2026年10月21日水曜日

20261020 高等教育の改革と医療・介護系専門職大学の可能性について

 近年、少子高齢化の進展と、人工知能(AI)をはじめとするデジタル技術の飛躍的な進化により、我が国の高等教育は大きな転換期を迎えていると云えます。こうした社会情勢を背景として、2025年2月21日、文部科学省の中央教育審議会は『我が国の「知の総和」向上の未来像~高等教育システムの再構築~』と題する答申を取りまとめました。この答申は、人口減少が進む我が国において、高等教育の質を維持・向上させるとともに、大学の規模や配置、教育内容を社会の変化に応じて見直していくための、重要な政策的指針であると云えます。
 本答申で示された「知の総和」とは、学修者の人数と、それぞれが身に付ける知識や能力、すなわち学修の質を掛け合わせて捉える考え方です。約言しますと、人口減少によって学修者数が減少するなかで、個々人の知をさらに高度化させ、その総和を社会全体として維持・向上させようというものです。実際、我が国の大学進学者数は、2022年の約63万人から2040年には約46万人へと減少することが推計されています。これは約27%の減少に相当し、大学の定員や経営、さらには地域社会における大学の存在意義にも多大な影響を及ぼすことが予想されます。
 こうした人口動態の変化を考えてみますと、従来のように大学の数や学生定員を拡大することによって高等教育を発展させることは、もはや困難になりつつあると云えます。むしろ今後は、限られた人的・財政的資源をいかに有効に活用し、一人ひとりの学びの質を高めるかが重要になります。そのためには、大学がどのような教育を行い、どのような能力を持った人材を社会に送り出すのかという、教育の内容と成果そのものを見直す必要があると考えます。本答申においても、教育研究の質の向上、大学間の連携や再編、教育情報の公開、そして社会や地域の需要を踏まえた高等教育機関の機能分化などが提言されています。
 一方、こうした高等教育改革の動向と並行して、厚生労働省においても、人口減少社会に対応した医療・介護人材の養成と確保が重要な政策課題となっています。2026年8月24日に開催された第4回「医療関係職種の安定的な養成・確保に関する検討会」では、多様な人材が参入しやすい養成課程や、医療関係職種の養成・確保体制の在り方などが議論されました。また、地域の医療・介護・福祉を維持するために必要な人材の安定的な養成・確保について、文部科学省とも連携しながら検討していく方向性が示されています。
 このことは、今後の医療・介護人材の確保が、単に従事者の数を増やすという問題にとどまらず、どのような教育を行い、その専門性を高め、限られた人的資源を社会全体で有効に活用するのかという、高等教育政策とも密接に関わる課題であることを示しています。換言しますと、中央教育審議会が提唱する「知の総和」の向上と、厚生労働省が進める医療関係職種の安定的な養成・確保とは、人口減少社会における人的資源の質的向上という点において、共通する課題を持っているのだと云えます。
 こうした近年の政策動向を踏まえ、私が以前から注目しているのが、医療・介護分野における専門職人材の養成です。医療・介護は、社会の高齢化によって需要が変化し、今後も地域社会の維持に欠かすことのできない領域です。なかでも歯科医療については、従来のむし歯や歯周病などの治療に加え、口腔機能の維持、摂食嚥下機能への対応、栄養状態の維持・改善、そして高齢者の生活の質を支える役割が、近年ますます重視されるようになってきました。
 実際、近年の医学・歯学研究により、口腔の健康状態と全身の健康との間に、さまざまな関連があることが明らかにされてきました。とりわけ高齢者においては、歯の喪失や咀嚼機能の低下、口腔衛生状態の悪化が、食事内容や栄養状態、身体機能、さらには認知機能などとも関連することが報告されています。もちろん、こうした関連がすべて直接的な因果関係を示すわけではありません。しかし、口腔の健康を維持することが、単に歯を守ることにとどまらず、生活全体を支える重要な課題であることは、今日では広く認識されるようになったと云えます。
 また、高齢化の進展に伴い、歯科医療の役割も、従来の歯科診療所における治療を中心としたものから、在宅医療や介護施設における口腔衛生・機能や
摂食嚥下機能の維持・改善、多職種連携などへと広がっています。こうした現場では、歯科医師のみならず、患者さんの日常的な口腔状態を把握し、専口腔衛生・機能管理(メンテナンス)を担う歯科衛生士の役割が、ますます重要になりつつあります。そして、歯科医療が他の医療・介護分野と密接に関与するに伴い、歯科医療専門職には、従来の専門的な知識や技術に加え、栄養学、介護、リハビリテーションなどに関する幅広い知見が求められるようになります。
