2018年7月29日日曜日

20180729 未来社刊 丸山 眞男著 『現代政治の思想と行動』pp.19‐21より抜粋引用

未来社刊 丸山 眞男著 『現代政治の思想と行動』pp.19‐21より抜粋引用

ISBN-10: 462430103X
ISBN-13: 978-4624301033

『政治は本質的に非道徳的なブルータルなものだという考えがドイツ人の中に潜んでいることをトーマス・マンが指摘しているが、こういうつきつめた認識は日本人には出来ない。ここには真理と正義に飽くまで忠実な理想主義的政治家が乏しいと同時に、チェザーレ・ボルジャの不敵さもまた見られない。慎ましやかな内面性もなければ、むき出しの権力性もない。すべて騒々しいが、同時にすべてが小心翼々としている。この意味に於いて、東条英機氏は日本的政治のシンボルと言い得る。そうしてかくの如き権力のいわば矮小化は政治的権力にとどまらず、凡そ国家を背景とした一切の権力的支配を特質づけている。例えば今次大戦に於ける俘虜虐待問題を見よう(戦場に於ける残虐行為についてはやや別の問題として、後に触れる)。収容所に於ける俘虜殴打等に関する裁判報告を読んで奇妙に思うのは、被告が殆ど異口同音に、収容所の施設改善につとめた事を力説していることである。私はそれは必ずしも彼らの命乞いのための詭弁ばかりとは思わない。彼らの主観的意識に於てはたしかに待遇改善につとめたと信じているにちがいない。彼等は待遇を改善すると同時になぐったり、蹴ったりするのである。慈恵行為と残虐行為とが平気で共存しうるところに、倫理と権力との微妙な交錯現象が見られる。軍隊に於ける内務生活の経験者は這般の事情を察し得るであろう。彼らにおける権力的支配は心理的には強い自我意識に基づくのではなく、むしろ、国家権力との合一化に基づくのである。従ってそうした権威への依存性から放り出され、一箇の人間にかえった時の彼らはなんと弱弱しく哀れな存在であることよ。だから戦犯裁判に置て、土屋は青ざめ、古島は泣き、そうしてゲーリングは哄笑する。後者のような傲然たるふてぶてしさを示すものが名だたる巣鴨の戦犯容疑者に幾人あるだろうか。同じ虐待でもドイツの場合のように俘虜の生命を大規模にあらゆる種類の医学的実験の材料に供するというような冷徹な「客観的」虐待は少なくとも我が国の虐待の「範型」ではない。彼の場合にはむろん国家を背景とした行為ではあるが、そこでの虐待者との関係はむしろ、「自由なる」主体ともの(Sache)とのそれに近い。これに反して日本の場合はどこまでも優越的地位の問題、つまり究極的価値たる天皇への相対的な近接の意識なのである。しかもこの究極的実体への近接度ということこそが、個々の権力的支配だけでなく、全国家機構を運転せしめている精神的起動力にほかならぬ。官僚なり軍人なりの行為を制約しているのは少なくとも第一義的には合法性の意識ではなくして、ヨリ優越的地位に立つもの、絶対的価値体にヨリ近いものの存在である。国家秩序が自らの形式性を意識しないところでは、合法性の意識もまた乏しからざるをえない。法は抽象的一般者として治者と被治者を共に制約するとは考えられないで、むしろ天皇を長とする権威のヒエラルヒーにおける具体的支配の手段にすぎない。だから遵法ということはもっぱら下のものへの要請である。』

2018年7月28日土曜日

20180728 コトバの背後にあるものと我々の生命・魂の関係について・・

先日の西日本を主とした大雨によって、未だ二次災害発生のおそれの残る地域があると聞きます。これまでに生じた被害の復旧、そして今後発生する被害が出来る限り少ないことを祈念しています。

ブログ記事の作成を続けていますと、普段考えていることをコトバ・文章とすることに対しての抑制が弱まる傾向があると云えます。

他方、おそらく誰であれ、内心にて考えていること全てをコトバ・文章にて表出しますと不穏当・反道徳的と、とられかねない要素があるとも云えます。

また、それ以上に、さきに述べたように、ブログ記事作成の継続により、抑制が弱まり、放埓(あるいは真っ正直とも云える)と云える状態で内心にて考えていることを表出し続け
る行為は、どのような原因によるものか分かりませんが生命・魂をはげしく消耗させる何かがあるのではないかと自身の経験は語ります。またさらに、そこに実際の身体活動をも付随・連動させることにより、その消耗の程度は、よりはげしくなるとも云えます。

