っているビジネスバッグに詰め、その他諸々の必要書類を再度確認してから夕食を早めに摂り、少し暑かったためシャワーだけを浴びてから、普段より早めに床に就いた。しかし、さきにも書いたような状況からか、なかなか寝付かなかったが、それでも大体深夜12時頃には寝入っていたように思う。

翌朝は、朝6時前には起床し、予め準備してあった荷物を持ち、一人で急いで朝食を摂り、自宅を出たのが6時半過ぎであった。予約した飛行機は9時のフライトであり、余裕を持って8時には空港に着きたいと思っていたが、これはどうにかなった。また、成田からK空港までは約2時間のフライトであったが、元来、私は飛行機で移動するということ自体、片手で数える程しか経験しておらず、今回のフライトでは途中で耳が痛くなり、飛行機がK空港に無事着陸した頃には、若干フラフラし「体調が悪い」と言っても良い状態になっていた・・。

さて、いざk空港に降り立ってみると、その土地の大気というのだろうか、そうしたものが五感に迫ってきて、はじめて、違う地域に来たという実感を与えてくれた。ともあれ、このK県で私が初めに得たそうした感覚は、これまでの経緯からすると、若干ベタな表現になってしまうが「何だか懐かしい」といったものであった。」

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
日本福祉大学
祝新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

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2020年5月5日火曜日

20200505 架空の話・其の7

【架空の話】
「しかし、山椒を調味料として用いる文化が、我が国以外にあったことに不思議に驚き、そしてまた日本も元来、東アジア文化圏に含まれることを身(味)を以て感じた。

ともあれ、そこで夕食を摂り終えた後も、しばらく、さきの続きの会話をしばらくした後に店を出て、それぞれ帰路についた。私が帰宅したのは21:00過ぎ頃であったが、家族は夕食を終え、それぞれ居間のいつもの場所にいた。「ただいま。」と声を掛け、居間に入ると母親が「ちゃんと先生に御礼を言った?」と少し鋭く聞いてきたため「ああ、もちろん丁重に御礼を言いましたよ・・。」と少しふてくされたように答えた。すると、報道番組を見ていた父親が「それで先生は何て言っていた?」と追討ちのように同様のトーンで訊ねてきた。これは、今回の主題であったため「ああ「歯科技工士は色々な材料を使うことが出来て面白く、今後もさらに必要とされる仕事だから、受けるだけ受けてみると良い。」って言っていたよ。それに、その専門職大学を出た歯科衛生士さんが今、先生の医院で働いているんだけれども、その人も同じようなことを言っていたよ・・。」と返答した。すると、父親は「ふうん、そうか・・。じゃあ、まあ、受けるだけ受けてみたら良いか。」と言ったきり再び、テレビの画面の方に目をやった。そして母親は、その様子を見て「それなら良いけれど、もし受かったら、向こうでどうやって生活するの?それと授業料は年間どのくらいかかって何年で卒業出来るの?」とさらに具体的なことを聞いてきたため「ええと、2年次編入だから普通に行けば3年で卒業だね・・。あと、授業料は半官半民だから思ったより安くて入学料が40万円ちょっとと、年間授業料が55万円くらいだって言っていたから、3年間で200万円ぐらいだね。」と、先日のCとの会話で出た内容をそのまま伝えた。すると、母親が「・・そのくらいだったら、どうにかなるかもしれないけれど、それで向こうでの生活はどうするの?」と、なおも問質してきたため「うん、どうにか無利子の奨学金をもらえるようにするよ・・。あと、向こうでもまた何かバイトをするよ。」と返事をした。すると父親がしばらく上を向いて沈黙した後、おもむろに「・・うん、まあ、そうする以外にないかな・・。」とだけ言って、この話題は終わった。そして、その後で母親が少し声色を変え「それで商店街のその中華料理店は美味しかったの?」と訊ねてきたため、その感想を伝えると「ふーん、それじゃあ、今度私たちも行ってみようかしら。」と母親が父親を見ながら言ったところ「うん、あの先生の舌は結構肥えているから、少なくともハズレはないなあ。」と、さきほどと比べ、若干の興味を示して返事をした。私の学士編入についての話題は、その程度のものであり、少なくとも積極的に反対されるよりかは幾分マシであったとは云える。

その後、もう少し本格的に編入試験の情報を集めてみると、願書の出願期限は6月20日までとのことであり、時間があまりないことに気が付いた。そこで後日再び、先日の続きの診療に訪問するついでに、その旨を先生に伝えたところ「論文とか書いているんだったら、そのくらい書けるでしょ。でも、どうしても分からなかったら訊ねてきてもいいよ、あと、うちのCさんに聞いてみる方が良いかもしれないね。」と云われたため、以前と比べ、少し大船に乗った気分になり、出願書類一式を一通り作成し、三度、医院を訪問し、添削のような感じで書類一式を見てもらった。せっかく受けるのであれば、その程度はしておいた方が良いだろうと考えたのである。そのようにして先生とCさん二人に見てもらいつつ志望理由書や自身の推薦書の作成を行ったわけであるが、この推薦書は、募集要項にしたがうと、現在私が通うA大学の指導教員に書いてもらうということになっているのだが、先ずはじめは、こちらで作成したものを持って行くのが通例とのことであり、はじめに私がドラフトを作成し、それを先生、Cさんに「文系の教員が書いた推薦書であることを念頭に置いて添削してみてください。」と云って見てもらったわけだが、これが思いのほかに大変というか面倒であった。そうこうして、どうにか見られる内容の志望理由書と推薦書が出来、そのうちの推薦書を、既に学士編入試験受験の意思を伝えていた指導教員に見せたところ、文面を一通り見て「ふむ、これはなかなか上手く書けているね・・。それじゃあ、これをもとにちょっと手直ししましょう。それでデータの方はメールの添付で私の方に送ってください。」との返事をもらい、出願期限まで残り一週間程度で、出願書類一式の郵送への目途が立った次第である。