 こうした歯科医療の役割の変化に伴い、歯科衛生士をはじめとする歯科医療専門職の教育にも、新たな方向性が求められると考えます。我が国では、歯科衛生士の養成は長らく専門学校や短期大学を中心に行われてきましたが、近年では四年制大学における養成課程も設置されています。そこでは従来の専門的な知識や技術に加え、研究方法、地域保健、多職種連携、さらには幅広い教養を身に付けることが期待されています。また、大学院への進学を通じて、臨床や地域医療の現場で生じた問題を研究課題として捉え、科学的な方法によって解決を図る人材の育成も重要になるでしょう。これは、まさに前述した、個々人の専門的な知識と能力を高度化させる取り組みであると云えます。
 こうした我が国の人口動態、高等教育改革、そして医療・介護人材の養成・確保に関する政策動向を総合的に考えますと、医療・介護系の専門職大学を設置し、あるいは既存の高等教育機関をその方向へ再編することが、有力な政策選択肢の一つになるのではないかと考えます。なお、以下に述べる専門職大学についての構想は、政府の政策方針そのものではなく、それらの政策動向と近年の社会情勢を踏まえた私自身の見解です。
 専門職大学は、2019年度に開設が始まった新たな高等教育機関であり、専門的な知識と実践的な技能を一体的に教育することを特徴としています。文部科学省の公表資料によると、2025年4月現在、全国に19校の専門職大学が設置されており、情報、工学、農業、観光、経営、リハビリテーションなど、さまざまな分野で教育が行われています。特に、講義の一定割合を実習や実技に充て、実際の職業現場と連携した教育を重視する点は、従来の大学教育とは異なる特色であると云えます。
 医療・介護分野においては、こうした専門職大学の制度を活用し、歯科衛生士、管理栄養士、歯科技工士、介護福祉士、理学療法士などの専門職を、相互に連携できる形で養成することが望ましいのではないかと考えます。具体例を挙げますと、歯科衛生士と管理栄養士の教育を中核としながら、介護学、リハビリテーション医学、老年医学などを横断的に学ぶ教育課程を設ければ、高齢者の口腔機能や栄養状態、身体機能を総合的に理解できる人材の育成につながるでしょう。そして、これは個々の専門性を高めると同時に、異なる専門領域の知識を結び付け、社会全体として活用するための教育でもあると云えます。
 さらに、一定の条件のもとで複数の国家資格の取得を目指す教育課程、いわゆるダブルライセンスの仕組みを検討することにも意義があると思われます。ただし、各資格には法令で定められた養成課程や実習時間、国家試験の受験資格などがあるため、単純に複数の学科を組み合わせれば実現できるものではありません。教育課程の重複をどこまで整理できるのか、学生の負担をどのように抑えるのかといった制度上の検討が必要です。また、すべての学生が複数資格を取得する必要はなく、単一の専門資格を基盤としながら、他の専門領域について体系的に学ぶ教育課程も考えられます。ともあれ、ここで重要なのは、単に個々人の資格数を増やすことではなく、それぞれの専門性を高めるとともに、他職種との連携能力を養うことにあると考えます。
 また、こうした専門職大学においては、実務教育だけでなく、人文社会科学を含む幅広い教養教育も重視すべきでしょう。医療や介護は、単に科学的知識や技術を適用するだけの仕事ではありません。そこには患者さんや利用者の生活、家族関係、地域社会の文化、さらには倫理的な判断など、多くの人間的・社会的な問題が関わっています。それ故、専門知識や技術に優れているだけでなく、人間や社会について考え、自ら判断出来る人材を養成することが重要です。専門職教育と人文的教養とは、本質的に対立するものではなく、相互に補完し合う関係にあると考えます。そして、このような幅広い教養もまた、個々人の知を高度化させるうえで欠かすことの出来ない要素であると云えます。
 加えて、AIやデジタル技術の発展も、医療・介護専門職の教育を考えるうえで欠かすことのできない要素です。歯科医療においても、口腔内スキャナー、CAD/CAM、三次元画像診断などの技術が導入され、診療や歯科技工のあり方は大いに変化しつつあります。しかし、技術が高度化すればするほど、それをどのように用い、どのような判断を下すべきなのかという、人間の側の能力が重要になってきます。専門職大学においても、単に新しい機器の操作方法を教えるだけでなく、その技術を理解し、利点と限界を踏まえて適切に活用できる判断力を養う必要があると考えます。
 さらに、医療・介護専門職の教育に外国語、とりわけ医療英語を組み込むことも重要です。科学技術や医学研究の成果は、国境を越えて共有されるものであり、英語による情報収集や意思疎通の能力は、専門職として継続的に学ぶうえで重要な基盤となります。また、外国人患者さんの対応や、海外の教育・研究機関との交流をはかるうえでも、外国語教育には相応の意義があると云えます。