あるいは我々は、こうしたことを言語化するまでもなく、一種の暗黙知・身体感覚として知っているからこそ、社会における平穏が、ある程度維持されているとも云えるのではないかと思われます・・。

さらに他方で、我々は実際に考えていない、思ってもいないことをコトバ・文章として表出し続けることによっても生命・魂を消耗もしくは衰弱させる性質があるようにも思われます。このこともさきと同様に自身の経験は語ります・・。

そのうえで、一般的に我々は、人間関係において波風を立てないように処していくのが良いことであるとされています。そのためには実際には考えていない、思っていないことをコトバとして表出することも、たとえそれが嘘と云えるものであっても仕方がないこととされる傾向があると云えます。

そして、これらの要素を勘案し考えてみますと、自身の生命・魂の衰弱・消耗を避けるために、あまり嘘を、考えていないこと、思っていないことを表出しなければいけない環境に行かないようにするというのが良い方法となるのかもしれません・・。

しかし、こうした消極的な処世的態度では、生命・魂そのものを活性化させる刺激的要素全体からも離れるということにもなり、それはそれで結果的には比較的速やかに生命・魂の衰弱・消耗を招くとも思われますので、ここにも難しいけれども何かしらの『コツ』のようなものがあるのかもしれません・・。

あるいはこの『コツ』のようなものを、ある程度大掛かりに説明・解明しようと試みたのが古今東西の宗教そして思想・哲学であるのかもしれない・・。

而して、ここにあるのは夏目漱石著『草枕』内の『知に働けば角が立つ、情に掉させば流される』みたいなものなのでしょうか?


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数年前より現在までに列島各地、特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を受けた地域の速やかな復旧、および、その後の復興を祈念しています。

















2018年7月23日月曜日

20180722 1050記事 ブログ記事作成継続のエネルギー・熱源について【対話形式】

先日の西日本を主とした大雨によって、二次災害発生のおそれの残る地域があるとのことです。これまでに生じた災害からの速やかな復旧、また今後発生する二次災害が出来る限り少ないことを祈念しております。

A「ここ数日間ブログ記事の更新をされていなかったようですが、どうかしたのですか?」

B「いえ、特にこれといった理由はありません・・。ただ、次に投稿する記事にて総投稿記事が1050となりますので、少し構えてしまっているところがあり、また、以前に書きました通り、1050記事の投稿の後、休息してみようと考えていましたので、一応、それなりの記事を作っておいた方が良いと、どこかで思っているのかもしれません・・(笑)。」

A「まあ、以前にも、あまり構えずに作成した記事の方が多く読まれていたと仰っていましたので、あまり構えず・気負うことなく、作成すれば良いのではないでしょうか?」

B「ええ、それは仰る通りであると思います。また、そのように考えてみますと『よくもここまで、ほぼ毎日記事を作成してきたな・・』と我がことながら少し思ってしまいますね・・(笑)。」

A「うん、まあ、そうしたものはその真っ只中ではあまり意識出来ないようなところがあるのではないでしょうかね?また、そうするとBさんがブログを始めたきっかけについては前に書かれていましたが、そもそも、そのエネルギー・熱源みたいなものはどこから来ているのでしょうかね?」

B「まあ、はじめに100記事くらい書きますと、そこからは半分慣れの惰性のような感じにて、どうにか書き続けることが出来るのではないかと思われます・・。いや、それでも300記事あたりまではそこそこ辛かったかもしれません・・。そうしますと、たしかにそのはじめの勢いみたいなものはどこから来ていたのでしょうかね・・(笑)。」