ちなみに、このA大学での私の指導教員は、海外に長く留学していたためか、さまざまなところが若干日本人離れしており、歯科医院の先生と比べると、毛色は大分異なるが、それでも、やはりスゴイ人であると云える・・。また、私はこの指導教員が受け持つ初めての院生であり、少し放任気味のところはあるものの、研究の経過報告などでは鋭い質問をされることが多かった。年齢は私よりも10歳程上だったと思うが、妙に老成したような意見を言われる半面で、狙っているのか分からないが、実年齢に合わないような行動を採ることも多々あり、たとえば、研究室での会話の際、話題が1920・30年代のファシズムとなり、突如、当時のイタリア国家ファシスト党統領(ドゥーチェ)であるベニート・ムッソリーニの演説の真似をはじめた時は、それまでのハナシが真面目なものであったことから、少し驚いて、笑いそうになってしまった。また、去る12月の指導教員のご自宅で開催されたクリスマスパーティーでは、ご自宅前に目印として帝政ドイツの軍艦旗が掲げられていたが、あれは冗談であったのか真面目であったのか未だに分からない・・。
さて、ハナシは横道に外れてしまったが、以上のような経緯を経て、どうにか出願書類一式を作成し、無事に郵送することが出来た。」
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2020年5月4日月曜日

20200504:対話形式 電話口にて「最近の状況について」

【電話口にて】
A「どうも、お久しぶりです。そちらの調子はどうですか?」

B「ああ、どうも、こちらも例の新型コロナウィルス感染者数が全国で上位10番以内ですので、街の方も以前と比べると閑散としていますね・・。しかし、今回の緊急事態宣言の延長で、こうした状況が今月一杯続くと思うと、正直、ゲンナリしてきますね・・。それで、そちらの方の状況はどうですか?」

A「まあ、現在千葉県市川市から外には出ることはなく過ごしていますが、こちらの方は県内や東京での感染者数が多少減少気味であることからか、買い出しに出かけますと、以前の緊急事態宣言下の状態と比べますと、どこも人出が増えてきているように思います。しかし、それでも、もうしばらくは、おとなしくしておいた方が良いと思いますがね・・。」

B「そうそう、最近こちらも時間があったので、Aさんのブログをちょっと見てみましたが、ここ何回かは、物語のようなものを書いているようですね。あれは、歯科技工士さんになるハナシだと思うのですが、Aさんご自身の経験に基づいて書いているのですか?」

A「ああ、読んでくださっていたのですか?どうもありがとうございます。この自粛状況のなか、なかなか外に出れませんので、気を紛らわすために書いてみたのですが、これが思いのほか多くの方々に読んで頂き、自分でも少し驚いています・・(笑)。現在「其の6」まで書きましたが、第1話(其の1)は、これまで100人近くの方に閲覧して頂きました。そして、話が進むにつれて、徐々にこれまでの閲覧者数は減少し、直近の「其の6」では30人程となっています。また、その内容についてですが、これはかなりフィクションが入っていまして、実際には存在しない大学や学科が書かれていますが、これは端的に私の「願望」のようなものと云えます。とはいえ、それらは今後、現実となる可能性もそれなりにあり、フィクションはフィクションなのですが、現実を足場としたそれと考えて頂くのが、より精確であると私は考えています・・。それと、登場人物についても、これまたフィクションではありますが、しかし、それもまた、これまでに私がお目に掛かった方々の要素をごちゃ混ぜにして、一人の人格として設定したものであり、全くの想像というわけではありません。」

B「ふーん、そうなのですか・・。たしかに物語の登場人物の描写などは、書き手に、生身のそういった経験がないと、生き生きと描くことが出来ませんからね・・。それと、物語に登場する半官半民の医療介護系専門職大学も、現時点では、まだ実在はしてないのですか?」

A「ええ、それはとても良いところを指摘してくださいましたね。一連の物語に登場する専門職大学は、未だ存在しませんが、今後、そうした大学が設置されるのではないかと考えてフィクションとして描いたのです。また、以前も当ブログにて書きましたが、新たな高等教育機関の一つのタイプとして相応しいのではないかと思うのです・・。おそらく、多少時間はかかるとは思いますが、そのような大学が今後、増えていくのではないかと私は考えています・・。」

B「へええ、まあ、医療介護などは、今後の高等教育で更に重きを置くようになっていくと思いますからね・・。なるほど。それと、それ以外で何か面白いことはありましたか?」

A「・・ええと、そうですね。ここ最近は、CBDというものをヴェポライザーという気化するデバイスを使って吸っていますが、このデバイスが電子タバコとも共通するものであり、また、それに用いるCBDリキッドには、ニコチンもタールも入っていませんし、あの電子たばこにも共通する独特のたばこ臭もありませんので、これはなかなかおススメですよ。私も「どうせアイコスやプルームテックといった電子たばこの亜流だろう・・。」ぐらいにしか思っていませんでしたが、知人の人文社会科学系の方に教えて頂き、また、普通に楽天市場などでも購入出来ますので「思いのほか、世間で知られているものなのだな。」と思いましたね・・。」

