2025年1月3日金曜日

20250103 立ち読みと集中力から ~意識の変容について~

 昨年末は慌ただしく過ぎ、今年に入ってからも、未だ新年の実感が乏しいのですが、久々に連日散歩に出ました。本日の神田神保町には既に営業している書店がいくつかあり、入って立ち読みをしていますと、やがて面白そうな書籍を見つけ、しばし、それに読み入り、そして、こうした行為を何度か繰り返すことにより、いつの間にか意識が変容していることが、書店や図書館などでの立ち読みでの一つの醍醐味ではないか?と、何故であるか久々に感じられました。この立ち読みによる意識の変容については、以前、当ブログにて述べたことがあったと思われますが、かつて和歌山市在住の頃、住んでいたアパートから自動車で10分程度の場所に比較的大きなショッピングセンターがあり、その中に、これまた大きな書店があり、その書店は大学からも近いためか、専門書なども揃えてあり、大学図書館とはまた違った楽しさがあり、さらに当時は24時間営業であったことから、アパートで調べものや文章の作成などをしていて煮詰まってきますと、時間帯を問わずここに来て、全く異分野の書籍の立ち読みなどをしばらくしていますと、不思議なことにリフレッシュされて、やがてショッピングセンター内のスーパーマーケットで氷菓などを購入して、それを食べつつ帰路につくため駐車場に戻るわけですが、そうした際に、自分がこの比較的大規模なショッピングセンターの駐車場の何処に駐車したのかを、キレイに忘れていることが何度かありました。他方で、その10分ほど前に読んでいた書籍の内容については、比較的明瞭に憶えているにもかかわらず…。そして、その後しばらく自己嫌悪の念を抱きつつ、自分が駐車した場所を探し続けるのですが、しかし同時に、こうした明確な意識の断層が生じるほどの意識の変容が生じることが、冒頭にて述べた「立ち読みの醍醐味」とも通底するものがあるのだと考えます。そして、それを肯定的に捉えるのであれば「集中力」と捉えることが出来ると云えます。そして端的に、当時の私は、それまであまり鍛えてこなかった「集中力」を、読書などにより自分なりに鍛えていたのだとも云えます。修士院生当時は、それまでではあり得ないほどの量の読書をしました。私は元来、興味を持った分野での読書であれば、あまり苦にならない性質であることから、当時は、本来の専攻であった地域学以外にも民俗学、考古学、古代史、経済学、社会学、近現代史など、それなりに多岐にわたる分野の書籍を読むことが出来たのだと云えます。そしてまた、それぞれの分野での読書が、他の何らかの分野での読書から生じたストレスを緩和する意味もあったことから、こうしたことが出来たのだと云えますが、しかしながら他方で、人文系の大学院修士課程では、このようなことは特に珍しくはないと云えます…。そして、この「集中力」は当時と比較しますと、現在は明らかに減衰したと感じられます。その理由の多くにはスマホ画面を見続けることによる視力の衰えもあるとは考えますが、こうしたことは読書の進み具合などから、自身としては比較的明瞭に認識することが出来ます。それ故、若くて目が健康で強いうちに、出来るだけ多くの難しそうな書籍を集中して読むことをおススメします。若い頃にそうした書籍に取り組み、理解出来た記憶があるのであれば、その後も、その記憶の経験を足場として、また新たな難しそうな書籍などにもあまり臆せずに取り組むことが出来ると考えます。そして、私もまた、そうした経験を足場として、昨年は2024年ノーベル経済学賞受賞の研究者等による著作を(どうにか)通読することが出来ましたが、おそらく、これも、それまでの読書経験があったからであると考えます。とはいえ、昨2024年は、目まぐるしく変転する国内外の情勢を自分なりに理解するために、これまで読まなかった分野での著作を立て続けに読んだためであるのか、現在に至るまで、少しバテ気味であり、そしてまた、この状態には、さきに述べた「以前であれば余裕であったのに…」と感じられる「集中力の減衰」があると私は考えています…。

*ChatGPTによる添削後
 昨年末は慌ただしく過ぎていき、今年に入ってからもまだ実感が湧かないままの日々が続いています。しかし、今年に入ってからは久しぶりに連日散歩に出かけました。本日の神田神保町では既に営業している書店がいくつかあり、立ち寄って立ち読みをしていると、やがて興味を引く書籍を見つけ、しばらくそれに読みふけっていました。このように立ち読みを繰り返すうちに、いつの間にか意識が変容していることに気づきました。こうした感覚は、書店や図書館で立ち読みをする醍醐味の一つではないかと、久しぶりに実感した次第です。