A「以前書かれていたように、たとえヒトから勧められても1000記事そして3年間ほぼ毎日書き続けるのは、少なくとも、そこまで簡単ではないと思いますからね・・。」

B「・・ええと、そうですね、その心当たりのようなものは・・以前にも記事にて少し書いた記憶がありますが、鹿児島在住時代の2012年から2013年の間の出来事そして、その記憶であるように思われるのです・・。その時(~2012年)までに指導教員(師匠)、講座の准教授の先生、講座の諸先輩方が退職、修了などで次々と去り、講座は助教の先生2人と事務の方1人と院生1人(私)の4人のみとなっていました。
現在考えてみますと、2010年暮れに指導教員(師匠)が去られた直後、他の大学院に移った方が良かったのかもしれませんが、ここで移るのは、余計に多くのお金が掛かかり、さらには歯科理工学の実習を行うことが困難になるといった講座の事情をも考え、指導教員不在のままで講座に残ることにしました・・。この時の鹿児島に残るという選択は、キャリア形成から考えてみますと良くなかったのかもしれませんが、経験としては大変素晴らしいものを得ることができたのではないかと思うのです・・。」

A「まあ、普通に考えてみますと、どの分野でも指導教員不在での学位取得は相当難しいですからね・・。そうしたなか、まあ事情も事情なのでしょうが、Bさんは講座に院生として残り、色々とやってきたわけですか・・。そして、その色々の中に含まれる経験がBさんにとって意義深いものであったということになるのですか・・?」

B「・・そうですね・・指導教員が去られてすぐの2011年はまだ講座の人手は足りていたのですが、翌2012年になっても新任の教授は決まらず『このままで歯科理工学の実習は出来るのか?』といった状況でした・・。それでも、講座におられた助教の先生2人は色々と考え、どうにか講義・実習を問題なく出来るようにしました。そして、この時に私はいくつかの実習科目を受け持たせて頂き、また同時に鹿児島市内にある歯科衛生士養成校の教養科目の講義も受け持たせて頂くことになったのです・・。しかも、それらは曜日が重なっていたことから午前中は歯科衛生士養成校、午後からは歯科理工学実習といった、それなりに大変なものでした・・。」

A「そうですか、2012年はBさんにとってなかなか大変な時期であったのですね・・。それでその歯科衛生士さんの養成校と大学は距離的にどのくらい離れていたのですか?」

B「ええと、たしか10キロメートルくらいではなかったかと思います・・。これは当時愛用の原付で移動していましたが、鹿児島市は中心市街地もしくは海沿いの一部地域以外は坂が多くて、これが少しヒヤヒヤしましたね・・『途中で原付が故障でもしたらどうしようか・・』といった感じで(笑)。」

A「・・それで、講義と講義の間、つまり移動に費やせる時間はどの程度あったのですか?」

B「・・それは1時間程度はあったと思いますが、実習は前の準備と後片付けがなかなか面倒でして・・ですから、この時期は朝早めに大学に行き、実習の準備を概ね行った後に歯科衛生士養成校に向かっていました。そして講義を終えると大急ぎで大学に戻り、直前の準備をして実習開始に備えていました・・。
・・いや、しかし、それよりも、この2012年の学生さん、まあ学部3年生の方々なのですが、どうしたわけか出席番号順にて女性が固まっている部分がありまして、それで1つの班10人が全員が女性ということがあったのです・・。まあ、似たようなことはこれまでにもあったのですが、それでも班員全員が女性ということは、さすがにありませんでした・・。くわえて、私がこの班を担当する前の週、詳しい事情は分かりませんが、実習後に、この班の方々全員が、担当されていた助教の先生に(激しく)抗議をされているのを見てしまったのです。その様子は、私にとっては恐怖の感情を惹起させるには十分なものであり、また、その直後に見た抗議を受けた先生の顔は大変印象深いものでした・・。ともあれ、そうした事情から、その翌週の実習は大変に気が重く、研究室のある5階から実習室に向かう下り階段では、恥ずかしながら少し失禁の心配をした程です・・(苦笑)。」

A「へええ、そんなことがあったのですか・・。まあ最近は歯学部・歯科大学の学生さんも女性が増えてきていると聞きますからね・・。しかし、たしかにそうした女性10人が激しく抗議している様子は迫力がありそうですね・・。それに、あちらの女性の気性は激しいところがあるとも聞きますからね・・。いや、それはともかく、それでBさんの実習の方はどうなったのですか?」