B「へえ、CBDですか・・。はじめて聞きますが、それはどういった成分で、何か効果のようなものはあるのですか?」

A「ええ、CBDは元来、麻に含まれている成分でして、例の麻薬としての麻の酩酊する成分がTHC(テトラヒドロカンナビノール)と云うのですが、それとは別の、もう一つの効果的な成分がこのCBD(カンナビジオール)でして、その効能は、THCの酩酊作用とは異なり、抗炎症・抗酸化作用・神経保護などへの効果や、不安・不眠・鬱・痛みなどの症状を緩和してくれたり、さまざまな疾病の鎮痛や認知症、リウマチ、皮膚病、パーキンソン病などに対しても効果的であると云われています。ですから、この同じ麻から採取される成分でもCBDの方は、国内でも法律的に問題なく、現在、さまざまな商品として流通しているとのことです・・。」

B「へえ、そのCBDと云うのは麻由来の成分なのですか・・。それは何だか少しアブナイ感じもしますが、その酩酊作用を引き起こす方のTHCでなければ、特に問題なく、また人体にとっても、どちらかと云うと有益な作用があるということなのですね?」

A「ええ、CBDは吸っていて酩酊するということは全くありませんし、また、吸った後の状態でも、ブログなどの文章も普通に書けますし、あと、書籍からの抜粋といった、どちらかと云えば作業に近いものの場合は、比較的集中出来ると思います。しかし、だからといって後に虚脱のようなことが起きると云うこともありませんので、何でもそうですが、過剰に摂取しなければ、私のようなお酒を飲む習慣のない人間からしますと、特に問題はないのではないかと思いますね・・。」

A「はあ、しかし、それを何でわざわざたばこのようにして煙で吸うのですか?」

B「ああ、CBD自体はさまざまな摂取の方法があるようで、CBDオイルという、舌下に滴下するタイプもあれば、ワックス状になったものを気化して吸うのもありますし、あとはクリーム状のものを肌に塗布するタイプもありますが、CBDを含有したリキッドを気化して吸うのが一番、効果が感じ取れるということで、まあ、これもさまざまな濃度があるようですが5%・10%程度含有のものでしたら、比較的スムーズに吸えて、効果も感じ取れ易いと思いますので、バランスが良いのだと思います・・。」

A「ふーん、私は聞いたことがありませんでしたので、知りませんでしたが、そういったものがあるのですね・・。」

B「ええ、無理にとは云いませんが、機会がありましたら一度試してみてください。楽天市場などで「CBDリキッド」と検索しますと、相当数の商品が出てきますが、私としてはスロベニア産のものが最も品質が高いと思います。」

A「スロベニアですか・・これまたシブイ国ですね・・あそこはたしかユーゴ内戦で一番はじめにユーゴスラビア社会主義連邦共和国から独立してNATOとEUに加盟した旧ユーゴ領域の一番西側の国ですよね。たしか加藤周一か誰かの本で書かれていました。」

B「ええ、よくご存じですね。そのスロベニアです。あの国のCBD製品は欧州でも定評があると聞いています。」

A「うん、この新型コロナウィルス感染症による自粛ムードのなか、そうしたものを試してみるのも悪くないかもしれませんが、それは中毒などにはならないのですか?」

B「ああ、それは私の経験上、現時点では、特に問題はないと思います。むしろ、現在、そして今後の厳しくなることが予測される医療介護の現場では、CBDを一つの手段として用いてみるのも悪くないのではないかとも思いますね・・。おそらく、今後、これを用いた症例報告などの数も増えてくるのではないでしょうか?」

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2020年5月3日日曜日

20200502 架空の話・其の6

【架空の話】
「診察後の後片付けを終え、二人の出掛ける準備が整うのを待ち、商店街を少し歩いて、先生の行きつけであるという中華料理店に入った。この中華料理店のウリは、本場四川風の麻婆豆腐とのことであり、全員その定食を注文し、さらに先生は生ビールを注文した。Cさんと私はウーロン茶を注文し、辛いことが予想される麻婆豆腐に備えた。