 この「立ち読みによる意識の変容」については、以前、当ブログでも述べた記憶があります。かつて和歌山市在住の頃、住んでいたアパートから車で10分ほどの場所に比較的大きなショッピングセンターがあり、その中に大規模な書店がありました。その書店は大学からも近かったためか、専門書も充実しており、大学図書館とは異なる楽しさがありました。また、当時は24時間営業だったこともあり、アパートで文章作成などをして行き詰まると、時間を問わずそこに出向いて、全く異なる分野の書籍をしばらく立ち読みすることがよくありました。不思議なことに、そうすると気分がリフレッシュし、その後、ショッピングセンター内のスーパーでアイスを買い、食べながら帰路につくのが常でした。

 ただし、帰り際に駐車場で自分がどこに車を停めたかをきれいに忘れてしまうことが何度かありました。一方で、その直前に読んでいた書籍の内容は比較的鮮明に覚えているのです。このような意識の断層が生じること自体、立ち読みの「意識変容の醍醐味」と通じる部分があるのだと感じます。この現象を肯定的に捉えれば、集中力の発露とも言えるのではないでしょうか。

 当時の私は、それまであまり鍛えてこなかった集中力を、読書を通じて鍛えていたのだと思います。修士課程時代には、それまでの人生で考えられないほど多くの読書をしました。元来、興味を持つ分野の読書であれば苦にならない性質だったため、本来の専攻である地域学に加え、民俗学、考古学、古代史、経済学、社会学、近現代史など、多岐にわたる分野の書籍を読むことができました。また、それぞれの分野の読書が、他の分野での読書によるストレスを和らげる役割も果たしていたため、これだけ多くの読書が可能だったのだと思います。もっとも、人文系大学院の修士課程では、このようなことは珍しくないとも考えられます。

 しかしながら、この集中力は現在、明らかに減衰したように感じます。その理由の一つとして、スマホ画面を長時間見ることで視力が衰えたことが挙げられます。この影響は読書の進み具合からも自覚できるところです。そのため、若く視力が健康なうちに、できるだけ多くの難しい書籍を集中して読むことをお勧めします。若い頃にそうした書籍に取り組み、理解した経験があれば、その後もその記憶を足場に新たな難しい書籍に臆せず挑むことができるでしょう。

 私自身もそのような経験を足場に、昨年は2024年ノーベル経済学賞受賞者の著作をどうにか通読することができました。これも過去の読書経験があったおかげだと感じます。ただ、昨2024年は、変化の激しい国内外の情勢を把握しようと、それまで手に取らなかった分野の著作を次々に読んだこともあり、少々疲れが残っています。また、この状態には、先に述べた「以前は余裕でできていたことができなくなった」という集中力の減衰が影響していると感じます。

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2024年12月30日月曜日

20241230 1848年およびクリミア戦争について

 1848年2月、フランスのパリで二月革命が勃発した。これによりルイ=フィリップ王が退位し、1830年以来続いた七月王政が打倒された。革命後、共和制が再び樹立され、多くの自由主義者や労働者たちは新たな政治の時代の到来を期待した。そして、この二月革命はフランス国内に留まらず、ヨーロッパ全土へ波及し、多くの国々で類似の動きが引き起こされた。

 フランスでは、当初、労働者と中産階級が連携し、七月王政下での経済的・社会的不平等の是正を目指した。しかしこの協力関係は長続きせず、労働者の不満が高まる中、同年に「六月事件」と呼ばれる大規模な反乱がパリで発生した。この蜂起により市街は戦場と化し、政府は鎮圧のために軍を投入して激しい市街戦が展開され、多くの血が流れた末に政府が勝利を収めたものの、これにより社会的分断はさらに深刻化した。

 冒頭に述べた通り、二月革命による影響はフランス国内に留まらず、ドイツ諸邦にも波及した。当時のドイツは、プロイセン王国やオーストリア帝国を中心に多くの領邦国家に分かれ、他方で統一を求める声も高まりつつあった。そこで自由主義者や民族主義者たちは結集し、1848年5月にはフランクフルトで国民議会を開き、統一憲法の制定を試みた。しかし、大ドイツ主義(オーストリアを含む統一)と小ドイツ主義(プロイセン中心の統一)の対立や、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世が皇帝の地位を拒否したことで、この統一運動は挫折した。しかし、この動きは後のドイツ統一運動の基盤となった。

 また、イタリアにおいても1848年の革命は大きな影響を与えた。当時のイタリアは複数の国家に分かれ、また、北部のミラノを中心とするロンバルディアやヴェネツィアを中心とするベネト地方はオーストリア帝国の支配下にあった。これに対し、革命家ジュゼッペ・マッツィーニやジュゼッペ・ガリバルディ等の活動によって統一運動が活発化して、サルディーニャ王カルロ・アルベルトがオーストリアに宣戦布告した。しかしながら、軍事的な敗北によって統一は果たすことは出来なかった。とはいえ、この時期に高まったイタリア統一への熱意は、その後も継続して、1861年にはイタリア王国が成立する道筋を拓いた。