B「・・ええ、まあ、それでも学生さんは皆が皆、九州の方というわけではないのですが、それでも若いうちに2年程度在住していますと、同化と評して良いものか分かりませんが、少なくとも、その地域性に影響されるとは思いますからね・・。おっと!そうでした・・。それでその実習ですが『ええい、ままよ!』とばかりに気を付けつつも思い切りやってみたのですが、どうしたわけか最後に至るまで険悪な雰囲気にはならず、むしろ逆に、これまでの中でもかなりスムーズに進んだと云えるのです・・。また、その時の様子を多少仔細に観察しますと、色々と他の班員を手伝ったり、率先して後片付けをされている方もおりましたので、先週の彼女らの抗議の様子とのギャップでどうも面食らってしまったわけです・・(苦笑)。」

A「うん、まあ、好んで諍いを起こしたり、抗議をするような方々はあまり多くはないと思いますからね・・。まあ、そうしますとBさんにとってその恐怖は杞憂にて済んだということになるのですか?」

B「はい、そういうことになります・・。そして、これにはまた少し後日談がありまして・・この後日談があるから2012年から6年後である現在でも、割合鮮明にこの記憶が保持されているのではないかと思うのです・・。まあ、そのことはまた機会がありましたらお話しさせて頂きます・・。あまり大したことではないのですが、それでもそれは袋小路にあった当時の私としては少なくとも背中を押されるような出来事ではありましたので・・。また、その押された背中は、この一連のブログ記事の作成にまで及んでいるのではないかということで、さきほどのエネルギー・熱源の説明になるのではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか・・(笑)。」


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2018年7月19日木曜日

20180718 昨日(20180717)の投稿記事から ウィトゲンシュタインおよびロバート・グレーヴス【対話形式】

先日の主に西日本地域での大雨により、二次災害発生のおそれが残る地域が未だあるとのことです。これまでに生じてしまった被害の速やかな復旧、また今後発生する被害が出来る限り少なく、軽微であることを祈念しています。

A「昨日は主に書籍からの引用でしたが、二つの記事を投稿していましたねえ・・。」

B「ええ、あの二つは数日前から書き写していまして、1050記事までの投稿記事として適当であると考え、昨日完成させ投稿しました。また、両方の記事共に結構な文量であったにも関わらず、思いのほか多くの方々に読んで頂き、昨日はこの二つの記事だけで200人近い方々に読んで頂けました。」

A「・・ほお、そうですか・・。実は私も両方の記事共に興味深く読ませて頂きまして、それで・・私の専門はドイツ文学ではありませんが、そうした文学作品を用いて、歴史の流れを説明しようと試みるのは、なかなか面白く、また一般的な歴史の講義よりも分かり易く面白いのかもしれませんね・・。」

B「はあ・・そう云っていただけますと、とてもありがたいです。私もAさんが仰ったような形式の講義のようなものをドイツ語の原書とまでは行かなくとも、英訳本を用いて行うことにより、文学・歴史(近現代史・国際関係論)・外国語など複数の科目を包括して行うことが出来るのではないかと考えています。そして、この名付けて『総合教養科目?』は、たとえば昨今よく聞き、また当ブログにても何度か取り上げさせて頂いた来春開学の専門職大学の教養科目などとして適当ではないかと思われるのです・・。おそらく、こうした教養科目を開講し、その科目に含まれる何らかの要素(歴史・語学など)に対して学生さんが能動的な興味を持ち、その学習・研究方法を自然と身に着けることにより、あとあと教養ある専門職の方々を育成することにつながるのではないかと思うのです、いや願っているのです・・(笑)。」

A「なるほど、今度はジョン・S・ミルですか・・(笑)。何だか時代がマンやユンガーよりも更に100年程過去に飛びましたね・・。」

B「・・いえ、そうした思想的系譜で考えてみますとバートランド・ラッセルあたりの方が適当ではないでしょうか?それにラッセルでしたら、その弟子であり知人であるウィトゲンシュタインがユンガーと似たタイプの何かを持っているようにも思われますので・・。実は昨日の2著作に加えてウィトゲンシュタインによる適当な記述も追加しようと考えていたのです・・。ご存じのようにウィトゲンシュタインの有名な『論理哲学論考』は第一次世界大戦の戦場にて、その多くの思索が為されていました。しかしながら、その著作自体からは、そうしたことを全くといって良いほど匂わせていないのです・・。それで、他の戦場での経験を綴ったウィトゲンシュタインによる著作があると思い本箱を探してみたのですが、それが見当たらなかったため、さきの2著作としたのです・・。」