そして全員の飲み物が揃ったところで、軽く乾杯をして、ハナシに戻った。先生はCさんに「どうですか、こちらの生活には慣れましたか?何かあったら気軽に云ってくださいよ。」と少し酔いが回ったのか、いつもより少し上機嫌気味で話しかけた。それに対しCさんは「ええ、こちらは色々とお金が掛かりますね・・。特に家賃が高いのには少し驚いています。でも、本当に色々なものがあって、K県に居た時と比べると刺激が多いので、それはとても面白いです。」と返事をした。すると先生は「まあ、たしかに色々とあるけれども、あまり変な方向に行かなければ別にいいよ。それより、この**君は、もともと、こちらの人なので、詳しいと思うから何か聞いてみたら。」と、話しをこちらに来るように振ってきた。私の方と云えばアルバイト以外で見知らぬ女性と話す機会はほぼないことから、実のところ嬉しかったのであるが、少し戸惑うような仕草で「・・先生、突然何をおっしゃるのですか・・。ビックリするじゃないですか!」と云ったところ「まあ、後で例の専門職大学のことを聞くためにも何か普通の会話からの糸口を作ろうとしたのだよ・・。ああ、しかし、悪かったね。」と笑って答えた。するとCさんが「そういえば、こちらで歯科に関する専門書を購入したいのですが、どこか良いお店をご存知ですか?」と先生と私、双方に向かって聞いてきたため、私は「ええと、それでしたら神保町と小川町の間にそういった書籍を専門に扱っているお店がありますよ、大概は古本ですが・・。」と答え、先生の方は「それだったらJRと都営三田線の水道橋駅近くの***社という書店があるけれども、そこだったら大体あると思うし、なければ大体のものは注文も出来るからおススメですよ。」と返答した。Cさんは少し間をおいてから、「神保町と水道橋の間の距離は長いのですか?」と質問してきたことから、私はスマホを取り出し、グーグル・マップを開いて、それぞれの位置関係を示した。すると「ああ、このくらいの距離でしたら十分歩いて行けますね。それじゃあ、今度の休みにでも行ってみます。ありがとうございます。」と云われたので、少し嬉しくなり「ええ、また何かあったらお気軽に聞いてください。」と、おそらく傍から見れば得意げに返事をした。その時、偶然にジョッキの生ビールを飲む先生と視線が合ったが、その目は少し笑っていた。
そして、私にとっては本題とも云える専門職大学のハナシになると先生は「歯科衛生士と歯科技工士の職業の成り立ちに始まり、双方共に、今後さらに重要な職分になっていくであろうという見解を述べられた。そのハナシ振りは大分板についたものであり、お酒が入っているにも関わらず、そうしたことが出来るのは、やはりそれなりにスゴイものだと感じさせられた。Cさんは、それを真面目な表情で聞きつつ「でも、現状では歯科衛生士も技工士さんも離職率が高いですからね・・。やはり、もう少し待遇や社会での認知度が上がってくれればと思います・・。そうすれば、もっと多くの人が関心を持ってくれますからね・・。でも残念ながら、私のいたK県でも、歯科衛生士は医療専門職として、あまり知られていませんからね・・なので、これは時間がかかると思います。それと、違う種類の勉強をした人が、この世界に入ってきてくれるのは、うまく云えないけれども、とても良いことだと思います。」と云われ、私の方は、そこに何かしらの隠喩的な意味合いを感じ、内心少し動揺しつつも「・・そういう状態なのですか・・。では、私も家族を説得して、おそらくダメもとになりますが、その専門職大学の技工士科を受けてみようと思います。」と答えていた・・。すると先生が「うん、まあこれも一つの経験だと思って受けてみたら良いですよ。それに、歯科技工というのは、さまざまな材料を扱うから奥が深くて本当に面白いよ・・。それこそ、今後は大学院に進む人も多く出てくるのではないかと思いますよ・・。あ、そういえば、大学院といえば、Cさんもさっき出た水道橋の次の駅、飯田橋にあるN歯科大学に新しく設置された大学院修士課程を今年、受験する予定です。何でも、ここでは社会人大学院生という制度があって、職に就きながら学ぶことが出来るらしいので、そこで摂食嚥下について研究したいらしいのです。この接触嚥下というのは、たしかに今後、社会全体が高齢化していくと、とても重要なものになり、さらに、現在では多職種連携で取組む一つの典型的な領域とされていますからね・・。なので、それはとても良いアイデアだと私も思いますよ。とにかく見聞を広げるのは悪いことはないし、それは感性が柔軟な若いうちにしか出来ませんからね・・。」と結んだ。

私の方も内心その気になって少し高揚してCさんの方を見ると、さきほど同様、真面目な調子で背筋を伸ばして「ええ、こうした勉強や研究で色々な経験を積むことが出来るのは、ちょっと悔しいですが、やはり都会ですからね・・。それで、前に勤めていた医院の院長先生や、現在の院長先生にも色々と情報を頂いて良いと思ったのがN歯科大学の大学院なのです。ここでは摂食嚥下に特化したクリニックがあると聞き、そちらでも勉強や研究が出来ると聞いていますので、ここで勉強すれば、将来、数年後にK県に戻ったら、もっと活躍できるかもしれないと思うのです・・。地方の方が高齢化は進んでいますからね・・。」このCさんの意見や未来についての抱負を聞いていると、何だか、世の中に役に立つか立たないか分からないことを研究と称して調べている自分を省みて、少し恥ずかしくなってきたが、それと同時に、こうした分野で少しでも自分も活躍出来れば・・とも思った。そこで「すいません、その歯科衛生士さんというのは、男性でもなる人は多いのですか?」と訊ねてみたところ、Cさんと先生は顔を少し顔を見合わせたのち、両人笑いつつ先生の方が「いや、歯科衛生士さんは、どうしたわけか、希望する人はほぼ女性ですね・・。ひと昔前の看護師さんみたいな感じだけれど、今後、広く世の中で、この職のことが知れ渡れば、事情も変わってくるのかもしれないけれども、現時点で**君がなるのであれば、やはり歯科技工士の方が妥当だと思いますよ。」と答え、Cさんも横で頷いていた。ともあれ、当時の私は、そうしたいわば常識とも云えることも知らなかったのである・・。
そして、注文していた麻婆豆腐定食が三つ運ばれてきて、それを食したが、この本場四川の麻婆豆腐と云うものは、その辛さの多くは唐辛子由来によるものではなく、どちらかというと、鰻にかける山椒(正式には花椒)による辛さであり、さらに、より精確に述べると「辛さ」というよりも「痺れ」に近い感覚であったと云える。しかし、山椒を調味料として用いる文化が、我が国以外にあったことに不思議に驚き、そしてまた日本も元来、東アジア文化圏に含まれることを身(味)を以て感じた。」