 1848年、オーストリア帝国においても革命が勃発して、ウィーンでは学生や市民が蜂起した。この蜂起によって保守的な体制が大きく揺らぎ、長らく帝国を支えてきた首相メッテルニヒが失脚した。また、多民族国家であるオーストリアでは民族問題が顕在化し、ハンガリーではラヨシュ・コシュートの指導のもと独立運動が展開された。しかし、ロシア帝国の介入によって、この運動は鎮圧され、民族問題は解決されないままで残された。

 この1848年の革命の波が収束すると、ヨーロッパは一時的な安定を取り戻したが、1853年にクリミア戦争が勃発し、再び均衡が揺らぎ始めた。この戦争は、オスマン帝国の衰退を背景にロシア帝国が南下政策を推進し、それを阻止しようとするイギリス、フランスおよびサルディーニア王国がオスマン帝国を支援して参戦するといった構図であった。

 さらに、この戦争はナポレオン戦争以来最大規模の戦争であり、数多くの近代的な戦争技術が導入された初の戦争としても知られている。鉄道や蒸気船、ライフリングの施された銃身が特徴のミニエー銃といった新技術が導入され、戦場で鉄道が物資補給に運用された。この戦争の結果として、敗北したロシア帝国の国際的地位は低下し、オーストリアとの関係も冷却化して、これが後の普墺戦争や普仏戦争にも影響を与えた。また、バルカン半島での地政学的問題を「東方問題」として浮き彫りにし、第一次世界大戦の引き金の一つともなった。

 クリミア戦争後、イタリアとドイツの統一運動が大きく進展した。イタリアではサルディーニャ王国が中心となり、ナポレオン三世の支援を得てオーストリアとの戦争を再開して、1861年にイタリア王国が成立した。一方、ドイツではビスマルクが巧みな外交と軍事力を駆使して、普墺戦争と普仏戦争を経て1871年にドイツ帝国を成立させた。

 1848年の革命は、短期的に見ると多くの国で失敗に終わったが、この時の自由主義や民族主義の思想は根強く残り、労働者階級や中産階級の政治的影響力の増大は、後の社会主義運動や民主化運動の基盤を築いたと云える。また、工業化や交通革命が進展し、蒸気機関や鉄道が国際貿易や戦争における物流を大きく変革した。

 こうした背景のもと、1848年の革命とその後の出来事は19世紀半ばのヨーロッパにおける転換点となった。自由主義や民族主義の運動は国民国家形成の原動力となり、イタリアやドイツの統一を実現させた。くわえて、クリミア戦争による国際関係の変化が新たな政治情勢を現出させて、大戦が続く20世紀へと進んでいったと云える。

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2024年12月24日火曜日

20241223 今月について、そして来年の目標

 今年は12月に入ってから特に時間の進み具合が早く感じられました。まず7日には、日本臨床歯科CADCAM学会の第10回記念学術大会が開催されました。このとき、40代半ばを既に過ぎた私が、役目のために度々、会場内を走り回っていました。それでも、当学術大会は盛会のうちに無事に閉会を迎え、また、大会に関与されたアカデミア・企業の関係者さまからも概ね好意的な評価を頂けたことから一安心しました。

 そして、一安心したためか、翌12月第2週の初めにはインフルエンザに罹患し、数日間臥せっていました。以前にインフルエンザワクチンを接種していたものの、やはり罹患することがあるようです。ただ、ワクチン未接種の場合と比べて、かなり軽症で済んだのではないかと感じられました。そして同週の木曜日には動き回ることができるようになり、さらに翌金曜日には調子に乗ってしまったのか、コラム記事をいつもより多く6本作成しました。そこから、帰宅の際には比較的強い疲労感を感じていましたが、それが悪かったのか、翌週は週初めからいくつかの用事があったものの、週末に至るまで体調がいま一つすぐれませんでした…。