A「なるほど・・たしかにウィトゲンシュタインも第一次世界大戦に従軍していましたからね・・。それでも、たしかにそれを読者に気が付かされるほど、彼の著作全般には(戦争についての)具体的要素が乏しいとも云えるかもしれませんね・・。彼の戦場にてつけた日記のような著作があれば、それはそれで興味深いのですがね・・。」

B「ええ、そうなのです。それでも第一次世界大戦を描いた作品でしたら、さきに紹介しましたロバート・グレーヴスによる『さらば古きものよ』が興味深く読むことが出来ると思います・・。また、面白いことに、この著作とあわせて同著者による『この私、クラウディウス』を読んでみますと、それぞれの時代背景は2000年近く違うはずなのですが、何だか同じテイストにて読んでしまうことが出来るのです・・(笑)。おそらく訳者が優れているというのもあるのでしょうが(両著作の訳者はそれぞれ別ですが。)それ以上に著者による独特の語り口、まあ文体のようなものがあるのではないかと思われるのです。」

A「ふーん、そうですか・・。ロバート・グレーヴスの『さらば古きものよ』ですか・・。たしかこの方は『アラビアのロレンス』の著者でしたね?」

B「そうです。私も大分以前に『アラビアのロレンス』は読んでみましたが、どうも『さらば古きものよ』の方が強く印象に残っています・・。あくまでも私見ですが、こうした著作はあまり多くないと思いますので、よろしければAさんも機会がありましたら上下巻モノですが、同時にそこまでの長編ではないと思いますので、読まれてみては如何でしょうか?」


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2018年7月17日火曜日

20180717 岩波書店刊 トーマス・マン著 関 泰祐 望月 市恵 訳 『魔の山』下巻pp.647-649より抜粋引用 【主に書籍からの抜粋引用】

先日の主に西日本における大雨により、二次災害発生の危険性の残る地域が未だあるとのことです。これまでに生じた災害の復旧、また今後発生する被害が出来る限り少ないことを祈念しております。

さて、今回示すのはトーマス・マン著『魔の山』(1924年刊行)最後のシーンであり、これは以前にも当ブログにて述べましたが、第一次世界大戦の前線における主人公ハンス・カストルプの様子が描かれています。それに対し、物語の語り手は『私たちは、君(カストルプ)が無事で戻ることはおぼつかないのではないかと考えている。正直にいうと、私たちはそれをどちらとも思いわずらってはいない。』と述べていますが、まさにここで、一つの時代の終わりを象徴させているのではないかと思われます。そして、もう一つ示すエルンスト・ユンガー著『労働者 支配と形態』(1932年刊行)の記述は、『魔の山』との鮮やかな対比が認められると思われます。また、その意味においてイギリス人であるロバート・グレーヴスによる『さらば古きものよ』には、背景文化が異なるもののトーマス・マンによる『魔の山』とエルンスト・ユンガーによる『労働者 支配と形態』の双方を結びつけ得る精神、すなわち、ロマン主義・理想主義と前線指揮官が持つ現実主義をも包摂するものがあると思われるのです・・。そして、それが『詩心』あるいは『sense of humor』と呼ばれるものではないでしょうか・・?