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2020年5月2日土曜日

20200501 架空の話・其の5

【架空の話】
「ともあれ、話は私の方から切り出した。「やあ、今日はありがとう。それで、そっちの最近の調子はどうだい?」するとBは「うん、まあこっちは相変わらず色々と動いているよ。昨日、電話で話したと思うけれども今度、面接で一度K県に戻らなければいけなくなって飛行機代がかかってしまうのが嬉しいけれども予想外に大きい出費だね・・。それで、例の専門職大学のハナシだけれど、丁度良い機会だったので実家に問合せてみたら、その歯科技工士学科は、たしかにあまり人気がないみたいだね・・。あと、もしかすると、実家にいる高校生の妹が、そこの看護学科を来年受験するかもしれないということだったよ。しかし、そこに入って歯科技工士になっても、あまり給料はよくないのじゃないかな・・?それだったら他の資格を取った方がいいのじゃないかな・・実家の父親に聞いてみたら「作業療法士や理学療法士の方が今後は良いのではないか。」という返事だったよ・・。あと、この大学の学士編入試験をネットで調べてみると入試科目は英語と小論文だったから、バリバリ文系の**でも大丈夫じゃないかと思うけれど、しかし、問題はさっきも言ったように入った後、いや出た後だね・・。だって、修士修了の24歳で2年生に学士編入すると、27歳で卒業でしょ。そうすると、普通に比べて5年遅れっていうことになるから、色々と大変だと思うよ・・。」とのことであった。それに対して私は「いやあ、たしかにBの云う通りなんだけれども、このまま、あまり金にもならない分野で修士を取っても、歯科技工士になるのと比べると、手に職をつけるという意味では、歯科技工士になっておいた方が良いと思うのだけれども・・。まあ、もっとも編入試験に合格すればのハナシだけれどもね・・。いや、ともかく、色々と情報をどうもありがとう。また、家族と相談してみるよ。それで、そっちの面接の方は上手くいきそうなの?」と聞いてみたところ「うん、こっちも全く油断は出来ないね・・。昔から知っている実家近くの薬局の息子さんが今、この銀行に勤めているので、電話で聞いてみたところ「景気があまりよくないから、新卒を採る人数も渋ってくるだろうから難しいのではないか。」といった返事でね・・。面接までは行ったけれども、全く安心は出来ないよ・・。」とのことであった。その後、現在のさまざまな社会情勢などを、そこまで確かではない知識でしばらく話し「また互いに何か進展があったら会おう。」ということで別れた。時間は未だ夕方少し前であったことから、そのまま歯科医院に寄って院長と話せたら話してみようと思い立ち、そちらに足を向けた。
歯科医院に着き、ドアを開くと、待合室に二人ほど座ってスマホを操作したり雑誌を読んでいた。そこで窓口に行き「すいません**ですが、先生はいらっしゃいますでしょうか?」と尋ねてみた。すると診療室の方から足音が近づいてきて、先日サポートに立っていた女性がマスクを着けたまま窓口から「現在、先生は診療中ですので、あと一時間少しほどお待ちください。昨日治療した場所がまた痛むのですか?」と訊ねてきたので「・・いや、治療して頂いたところはおかげさまで痛みはないのですが、それとは別のことで、少し先生とお話ししたいことがありまして・・。」と少し申し訳なさそうに返答すると、その女性は「分かりました。じゃあ、今の患者さんと次の患者さんが終わったら本日の診察は終わりますので、その後でしたら・・。」と、何やらPCの画面とノートを見ながら答えて、そのまま戻って行った。そこで云われた通り、一時間程待つことにしてリュックの中に入れておいた、読みかけのウンベルト・エーコによる「永遠のファシズム」文庫本を取り出して読み始めた。エーコによる、このファシズムに対するさまざまな考えは、ジョルジュ・バタイユの考えにも相通じるものがあるのではないかと読みつつ思ったが、ともあれ、思いのほかに頁は進み、気が付いたら、待合室は私だけになり、そしてドアを挟んだ診療室から物音がわずかにこちらに聞こえている状態であった。やがて、診療室から、さきほど待合室に居た患者さんが出てきて、精算と次の約束をして「お大事に」という声を背に医院から出て行った。これでようやく先生に会えると思い、本をリュックにしまい、少し背を伸ばして待っていると、三分程度経ってから、さきほどの女性が「**さんどうぞ。」と言って、まるで患者さんを案内するかのように診療室に通された。診療室に入ると先生は「一仕事終えた」といった様子で、マスクを下にずらし、手術帽を外したばかりで、少し汗でふやけたような髪型でカルテらしきものを見ていた。
そして、「やあ、昨日の歯の方は、多分もう少し先の治療で良いと思うけれど、例の大学のハナシかい?」と、少しの疲労感を見せつつも、悪戯っぽくこちらを見て口元が笑った。「ええ、そうなのです・・。家族や友人と話しましたが、その学科はやはりあまり人気がないそうですね・・。あと、そこを卒業して歯科技工士になったとしても、良い仕事に就けるのでしょうか?」と、これまでの経緯を織り交ぜつつ話すと「・・まあ、それはたしかに嘘ではないね。だからこそ遠く離れた私にそういったハナシが来たのだと思うし・・。でもね、言い忘れていたのだが、この歯科技工業界は、今後、かなりの人手不足になると思うから、今のうちになっておけば、将来、仕事に困ることはかなり少なくなるし、あと、ここ最近の歯科業界全体の傾向として女性が増えているので、働く環境としても、そこまで悪くないと思うよ・・。そうそう、あと、今うちで働いてもらっている歯科衛生士のCさんも、去年、その専門職大学を出て、地元の歯科医院で勤務していたけれども「都会の治療を経験してみたい」と、そこの院長に相談して、まあ国内留学みたいな感じで、今年の春からうちで働いてもらっているのだが・・」と話し、後片付けをしている、さきの女性(Cさん)に「おおい、仕事中悪いけれども、ちょっといいかな。」と、こちらに来てもらった。そして「ええと「はじめまして」ではないと思うけれども、彼は**と云って今、A大学の院生なんだけど、例の口腔保健工学科の学士編入を検討しているんだ。それで、もし良かったら先輩になるかもしれない身として、少し彼の話を聞いてもらいたいのだが・・。」と歯科衛生士のCさんに丁重に訊ねた。すると「ええ、私も口腔保健工学科については、よくは分かりませんが、何かお手伝いできるかもしれませんので、お話し伺わせて頂きます。」と年頃の割にテキパキと返答していたので、少し驚き「医療職に就くとこういった振舞いも自然と出来るようになるものなのか?」と不図、思った。すると先生が「Cさん、どうもありがとう。じゃあ今日は私も嫁が出かけていて一人なので、**君と三人で夕食にでも行って話そう。」と明るく云ってきたので、そのまま家の母親に連絡し「今日は先生と一緒に夕飯を食べて帰るから、自分の分は用意しなくて大丈夫です。」と伝えた。その後、二人が医院内を片付け、出掛ける準備が整うのを待ち、医院を出て商店街を少し歩き、先生の行きつけの中華料理店に入った。このお店のウリは、本場四川風の麻婆豆腐とのことであり、全員その定食を注文し、さらに先生は生ビールを注文した。」