 ともあれ、そうした経緯を経て今月は現在に至っているわけですが、印象的であったのは、やはり、歯科理工学の師匠にお目に掛かったことです。師匠は、さきに述べた学術大会に教育講演演者として招待されており、講演後から懇親会までご一緒させて頂きました。その中で、師匠から「お前はまだ大学で職を探そうと思っておるのか?」といった質問を受けました。それに対して私は、「いや、おそらく私は宮仕えができるような人間ではないと思います…。しかし、大学に関しては、やってみたいことがあります。それは、いろいろな大学を訪問して、そこで行われている先端的な研究や新たな取り組み、研究内容などをヒアリングし、それらを文章化して、何らかの媒体を通じて記事として発表することです。これはおそらく、月に3~4記事程度であれば作成できるのではないかと思います…。また、その取材のために訪問させて頂く大学は、西南日本にある医療介護系学部・学科を擁する大学が良いと考えています。しかしながら、そうした職種はどの求職サイトを見ても見当たりませんし、今後も出てくることはないと思われます。そのため、先生はご存じであるかどうか分かりませんが、私は9年以上ブログ記事を作成しておりまして、そこから何か繋がるのではないかと考えている次第です...。」と返答しました。これに対して師匠は「ふうむ…。」と仰ったきりでした。

 また、もう少し端的に述べますと、私は西南日本に属するいくつかの地域に定期的に訪問したい(できれば在住したいのですが…)という比較的深層からの欲求があります。そして、その欲求を満たしつつ、首都圏と西南日本地域の双方にとって良いと思われる私が出来ることは、さきに述べたような職種であると考えています。そして、まだ少しだけ早いですが、これを来る2025年の目標にしたいと考えています。

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2024年12月18日水曜日

20241218 権力と制度が社会に与える影響:1219加筆修正

 ジョージ・オーウェル著の①『動物農場』、ジョセフ・コンラッドの②『闇の奥』、そしてダロン・アセモグルとジェームズ・A・ロビンソンによる③『国家はなぜ衰退するのか』は、それぞれ異なるジャンルの著作ですが、共通して、人間社会の本質や権力の構造について鋭い洞察を示しています。そして、これら三著作を比較することにより、人間がつくる制度が、国家や社会に対して与える影響について考える足場が得られるのではないかと考えます。

 ①『動物農場』では、寓話形式を用い、革命後の理想に向かうはずの社会が、どのようにして腐敗して独裁体制へと変質していくかを描いています。②『闇の奥』では、19世紀末のアフリカ大陸での列強による植民地支配下で、権力によって理性ある人間が堕落して、さらに、内心の倫理による制御を喪失した無軌道な権力のあらわれが描かれています。そして③『国家はなぜ衰退するのか』では、歴史・経済学を視座として古今東西の包括的制度と収奪的制度とを比較して、国家の盛衰のメカニズムについて考察しています。


 これら三著作の相違は、まずアプローチの手法と云えます。①『動物農場』では、寓話的手法により、権力が腐敗する様相を描き、②『闇の奥』では、独特な文学的表現により、19世紀末の植民地支配の実態を描いています。そして③『国家はなぜ衰退するのか』では、学術的考察によって、制度が社会へ与える影響について帰納法的に論じています。とはいえ、いずれの著作も、権力の腐敗の様子をひとつの大きなテーマとしている点では共通していると云えます。

 ①『動物農場』では、平等を目指した動物達による革命が豚の「ナポレオン」によって独裁に変わってゆく様子を描き、制度が権力を制御できない場合、その権力は腐敗が避けられないことを示しています。

 ②『闇の奥』では、帝国主義的な植民地支配によって支配する側の人間の堕落した様子を描いています。作中で描かれている主要登場人物であるクルツの変化は、外的な社会制度としての倫理を失ったときに、どのようにして人間の内なる暴力性が発動しているかを描いています。

 ③『国家はなぜ衰退するのか』では、腐敗した権力の根源にあるものを制度的視点から検討します。収奪的制度の社会は権力者による富や資源の独占を助長し、社会全体を搾取する構造を形成します。この分析は、①『動物農場』や②『闇の奥』が描く世界観をある程度普遍的なものとして理解する枠組みを提供すると云えます。

 また、これら三著作が示すことは、制度が人びとの行動や社会全体に与える影響についてです。①『動物農場』は、理想の実現には制度を監視し続ける必要があることを寓話的に伝え、②『闇の奥』は、植民地における支配の実践が、どのようにして人間を堕落させるかを文学的に描き、そして③『国家はなぜ衰退するのか』では、全般的な傾向として包摂的制度が国家・社会の繁栄を促進して、収奪的制度が同じく衰退をもたらすと述べています。

 それ故、我々が生きる現代の社会においても、制度の設計はきわめて重要な課題であると云えます。そして、これら三著作は、それぞれが異なるアプローチに拠りつつ、我々人類の普遍的な問題に光を当て、そこから「制度の健全性」こそが、社会の持続可能性や発展においてきわめて重要な要素であることが認識させられます。