岩波書店刊 トーマス・マン著 関 泰祐 望月 市恵 訳 『魔の山』下巻pp.647-649より抜粋引用

『あそこに私たちの知人がいる、あそこにハンス・カストルプがいる!彼が二流ロシア人席にいたころから生やしていた小さな顎ひげで、私たちはもうずっと遠くから彼を見分けたのであった。彼も、ほかの青年たちと同じようにびしょぬれになって、顔を紅潮させている。剣つき鉄砲をにぎった手を下げ、畑の泥のついた靴を引きずりながら走っている。見たまえ、彼は倒れている戦友の手をふみつけた、-鋲を打った重い靴で、枝の散乱している泥のなかへ戦友の手をぎゅっとふみつけた。しかし、やはり彼である。どうしたというのだろう、彼はうたっている!なにも考えられない、熱に浮かされたような興奮のなかで、それとは気づかずに口ずさむように、彼はたえだえな息をつかって、小声で「菩提樹の歌」を口ずさんでいる、「われはきざみぬ、かの幹にうまし言葉の数々をー」。彼は倒れた。いや、彼は腹ばいに伏せたのだ。すさまじい炸裂弾、地獄のぞっとするようなあの棒砂糖が、悪魔のようなうなりを立てて飛んできたからである。彼はつめたい泥のなかに顔を突っ込んで、両脚をひらき、両足をねじり、踵を地面につけるようにして、伏せている。野蛮化された科学の産物が、おそろしい中身をつめられて、彼のななめ三十歩ほど前方の地面へ悪魔のようにふかくのめりこみ、そこの地面のなかですさまじい力で炸裂し、土と火と鉄と鉛と、きれぎれになった人間を、家よりも高く空中へ噴水のように跳ねあげた。そこには二人の兵士が伏せをしていたのである。-二人は友人で、思わずならんで伏せをしたのであったが、二人はもう二人ではなく、ごちゃまぜになり、消えてしまった。
 ああ、私たちは安穏な影の境涯が恥ずかしい!退散しよう!私たちは物語るのをやめよう!私たちの知人ハンス・カストルプはやられただろうか?彼は一瞬やられたと思った。大きな土くれが脛にぶつかり、痛かったが、平気であった。彼は立ちあがり、泥が重くついた靴を引きずりながら、びっこをひきひき蹌踉と歩きはじめ、無意識にうたった、「枝はーそよーぎぬ、いざーなうごとく」そして、彼は混乱のなかへ、たそがれのなかへ、私たちの目から消えて行った。さようなら、ハンス・カストルプ、人生の誠実な厄介息子よ!君の物語はおわり、私たちはそれを語りおわった。短すぎも長すぎもしない物語、錬金術的な物語であった。私たちは物語が目的で話したのであって、君が目的で話したのではない。君は単純な青年なんだから。しかし、結局これは君の物語であって、こういう物語が君に起こったのだから、君はどこか食えないところがあったのだろう。私たちは、この物語がすすむにつれて、君に教育者らしい愛情を感じはじめたことを否定しない。そして、その愛情から、指さきで目がしらをそっとふかずにいられなくなるのだ、-こののち君の姿を見たり、声を聞いたりすることはあるまいと思うと。ごきげんようー君が生きているにしても、倒れているにしても!君の行手は暗く、君が巻きこまれた血なまぐさい乱舞はまだ何年もつづくだろうが、私たちは、君が無事で戻ることはおぼつかないのではないかと考えている。正直にいうと、私たちはそれをどちらとも思いわずらってはいない。君の単純さを複雑にしてくれた肉体と精神との冒険で、君は肉体の世界ではほとんど経験できないことを、精神の世界で経験することができた。君は、「陣とり」によって、死と肉体の放縦とのなかから、愛の夢がほのぼのと誕生する瞬間を経験した。世界の死の乱舞のなかからも、まわりの雨まじりの夕空を焦がしている陰惨なヒステリックな焔のなかからも、いつか愛が誕生するだろうか?』


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20180717 月曜社刊 エルンスト・ユンガー著 川合 全弘 訳『労働者 支配と形態』pp.140‐142より抜粋引用 【主に書籍からの抜粋引用】

先日の主に西日本での大雨によって二次災害発生の危険性が残る地域が未だあるとのことです。これまでに生じた被害の速やかな復旧、また、今後発生する被害が出来る限り少ないことを祈念しております。