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ISBN978-4-263-46420-5

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2020年5月1日金曜日

20200430 架空の話・其の4

【架空の話】
[久しぶりに会ったBはなるほど、金融系を志望する学生らしく、整った小ぎれいな服装をしていたが、しかし、ここで少し力を入れて話さなければならないことは、この目の前にいるBの服装についてである・・。
いや、Bの現在の服装について力を入れて話すのであれば、それは私がBと出会った時にまで遡らねばなるまい・・。
Bとはじめて出会ったのは、大学に入学してしばらく経ったGWの少し前頃であったと記憶している。
ある履修した科目の二度目の講義の開始時間少し前に講義室入口に一人のあまり背の高くない男がやって来て、そこから教室内全体に聞こえるような声で「すいません。この教室に**ちゅうのはいますか!」と云った。それまで、いくつかのグループに分かれて雑談をしていたり、講義の準備などしていた講義室内の全員は、この声の主に目をやった後、私のことを知っている数人が、こちらの方を少し見て、ゆっくりとまた、それぞれの雑談などに戻っていった。この講義室内で**という苗字は私のみであり、且つ、入口に立つ人物には面識がない。そのため、多少訝しみつつ、席を立ち、この入口にいる男性のもとに行った。そうすると「おお、お前が**か。俺はBと言って経済学部の経営学科の一年生だ。それで出身は何高校か?」と唐突に訪ねてきた。私の方は少しためらい気味に「僕は文芸学部ヨーロッパ文化学科の**です。出身高校はこの近所の**高校ですが、それが何か?」と精一杯の強気で訊ね返した。すると目の前のBは「・・そうか、お前は元々こっちの人間なのか・・。それでも、多分親か何かはK県の出身じゃないのか?」と少し声色を落ち着かせて更に問い質してきた。そこで私は「僕は元々こっちの人間だが、たしか・・ひいひいお爺さん、だから・・高祖父がK県の出身だと聞いているけれども、それがどうかしたのか?」とさらに訊ね返した。そうするとBの態度がさらに落ち着いたものになり、また目のあたりも少し柔和な感じとなり「ああ、そうか・・。分かった。どうもありがとう。この講義が終わったら学食に行くから、そこで、もう少し話したいのだがどうか?」と、先ほどのトーンと比べると大分丁寧に云ってきたことから「うん、分かった。」と一言だけ返事をして席に戻った。この席に戻る途中で教員が少しアタフタしながら講義室に入ってきて周りが少し静かになった。