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2024年12月14日土曜日

20241214 口と腸が紡ぐ健康の鍵:フローラバランスの重要性

 我々の体内には約500〜1,000種類、総数で500兆〜1,000兆個の細菌が存在し、その総重量は約2kgに達するとされています。これらの細菌の多くは「腸内フローラ」や「口腔内フローラ」として機能し、栄養吸収や免疫機能の調整、さらには全身の健康に大きな影響を及ぼします。細菌は主に善玉菌、悪玉菌、日和見菌の3種類に分類され、善玉菌は健康維持に貢献し、悪玉菌は健康に害を及ぼすことがあります。日和見菌は通常無害ですが、体調が悪化すると悪玉菌と同調し、健康に悪影響を与える場合があります。このため、体内の細菌バランスを整えることは健康維持の基盤といえます。

 腸内フローラは免疫機能の約7割を担う重要な存在であり、そのバランスが崩れると、大腸がん、糖尿病、肥満、アレルギー、自己免疫疾患、さらにはうつ病など、さまざまな病気のリスクが高まります。同様に、口腔内フローラのバランスが崩れると、虫歯や歯周病だけでなく、心臓病や脳梗塞、糖尿病など全身疾患に影響を及ぼすことが知られています。さらに、口腔内の細菌が血流を通じて全身に広がり、肺炎や胃潰瘍、胃がんを引き起こすリスクもあります。口と腸は一つの消化管でつながっているため、口腔内フローラと腸内フローラは互いに影響を及ぼし合います。このため、どちらか一方のバランスが崩れると、全身の健康にも悪影響が及ぶ可能性があります。

 現代社会では、食品添加物や抗生物質の過剰使用、環境汚染、そして母乳育児の減少が腸内フローラのバランスを崩す要因となっています。特に母乳に含まれる善玉菌であるロイテリ菌は、赤ちゃんの腸内環境を整える役割を持っています。しかし、人工ミルクにはロイテリ菌が含まれていないため、母乳育児の減少は免疫力低下のリスクを伴います。また、母乳自体にロイテリ菌が含まれないケースも増えており、十分な善玉菌が供給されない問題も指摘されています。

 腸内フローラの状態は食生活や生活習慣に大きく影響されます。日本人の腸内細菌には、海藻類の食物繊維を分解する能力や、肥満抑制に寄与する菌が多いことが判明しています。これは日本特有の食文化によるものですが、近年では食生活の欧米化や抗生物質の乱用が腸内細菌のバランスを崩す要因となっています。腸内細菌は「第二のゲノム」として注目され、そのDNA総数はヒトの遺伝子数をはるかに上回ります。また、腸内細菌が生成する物質は生活習慣病や精神疾患、がん治療にも関与していることが明らかになっています。

 さらに、腸内細菌の研究は遺伝子解析技術の進歩により大きく進展しており、「メタゲノム解析」を通じて腸内細菌の構成が国や地域ごとに異なることも分かっています。日本人の腸内細菌は炭水化物を効率的に利用する菌が多い一方、他国で一般的な古細菌が少ないことが特徴的です。これらの違いは食文化だけでなく、薬剤の使用や環境要因とも関連している可能性があります。

 口腔内フローラと腸内フローラを健康に保つには、日々の口腔衛生管理とバランスの取れた食事が不可欠です。歯磨きや定期的な歯科検診は口腔内フローラのバランスを整え、腸内フローラにも良い影響を与えます。一方、腸内フローラを改善するためには、食物繊維やオリゴ糖を多く含む食品を摂取し、善玉菌の働きを促進することが重要です。

 結論として、口腔内フローラと腸内フローラは相互に関連し、全身の健康維持に欠かせない要素です。現代の生活環境では細菌バランスが乱れやすいため、意識的に口腔衛生と腸内環境を整えることが健康を守る鍵となります。最新の研究を参考にしながら適切な生活習慣を取り入れることで、全身の健康を維持し、病気を予防することが可能です。

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2024年12月10日火曜日

20241222 11/14の和歌山での対話

A:「先日の勉強会以来ですので、あまりお久しぶりではありませんが、今日は是非先生のご意見を伺いたく思い、訪問させて頂きました。ご多忙のなか、お時間取って頂きどうもありがとうございます。」

B:「ええ、構いませんよ。ただ、メールでもお伝えしましたように午後二時から外せない会議がありますので、それまでになりますが、大丈夫ですか?」

A:「はい、大丈夫です。では、早速本題に入らせて頂きますが、つい先日、***大学****学部の開設10周年の記念講演会がありまして、これに出席させて頂いたのですが、その登壇者の先生方が揃って「現在の世界は大きな変化の時代であり混乱している。」との見解を述べられていました。このこと自体は、私はかねてより思ってきたことでしたので、特に驚くことはなかったのですが、しかし同時に、それがある程度共有されている見解であることを実感しました。そこから「では、現在の混乱して大きく変化している世界情勢のなかで、我が国は、どのように処することにより、来るべき時代のなかで発展し続けることが出来るのだろうか?」と思ったのです…。というのも、昨今の我が国は「失われた30年」といったコトバがよく聞かれ、そして実際、低迷し続けていることは、おそらく先生も納得されると思うのですが、こうした状況から、より良い方向への変化をもたらすヒントを人文系研究者であるB先生からお聞きすることが出来ればと思い、今回訪問させて頂いた次第です。」