月曜社刊 エルンスト・ユンガー著 川合 全弘訳『労働者 支配と形態』pp.140‐142より抜粋引用
ISBN:978-4-86503-005-1

『さて、このような市民的青年層の末期エリートと、戦争それ自体によって形成され、最後の戦闘の経過の中でますますはっきりその特徴を観察できるようになった、あの戦闘者型人間との重要な相違に目を向けてみよう。死の圏域の制圧を可能にする、この秘められた権力中枢において我々が出会うものは、新たな独自の要求に基づいて発展してきたある人間像である。
 個々人を見つけ出すことが非常に困難なこの風景の中で、火は、具象的性格を持たない全てのものを焼き尽くしてしまう。この経過の中で姿を現すものは、最小限の何故と何のための下に遂行される、最大限の行動である。この状況を、個人的な領域、たとえばロマン主義ないし理想主義的な色合いを帯びた領域となんとか調和させようとするいかなる試みも、直ちに無意味な行為であることが判明する。
 ここでは死との関係が変化してしまう。というのも、死があまりにも近くにあるときには、厳粛さとしても解されうるような気分の余地が全く存在しなくなるからである。個々人は、自分が最高度の肉体的、精神的要求に従うかけがえのない瞬間に、突然の破壊に見舞われる。個々人の戦闘力はもはや個人的な価値でなく、機能的な価値である。言い換えれば、ひとは戦死するのでなく、壊れるのである。
 この場合にはその特性に応じて全体的戦闘性格として現れる全体的労働性格が、ここでも、無数の特殊な戦闘方式の中に表現される様子を見て取ることができよう。戦争のチェス盤上に多数の新しい駒が現れる一方で、駒の進め方は単純化した。戦闘倫理の基本原則はいつの時代も同一であり、それは敵を殺すことにほかならないが、それを測る尺度は、いまや全体的労働性格が実現されうる程度とますます明白に一致し始める。このことは、戦う個々人の活動領域にも戦う国家の活動領域にも当てはまる。
 ここにおいて、心情と神経の最高度の規律を具現する諸々の事例が、最良の伝統と対等並び立ちうる歴史となったのである。これらの事例は、醒めた、金属的とも言うべき極度の冷淡さの見本であり、これに基づくことによって、英雄的意識は肉体を純然たる道具として扱い、自己保存本能の限界を超えてさらに一連の複雑な動きを肉体に強要できるようになる。撃墜される飛行機が発する炎の渦の中でも、泡を立ち上らせつつ海底に沈みゆく潜水艦の中でも、労働は続行される。それは本来すでに生存の範囲を超えており、それについて報告がなされることはなく、典型的な意味においてプロイセン国王のための仕事と呼びうるような労働である。
 特に注目すべきことは、新しい戦闘力のこのような担い手がようやく戦争の末期に顕在化するようになること、十九世紀の諸原理に基づいて形成された軍隊の大衆が崩壊するのに並行して彼らの別種性が露になること、これである。とりわけ彼らの姿がはっきりと認められるのは、時代の特色がすでに特別の明瞭さを伴って手段の使用法のうちに現われているようなところである。たとえば、陸上部隊と航空部隊、機械力によってぼろぼろに破壊された歩兵隊が再編成によって新たなる魂を得る突撃部隊、うち続く攻撃の中で鍛えられた艦隊の一部などがそれである。
 ヘルメットや突撃帽の下で観察者に向けられる相貌も変化した。それは、たとえば集会や群集の中で観察される相貌同様、特徴の幅の点で多様性と個性を失う一方で、目鼻立ちの鋭さと明確さを得た。それは、表面にさながら電気メッキを施したように、いっそう金属的となり、骨格がくっきりと浮き出て、表情は引き締まり、無駄がない。眼差しは、高速で運動する物体を観察することを通じて訓練され、安定し、動じない。それは、ある新しい風景に特有の要求の下で発展し始め、個々人が人物や個人として表すのでなく、類型人として表す、ある人種の顔つきである。』


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2018年7月16日月曜日

20180716 感覚から言語化までの未だ不可知の過程について・・【対話形式】

先日の西日本を中心とした大雨により、二次災害発生のおそれが残る地域が未だあるとのことです。これまでに発生した災害の復旧、また今後発生する被害が出来る限り軽微であることを祈念しております。