 このように考えてみますと、医療・介護系専門職大学は、単なる職業資格の取得を目的とする教育機関ではなく、専門的な技能、科学的な知識、人文的な教養、そして新しい技術への対応能力を総合的に育成する高等教育機関として構想することができます。すなわち、個々人の知識と能力を高度化するとともに、異なる専門領域の知を結び付けることによって、その成果を社会全体に還元する教育機関として位置付けられるのです。そして、それは人口減少が進む地方社会において、地域医療や介護を支える人材の育成拠点となる可能性もあると云えます。
 もっとも、医療・介護系専門職大学を新設さえすれば、それだけで地域の人材不足や大学経営の問題が解決するわけではありません。少子化によって大学進学者数そのものが減少するなかでは、新たな大学を設置することの妥当性を慎重に検討する必要があります。また、医療・介護人材の確保には、教育制度の改革だけでなく、職場環境や処遇の改善、地域間の人材偏在への対応なども不可欠です。それ故、既存大学の学部再編や専門学校からの移行、複数の教育機関と医療機関による連携なども含め、地域の実情に即した制度設計が求められると考えます。
 しかし、大学の数や学生定員を縮小することと、社会に必要な高等教育を充実させることは、必ずしも矛盾するものではありません。むしろ、人口減少を契機として大学教育の内容を見直し、今後の社会に必要とされる人材の育成へと教育資源を再配分することこそ、これからの高等教育改革に求められる方向性であるように思われます。重要なのは、大学という組織を維持すること自体を目的とするのではなく、その大学が個々人の知識と能力をどこまで高め、その成果を社会にどのように還元できるのかという点であると考えます。
 さらに、この問題を2040年という時間軸で考えますと、大学教育の改革と医療・介護人材の確保は、もはや別々に論じることのできない課題であるように思われます。大学進学者数が減少する一方で、高齢者の医療・介護需要は地域ごとに変化し、生産年齢人口の減少によって、その担い手を確保することも難しくなっていきます。そうであるならば、限られた若年人口のなかから必要な専門職人材を養成するだけでなく、既卒者や社会人の学び直しも含め、一人ひとりの専門性を高め、複数の専門領域を理解し、協働できる人材を育成することが重要になるでしょう。これは単なる人材不足への対応ではなく、社会全体の人的資源をいかに高度化し、有効に活用するかという問題でもあります。
 その意味で、医療・介護系専門職大学の構想は、文部科学省の中央教育審議会が示した「知の総和」の向上という高等教育政策上の課題と、厚生労働省が検討している医療関係職種の安定的な養成・確保という課題を、具体的な教育制度のあり方として結び付ける一つの提案になると考えます。もちろん、その実現には制度上、財政上の課題があり、既存の教育機関との役割分担についても十分な検討が必要です。しかし、人口減少、大学再編、医療・介護人材の確保という複数の課題に同時に対応し得るという点で、この方向性には相応の合理性があるのではないかと考えます。
 歯科衛生士をはじめとする医療・介護専門職は、今後も社会の健康と生活を支える重要な役割を担っていくと考えられます。その意味で、進路選択を考える高校生や、社会人として新たな専門性を身に付けようとする方々にとっても、こうした職種は検討に値する選択肢であると云えます。ただし、職業としての安定性や待遇、将来性は、資格の種類や地域、勤務先によって異なるため、十分な情報を得たうえで判断することが大切です。
 これからの社会に求められるのは、特定の知識や技能を身に付けるだけでなく、それらを活用して自ら課題を発見し、異なる専門領域の人々と協力しながら解決できる人材であると考えます。そして、そうした人材を養成するためには、従来の大学教育の枠組みを維持するだけでなく、社会の変化に応じて教育制度そのものを柔軟に再構築していく必要があると思われるのです。
 2025年の中央教育審議会答申が提示した「知の総和」という考え方も、まさにこうした方向性を示すものと理解できます。人口減少によって大学で学ぶ人の数が減少するからこそ、一人ひとりの知識と能力を高度化し、さらに異なる専門領域の知を結び付けることによって、社会全体の知的な力を維持・向上させることが重要になります。それを踏まえて
医療・介護系専門職大学の構想は、そのための一つの具体的な選択肢であると云えます。そして、人口減少に伴う高等教育の再編と、医療・介護人材の安定的な養成・確保という、我が国が直面する二つの大きな政策課題を同時に考えるうえでも、十分に検討する価値のある方向性であると思われるのですが、さて、如何でしょうか?
そしてまた、今回も、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

一般社団法人大学支援機構

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ISBN978-4-263-46420-5

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