B:「…なるほど、それは責任重大ですね…。それで、具体的にAさんはどのようなことをお聞きになりたいのですか?」

A:「はい、では、さきの「失われた30年」といった状況から、より良い方向へ漸進的に、そしてまた根本から変えていくための手段は、やはり教育以外にないと思うのです…。とはいえ、いきなり教育制度を大きく変えても、それはそれで社会にとって大きなストレスとなり、後々悪しき影響が出てくるのではないかと思われます…。そういえば、先生、今年のノーベル経済学賞を受賞されたのは、マサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授とサイモン・ジョンソン教授、そしてシカゴ大学のジェームズ・ロビンソン教授の3人で、その受賞理由は「社会制度がどのようにして形成され、そして、それが国家の盛衰にどのような影響を与えるかについての画期的な研究」であったことはご存じであると思いますが、そこで私も彼等の著作「国家はなぜ衰退するのか」に興味を持ち、立ち読みしたところ、これが大変面白く、購入して現在読み進めていえうところです。...あ、すみません、前振りが長くなってしまいましたが、それで、この「国家はなぜ衰退するのか」では、国の政治体制や社会構造が、その国の興亡や盛衰に、どのようなメカニズムで影響を及ぼすのかについて、さまざまな具体例を挙げて述べているわけですが、これまでに読んだところでの、かなり大雑把な要旨は、中央集権体制は、その後の社会発展のためには重要ではあるのですが、それがさらに進み、収奪的あるいは専制的な傾向が強くなると、そうした社会では「出る杭は打たれる」方式で技術革新やイノベーションが生じなくなって衰退に向かっていくということなのです。そして、この指摘には、我が国の「失われた30年」にも通底する要素があるのではないかと思われるのですが、この点について、いかがお考えになりますでしょうか?」

B:「…なるほど、発言の最後の方に出てきた「技術革新やイノベーション」は、先日の勉強会で度々出てきたシュンペーターの「創造的破壊」やベルクソンの「創造的進化」とも関連性がありますからね…。そして、Aさんがその時に我が国でイノベーションや技術革新が自然に生じるようになるためには科学(Science)・技術(Technology)・工学(Engineering)・数学(Mathematics)などの論理的思考力を重視した所謂「STEM教育」が重要であると述べられましたが、それは私も「なるほど」と思い、その後、関連する文献や資料などをあたってみたところ、直近の国際的な認識では「STEM」を構成する4つの分野だけでは不十分であり、これに芸術分野(Art)の頭文字である「A」を追加した「STEAM」教育の重要性が指摘されています。この芸術分野(Art)の本来の語義は、絵画や彫刻や音楽などの、いわゆる一般的に云われるところの「芸術」だけではなく、古くからの人文系も含まれています。そして、この「STEM」にArtの「A」を追加することによって、はじめて、その人の知識体系全体が統合されて、創造性が駆動を始め、さらに、そうした方々が増えることによって、やがて、社会を変えるようなイノベーションや技術革新が生じるといった考えであると云えます。」

A:「STEM」に人文系を含むArtの「A」を追加することにより、個人や社会での創造性が駆動し始めるということですか…。なるほど、それは初耳ながら大変興味深い見解ですね。もう少し続きを伺ってよろしいでしょうか?」

B:「ええ、これが重要なところなのですが、人文系を含むアートを取り入れることによって、創造性や感性を育み、理論や理屈だけでは解決できない複雑な問題に対して適切に対応出来る感覚を養うことがその大きな目的と云えます。そして、こうした現象はルネサンス期のヨーロッパともよく似ていると思うのですが如何ですか?」

A:「ルネサンス…文芸復興ですか…?確かに、当時は中世以来のキリスト教的な道徳に縛られない、新たな文化芸術が勃興した時代でしたよね…。」

B:「ええ、そうです。ルネサンスは、単なる新しい文化芸術の発展ではありませんでした。それはAさんもご存知のウンベルト・エーコの「薔薇の名前」からも分かるように、当時は古代ギリシャ・ローマあるいは、それ以前からのさまざまな知識を再発見して、それらを融合させることで創造性を高めていった時代であったのです。そしてまた、現代のSTEAM教育も、社会における創造性の復興を目指しているのだと云えます。」