A「おかげさまで昨日投稿分の記事も思いのほか多くの方々に読んで頂けました。また、新たに記事を投稿しますと、その記事と関連する内容の記事が読まれていることが度々あるのですが、それが昨日投稿の記事においても見受けられました・・。これまでのそうした反応は『少し的外れかな・・?』から『的確且つ鋭く穿っている・・』まで多岐に渡るものであり、昨日のそれに関しては『なるほど・・そのように考えるのですね。』といったところであり、何方がそうした反応をしてくださっているか分かりませんが、勉強になりました。」

B「・・ふーん、自分の投稿した記事にそうした反応が為されるのは、なかなか面白いことですね・・。そうしたのを聞いてみますと、ブログ記事の作成も面白そうだなと思いますね・・(笑)。しかし、そうした反応が出るようになるまでは、ある程度の期間、ブログ記事の作成を続けないとダメでしょうから、それはそれなりに難しいのかもしれませんね・・。それで、その昨日の記事に為された反応はどういうものであったのですか?」

A「ええ、Bさんは昨日の記事を読んで頂けましたか?・・そこで著述家・思想家の格言・箴言は咀嚼し易くした哲学・思想あるいはその断片であり、また、それと同様の効果を持つのが文学作品であると書き、そしてそれらを若い時分に読んでおくことは重要ではないかと述べたのですが、それに対しての反応としてか、以前に記事として投稿したジョルジュ・バタイユの著作「ニーチェについて 好運への意志」からの引用部が複数の方々に読まれていました。そして、この反応はとても興味深いと思われた次第なのです。」

B「なるほど、それらの間の具体的な関連性についてはよく分からないものの、それでもそこに何らかの考え・思想の原型のようなものをAさんは見たわけですね・・。」

A「そうです。また、残念ながらその具体的な内容は、現在の私では能力不足であるのか、ある程度時間をかけて熟成?させないと上手いこと言語化出来ないのです・・。しかし、それでもそうしたことが不図した拍子に言語化されるといったことが度々ありますので、この未だ不可知である言語化までの熟成の過程を制御出来るようになれば、もう少し上手い、面白い文章が書けるようになるのではないかと思います・・。」

B「なるほどねえ・・たしかに感覚から言語化までの過程はあまり考えたことがありませんでしたね・・。それでも、何かしら新たな文章を創造していくに際して、それはなかなか重要なことでしょうからね・・。」

A「ええ、このはじめの「そこに何かあるのではないか?」という好奇心のような感覚が思いのほかに重要であり、あるいはそうした感覚の奥に集合的無意識といったものがあるのではないかとも思われるのです・・。」

B「ううん?・・そうした好奇心の奥に何故、集合的無意識があると考えるのですか?いえ、なぜそれらが繋がると思われるのですか?」

A「・・ああ、たしかにそうですね・・(笑)。それは、これまでどうにかブログ記事の作成を続けていますと、どうしたわけか、いや、どのようなメカニズムであるか分かりませんが、ともあれ『投稿した記事の内容と世間の動向が同調・シンクロしているのではないか?』と考えさせられることが時折あるのです・・。【これは単なる自意識過剰であるのだろうか?しかし、多くの人々は、たとえ自分の書いた文章からでなくとも、たとえば、応援するスポーツチームの戦績などから、そうした考えを抱くことがあるのではないだろか?】そして、この『世間の動向・世の流れ』といったものが集合的無意識と浅からぬ関係があるのではないかと考えることは、特に不思議なことではないと思われますので、それでもまあ、さきほどのように述べたのですが、これで説明になっていましたでしょうか・・?」

B「・・はあ、なるほど、そうした感覚は書き続けていないと分かりにくいものであると思いますが、一応ハナシの内容は分かりましたよ・・。また、これまたイマイチその具体的な意味・作用機序は分かりませんが、何れにせよ、それが継続的に文章を作成する一つの大きな意味であるのかもしれませんね・・。」


『今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。』


~書籍のご案内~
祝増刷決定!
ISBN978-4-263-46420-5


~勉強会の御案内~
前掲著作の執筆者である師匠による歯科材料全般もしくは特定の歯科材料を扱った勉強会・講演会の開催を検討されておりましたらご相談承ります。師匠はこれまで長年にわたり大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします。


数年前から現在までに列島各地、特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害により被災された地域の諸インフラの復旧および、その後の速やかな復興を祈念しています。