 そして講義の後、学食に行ってみると、入口近くのベンチに座り、イヤホンを耳に挿しつつ、文庫本サイズの何かを読んでいるさきほどの男が居たため、近寄り声を掛けてみた。すると「顔を文庫本から上げてこちらを見て、そしてイヤホンを外し「おお、来てくれたか。ありがとう。それじゃ中に入ろうか。」と云いつつ、イヤホンをポケットに入れ、文庫本を持参のリュックに入れて立ち上がった。このA大学の学食は、あまり大きくはないものの、屋外にテラス席があり、そこは開放的で雰囲気が良いことから、現在でもよく使わせてもらっている・・。
 中で食券を買い、列に並び自分の昼食を持ちつつ、食堂内で席を探していると、まさに昼食の時間帯であることから大変混雑し、空いている席が見当たらなかったが、同じく席を探していたBが「外の席が少し空いているみたいだから、そちらに行こう。」と提案し、外に出た。なるほど、外のテラス席も混んではいたが、食堂内ほどではなく、二人分の座席はすぐに探し出すことが出来た。そこで昼食を食べながら、Bは自分の出身地であるK県のことを話し、また「同期で、K県出身者が同じ学部で見つからないので、入学式の際に配布された学部毎の新入学生名簿を見て**という苗字を見つけ、それで、さきほど声を掛けた。」とのことであった。そこで、私も自分の知るk県とのつながりを話してみたところ、時には感心し、そして、全体としては面白がって話を聞いてくれたように記憶している。また、このように少し話しをしてみると、さきほどまで、全くの赤の他人であったBという目の前の男の服装に、どうしたわけか注意が向き始めた・・。記憶によると、その時Bは、オーバーサイズ気味の黒のオープンカラ―シャツ(長袖)をボタンを多めに外し、若干太めの黒の綿パンを穿き、そして靴は結構使い込んだ、これまた黒のキャンバス オールスターを履いていた。髪型は短髪のツンツンヘアと云うのだろうか、そういった髪型をしていた。
その恰好には、ある種のポリシーや服装に気を使っていることは感じ取られたが、しかしながら同時に「もっとセンス良くなるのでは?」とも強く感じられた。
 ともあれ、その後もBとは定期的に会うようになり、また、休日に私の家に来たこともあったが、はじめて会った私の両親に対する、その四角張ったとも云える礼儀正しさには少し驚き、後になって「今の日本人じゃないみたいね・・。」と母親が云っていたが、この指摘は必ずしも誇張ではないと私にも感じられた・・。
 Bは大学近くのアパートが多く建つ地域で一人暮らしをしており、機会があり部屋を訪ねてみると、男の一人暮らしの割にはキレイに片付ており、驚いたことには、急須で淹れたお茶を出してくれた・・。こういうのは、やはり生まれ育った地域の日常性に染み着いた文化と云えるのではないだろうか。また、そのお茶が今までに飲んできたお茶と異なり、味が濃く美味しかったことから、まさに茶飲み話で「このお茶は美味しいけれど、どこのお茶なの?」と聞いてみたところ「ああ、それは実家から送ってきた食料に入っていたもので、こっちではなかなか手に入らないK県産のお茶だよ。それが美味しいと感じるのであれば**の舌もそれなりのものなのだろう・・。」とのことであった。こうした、時には強気過ぎるとも感じられるBの出身県に対する思い入れのような、ある種の自意識は、これまでにあまり感じることがなかったことから、新鮮であったが、それが良いものであるか、あるいはそうではないのかは、今もって分からない。
 また、Bとの話題では、あまり専攻分野についてのことになることはなく、読んでいる本や、映画、音楽そしてファッションのことが多かった。ファッションについては、やはり最初の観察通り、ある種のこだわりのようなものがあったが、それは未だ美意識によってまとめられたものではなく、いくつかのポリシーと云っても良かった。そのため、休日や講義が早く終わった日に、渋谷、代官山、原宿、表参道、下北沢、高円寺、吉祥寺、アメ横などに一緒に足を運んだ。そして、そうしたことをしばらく続けているうちにBの方は、自分のお気に入りを幾つか見つけたようであり、私と一緒でなくとも、一人でも、そうした場所に出向くようになった。また、私がさきに述べた古着屋でのアルバイトをするようになると、時々、突然店に現れて、若干困惑している私に、普通の見知らぬ客のように平然と、ある商品について訊ねてくることがあった・・。
 そうした経緯にてBの洋服のセンスは、年を重ねる毎に洗練されていき、あまり金銭に余裕のない学生にしては、それなりにセンスの良い小ぎれいなものになっていったのではないかと思われる。
 さて、ハナシを戻し、Bに電話を掛けた翌日、待ち合わせをした行きつけの喫茶店に着くと既にBは席に着き、その前にはコーヒーカップと水の入ったグラスが置かれ、Bは何やらスマートホンを操作していた。そして店内に入ってきた私に気が付くと、Bは手を挙げて場所を知らせてくれた。席に着き、対座にて座るBは、地銀の面接の件か、少しうれし気に見えた。また、その恰好は、綿製、濃紺のジャストサイズで着たベッドフォードジャケットのボタンを外し、その下には台襟が高く、クラシックな胸にフラップポケットがあるタイプのボタンダウンシャツの第一ボタンのみを外して着て、下の方は、若干のストレッチ素材が入り、セルビッチのある生地を用いた、国内大型衣料品店の細身のジーンズをわずかに折り返して穿き、靴は濃いブラウンスエードのクラークスワラビーを履き、髪型は全体的に刈上げ、その上は寝るか寝ないか程度の髪を、光沢の出る整髪料で七三気味でラフに分けていた。話は私の方から切り出した。「やあ、今日はありがとう。それで、そっちの最近の調子はどうだい?」
 
*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!



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ISBN978-4-263-46420-5

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2020年4月29日水曜日

20200429 中央公論社刊 トム・ホランド著 小林朋則訳 本村凌二監修 「ルビコン」 共和政ローマ崩壊への物語 pp.17‐23より抜粋

中央公論社刊 トム・ホランド著 小林朋則訳 本村凌二監修
「ルビコン」 共和政ローマ崩壊への物語 pp.17‐23より抜粋
SBN-10: 4120037649
ISBN-13: 978-4120037641