A:「なるほど…しかし、正直に直言いますと、現在の我が国では、文化や芸術の復興というよりもアニメやマンガあるいはアイドルやゲームといった、所謂サブカルチャーばかりが目立っているようにも見受けられるのですが…。」

B:「ええ、その点については深刻な問題があると私は考えています...。さきほどのアニメやマンガ、あるいはY本のお笑い芸人や*ャニーズのアイドルの方々が、我が国のさまざまな場面で席巻している状態は、たしかに一見すると多様な文化の象徴のようにも見えますが、実際のところそれは、社会全体の創造性を搾取している側面があるのではないかと考えています。」

A:「…それはどういう意味ですか?アニメやマンガやお笑いやアイドルなどのサブカルチャーが社会の創造性を搾取しているということですか...?」

B:「ええ、端的にマンガやアニメをはじめサブカルチャー全般は、より多くの人々から受容されるために直感的且つ単純で理解し易いコンテンツとなってしまう傾向が強く、現実に即した難解なテーマや長期的あるいは多角的な視点を持つ思考を省略しがちであると考えます。また、お笑いに関しても同様に、即物的と云うのか、瞬発力のある笑いを重視する傾向が強く、それが社会問題への真剣な議論や熟考された洞察を後回しにしてしまうといった傾向があるのだと考えます。」

A:「...ええ、たしかにそうですね。サブカルチャー全般は、あまり考えなくても享受できるような「楽しさ」を(過度に)重視しているようにも見受けられますね…。そして、それを継続することによって、人々から能動的な探究心や熟考する力を奪っているということですか?」

B:「ええ、そうです。そうした刺激を受動的に享受し続けていますと、徐々に、その人が本来持っている能動性や、そこから派生する思考や創造性といったものを減衰させてしまうのではないかと考えています…。もちろん、それはさきのサブカルチャー全般だけでなく、今やネット上に溢れている二次元・三次元を問わないポルノ・コンテンツも同様であり、そして、それらのコンテンツが社会に浸透すればするほど、それに伴い、その社会全体の創造性が蝕まれていくのだと考えています。また、そうしたいわば安易な楽しみを重視する刺激の危険性に対して警鐘を鳴らしても、多くの方々は、そうした刺激をもたらす文化事物を「文化の多様性」や「表現の自由」などを盾として、そうした警告めいた主張を「古めかしい家父長制時代の残滓」として断じ、逆に論難してくるのは、前世紀のマンガ文化が勃興しつつあった時代の様相と概ね同様ではないでしょうか…?」

A:「…たしかにそうですね。また、そうした様子は、敗戦などの大規模な挫折があった国や地域においては、比較的多く見られるのではないかと思われますが、その意味において、おそらく、現在の我が国を席捲あるいは代表しているとも云える、さきの一連の文化事物の多くも、その淵源は敗戦直後のドサクサ期に力をつけてきたものが多いようですからね…。そして、それが社会に主要な娯楽文化として定着したのは、我が国の戦後復興が目覚ましい時代でしたから…「まあ、国も順調に栄えつつあるのだから、そうした文化などに、いちいち目くじらを立てなくとも良いのではないか?」といった余裕もあったのでしょうが、しかし、その後、その娯楽文化が、さらに広汎に社会に認知されて人気を博するようになりますと、我が国の経済的な力が衰えてきて、やがて、前世紀末頃からは、今なお続く「失われた30年」が始まりましたので、見方によれば、そうした娯楽文化の多くは、新たな文化様式の創造に寄与することが出来なかった、あるいは寄与する性質を持っていなかったのではないかとも思われますね…。」

B:「ええ、今Aさんが仰った歴史的経緯の読みに私も同意します。かつてのヨーロッパでのルネサンスが古代以来の知識の再発見を通じて創造性を駆動させて社会を変化させたのに対して、現代の我が国では、(過度に)娯楽文化化したサブカルチャーをイタズラに称賛、そして消費することで、未来に生じるかもしれない創造性が浪費されてしまったのではないかと考えます。そしてまた「このままだと我が国はマズいことになるのではなか?」といった危惧も抱かせます。」

A:「そして、その対策として、さきほどのSTEAM教育があるといった認識で良いのでしょうか?」

B:「ええ、そうです。STEAM教育は、若い世代に能動的に探究心と創造性を育み、あるいは取り戻させるための取り組みと云えます。そして、それによってサブカルチャーなどに頼らない、ニセモノではない文化的教養によって、もう一度、我が国の社会に活力や創造性を取り戻すことができるのではないかと考えています。」

A:「確かに、それが実現することができれば、もっと広い視野で深く物事を考えられる人材が育ちそうですね…。ただ、こうした制度を変えるには時間がかかりますよね。もっと短期的にできる取り組みとして、どのようなものが考えられますか?」