『昔々、共和政になるまで、ローマは代々国王が治める国であった。そうした王様の一人で尊大な暴君だったタルクィニウス王のころの出来事として、こんな不思議な話が伝えられている。ある日、王の宮殿に一人の老婆が訪ねてきた。この老婆、両手いっぱいに九冊の本を抱えていて、国王の前に出ると、この本をお買いになりませんかと切り出した。ところが値段があまりにも高く、王は笑って相手にしなかった。すると老婆は、値引きする気はまったく見せず、何も言わずに立ち去ると、九冊のうち三冊を火にくべた。そして戻ってくると、残った六冊をお買いになりませんかと言う。値段は最初の九冊からびた一文も引かれていない。王は、ちょっと迷ったけれど、それでもやっぱり断ると、老婆は再び立ち去って、さらに三冊火にくべる。タルクィニウスは、自分が要らないと言った本に何が書いてあったのか、もう気になって仕方がない。老婆が三冊だけになった本を持って、みたび王宮にやってくると、王は九冊分の値段で即座に三冊を買い取った。老婆はお金を受け取ると、煙のように姿を消した。それから二度と現れることはなかった。
 この不思議な老婆は、いったいぜんたい何者なのだ?さっそく三冊の本を開いてみると、そこには驚くべき予言がびっしりと書かれている。これでだれもがピンときた。これほどの予言が書ける女は一人しかいない。アポロン神の巫女シビュラだ。これで名前は分かったけれど、実際この巫女については分からないことの方が多い。何しろシビュラにまつわる言い伝えは、どれもこれも不思議なものばかりだったからだ。トロイ戦争を予言したと伝えられていて、そのため人々の間では、シビュラは十人の女預言者の総称なのだとか、不死身の女性なのだとか、千年も生き続けるよう宿命づけられているとか、言われていた。中には、特に知識人を中心に、シビュラなんて巫女はそもそも存在しないんだと言う者もいた。いずれにしても、確実に言えることは二つだけ。シビュラの予言書が確かに目の前にあることと、その予言書には、角張った古いギリシャ文字で、これからおこるはずの出来事が記されているということだ。予言書が全部灰になる前にタルクィニウスが買い取ってくらたおかげで、ローマ人は未来をのぞける窓を手にしたのである。
 もっともタルクィニウスは、この窓をちゃんと生かすことができなかった。前五〇九年、無血クーデターが起きて追放されたのだ。建国以来二〇〇年以上も王が統治してきたローマも、この第七代タルクィニウスが最後の王となった。追放と同時に王政そのものも廃止され、代わって自由な共和政が採用された。これ以降、ローマ人は「王」の称号を異常なまでに毛嫌いするようになる。何しろ「王」という言葉が聞こえただけで、震え上がって耳をふさいだというくらいだ。反タルクィニウスのクーデターが目指したのは、自由の実現だった。君主のいない都市だけが持つ自由。自由こそ、あらゆる市民が生まれながらにして持っている権利である、市民の市民たる証なのだ。でも、将来だれかが独裁者になろうと野望を抱き、この神聖不可侵な自由を踏みにじるかもしれない。そんな事態を未然に防ぐため、共和政を築いた人々は、これまでにないまったく新しいシステムを作り出した。任期一年の政務官を二人選出し、この二人に、追放された王が持っていた権限を均等に分け与えたのである。この政務官を執政官(コンスル)という。ローマ市民のトップに立つ執政官を二人にすることで、危険な野心を抱かぬよう互いに監視させようとというわけだ。これを見ても分かるように、共和政は、ローマを二度とたった一人の最高権力者に支配させたりはしないということを第一に考えていた。執政官を二人にするとは、一見するとずいぶん思い切った手だけれど、実際は、ローマ人が過去から完全に切り離すような抜本的な大改革じゃなかった。王がいなくなっただけで、それ以外はほとんど何も変わらなかったからだ。新たに始まった共和政は、根っこの部分で過去とつながっていて、しかもその根をたどっていくと、はるか遠くの過去に行き着くことさえ少なくなかった。例えば、執政官は特権として平服(トーガ)に王を象徴する紫色の縁取りを付けていたし、鳥占いを行う際の儀式はローマ建国のずっと前から受け継がれてきたものだ。中でも過去とのつながりをはっきり示しているのは、何と言っても例の予言書だろう。不死と思えるほど長寿のシビュラが書き記し、タルクィニウス王が追放されるときに残していった、あの三巻の予言書だ。
 その内容は国家機密として厳重に保管され、見ることのできる人間も厳しく制限されていた。もし写し取ったりすれば、袋に詰め込まれて口を縫い閉じられ、海に放り込まれて殺される。予言を見ることができるのは。異変が迫っていることを示す前兆が現れ、国家の一大事に直面しているときだけだ。万策尽きると、特別に任命された政務官が名を受け、ユピテル神殿へ登る。この神殿に、予言書は厳重に保管されているのだ。巻物を開き、消えかかったギリシャ文字に指を走らせる。そして予言を解読し、神々の怒りを鎮めるのに一番いい方法は何か、助言を探し出すのである。
 助言は必ず見つかった。もっとも、ローマ人は信心深い半面、現実的なところもあって、宿命論にはかなりの抵抗感を抱いていた。そんなローマ人が未来を知りたいと思った理由はただ一つ、知っていれば破滅をうまく食い止めることが出来ると考えたからだ。空から血の雨が降り、大地の亀裂から火が噴き出し、ネズミが黄金を食べる。こうした恐ろしい前兆は、言ってみれば神々からの督促状で、自分たちが神々への義務を果たしていない警告と見なされた。神々の信頼を取り戻すため、ときにはローマに異国の祭儀を取り入れたり、それまで知られていなかった神を崇拝したりすることもあった。でもたいていは、こしたものを排除するのが普通で、政務官たちは、おろそかにされている伝統がないか懸命に探し回った。過去の姿を取り戻し、今までと同じやり方を守ることで、国家は守られていると考えていたのである。
 こうした思いを、ローマ人なら誰もが心の奥底に秘めていた。それは、社会が大きく揺らいでも変わりはない。現に共和政になってから、ローマは一〇〇年にわたって次々と試練が訪れた。社会は激しく動揺し、多くの市民が声高に権利の拡大を求め、制度改革がひっきりなしに行われた。でも、こんな激動の時代にあっても、目新しいことイコール好ましくないことなのだ。もっとも、使えるものなら何でも使うのがローマ人。新たな事柄も、神々の意志だとか古代の習慣だとか、とにかくうまく言い繕って取り入れることもある。でも単に新しいということだけで受け入れることは絶対になかった。ローマ人の気質には、保守性と柔軟性がうまい具合に同居している。何でも役にたっている限りはそのまま使い続け、具合が悪くなったら手直しして使い、とうとう役に立たなくなっても捨てずに大事にとっておくのが常だ。言ってみれば、共和政ローマは建築現場とガラクタ置き場が一つになったような状況だったのだ。ローマの未来は、ごちゃごちゃした過去の遺物に囲まれながら築かれたのである。』