B:「…短期的には教育現場での『横断型プロジェクト』のようなものを導入することが効果的であると考えます。例えば、学生が複数の分野の知識を組み合わせて社会課題を解決するような課題に取り組む場を設けることです。これによって、自然に分野間のつながりや創造性の重要性に気付くことができます。また、企業や自治体との連携によるインターンシップやフィールドワークも良いでしょう。実社会において分野の垣根を越えて活動することの意義を体感できるはずです。」

A:「なるほど、現場レベルから変化を促す取り組みですね。それは現実的で効果がありそうです。ところで、先生ご自身は、これまでのご経験や研究を通じて、特に重要だと感じる創造性の要素は何だと思われますか?」

B:「そうですね…。創造性の本質は、多様性と好奇心にあると考えています。異なる背景や考え方を持つ人々と接することで新しい視点が得られ、それが創造の種となります。また、自分が興味を持ったことに対して深く掘り下げる好奇心は、その種を育てる肥料のようなものです。ですから、多様性を尊重し、好奇心を持続させる環境をいかに整えるかが、創造性を育む鍵になるでしょう。」

A:「多様性と好奇心ですか…。なるほど、それは、何も教育だけではなく職場や社会全体でももっと意識されるべき点であると思いますね…。本日は多くの示唆を頂き、感謝いたします。そして、このお話をぜひ他の多くの方々とも共有したいと思います。」

B:「そう言っていただけると嬉しいです。お役に立てたのでしたら何よりです。そしてまた何かありましたら随時ご連絡頂ければと思います。」

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!

一般社団法人大学支援機構


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ISBN978-4-263-46420-5

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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

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どうぞよろしくお願い申し上げます。


2024年12月9日月曜日

20241209 クリミア戦争について

クリミア戦争は、19世紀中盤の欧州において、ナポレオン戦争以来の大きな転換点となった出来事と云える。この戦争は、単にロシアとオスマン帝国の間の対立だけではなく、列強諸国の複雑な利害と戦略が絡み合った国際的な衝突であった。

戦争の大きな背景には、衰退するオスマン帝国と、それを利用して南下を狙うロシアの野心がある。また、バルカン半島での民族主義運動は、ロシアにとって、同胞スラヴ民族を保護・支援する名目でオスマン帝国領土に介入する好機と考えた。そして、こうした一連のロシアの動向の先には地中海への進出という大きな戦略的野望があった。しかし、それは西欧列強であるフランスや英国からの強い警戒を招くものであり、特に第二帝政時代のフランスのナポレオン3世は、国内での支持を集めるためロシアとの対立を選び、英国はインドへの航路の安全確保のため地中海の安定を最優先とした。こうした背景からフランス・英国共にロシアの更なる南下を阻止するためオスマン帝国側で参戦した。

1853年7月にロシアがオスマン帝国領内に軍を派遣し、バルカン半島への進攻を開始したことで戦争は始まった。当時の西欧列強は、1815年のナポレオン戦争以来のウィーン体制を維持しようと試みたが、この戦争の勃発により、この体制は崩壊した。ロシアの行動は欧州全体の平和を脅かすものとされ、列強間との対立が一気に表面化した。そこで、外交交渉が試みられましたが、ロシアはこれを拒否して戦争へと突き進んだ。

戦場の中心はクリミア半島であった。特にセヴァストポリ攻防戦は、近代的な兵器や塹壕戦が初めて大規模に使用されたことで、新たな戦争の様相を示した。そして、この戦争では70万人以上が命を落とし、また、戦場の不衛生な環境による感染症での戦病死者数も多く、そうした様子は、写真を掲載した新聞によって速やかに本国に知らされ、近代的な戦争の残酷さが浮き彫りになった。フローレンス・ナイチンゲールは、この戦争を通じて看護活動の重要性を世界に示し、後の近代的な医療制度の基礎を築いた。

1856年、パリ条約によって戦争は終結した。この条約によりロシアは黒海での軍事力を制限され、領土の割譲を強いられた。結果とし欧州諸国の勢力均衡は再編されて、ロシアの影響力は一時的に後退した。一方で、英国とフランスが中心となる、新たなパワーバランスが形成された。

クリミア戦争は近代化された戦争を象徴する出来事であり、同時に国際社会のパワー・バランスを変えた。この戦争からの教訓は、工業化を経た近代の戦争がいかに破壊的であり、また、医療体制がいかに重要かを示している。さらに、国際関係では、列強諸国が新たな勢力均衡を模索するきっかけにもなった。そして、この戦争による影響は、現在なおも続いている第二次宇露戦争の経緯や帰趨を考えるする上においても重要であると云える。

そして最後に、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます!
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