2021年9月25日土曜日

20210925 記憶を支える身体性?

 おかげさまで昨日投稿の記事は、思いのほか多くの方々に読んで頂きました。そして、そうした経緯もあって、本日もまた記事作成を始めた次第ではありますが、その主題となるものが未だ見出されず難儀しています・・。

そして、そうした際に最適な題材は当ブログについて何かしら書くことであると思われたため、ここ最近の当ブログに関する統計情報を見てみますと、先月の27日に投稿した「 既投稿記事をいくつかまとめたもの①」が投稿後一カ月程度としては、かなり多くの方々に読んで頂いており、過去半年間での閲覧者数は3位、そして過去1年間での閲覧者数は10位となっていました。さて、この記事の特徴と思われることを述べますと、それは「私がこれまでに作成したブログ記事と比べ、過分に文量が多い」ということが云えます。

一般的に、ブログ記事は「短すぎず長すぎず」が良いと云われ、適当な文字数としては1000~2000字程度が良いと見聞きしたことが何度かありましたが、当記事は、敢えてそれに反する書きぶりをしたにも関わらず、比較的多くの方々に読んで頂いたことから、その内容に「何か」があるのではないかと考え、あらためて読んでみますと、当記事は、話題が色々と飛びつつも、奇妙に共通するところなどもあり、さらに、引用した書籍は何れもハッキリとしたものであることから、あるいはその視点から、さらにピントを合わせてみると「何か見えてくるものがあるのかもしれない」と思わせたところが良かったのではないかと思われますが、また、こうしたことを実際に研究してみますと、意外に興味深い発見などがあるのではないかと思われます・・。

ともあれ、こうした我が国の古代を題材とした記事作成に際しては、その多くに「匂い」の記憶が伴います。それは、未だ肌寒い土地の大気に里山の梅林からの風が混ざり合い、独特の陶然とするようなものであったり、川端での野焼きの匂いであったり、あるいは海岸付近の松林の匂いであったり、あるいはまた、地域の古刹での線香の匂いであったりします。

そしてまた、そうした「匂い」の記憶が伴う知識については、それに伴う視覚的な情報もまた判然としている傾向があり、あるいは知識といったものは、五感もしくは六感を通じて能動的に為される行為の記憶によって、より記憶として強化され、さらには、それら知識を効果的に用いて活性の高い情報交換が出来るのではないかと思われましたが、ここにきて、それはもはや「身体性」というコトバの方が適切ではないかなと思われてきました。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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20210924 作成意欲があまり湧かない中で作成した記事

 1600記事到達後から、あまり変わらず、新たな記事作成に対する意欲は湧いてきません。また、この意欲があるからこそ、毎回の記事作成が出来ていたと云えることから、当記事を作成している現在の私からしますと、当記事は、意欲によって作成されておらず、これまでの記事作成期間を通じて徐々に上達した、いわば作文技術のようなもので作成していると云えます・・。

去る8月初旬に1600記事に到達してから、すでに2カ月近く経とうとしていますが、こうした状態が続くというのは、あるいは「燃え尽き症候群」と呼ばれるもののためかもしれませんが、それでも、これまでに記事作成をどうにか継続してきた6年数カ月という期間があるため、あるいは今年中は、無理に乏しい意欲を奮って新規の記事作成をしなくても良いのではないかとも思われるのです・・。

そして現在もまた、基本的にはそのように考えていますが、他方で「記事を作成出来る時は作成しておこう。」という指針を設けており、これもある程度重視していることから、現在作成している当記事を含めて丁度1625記事に到達することが出来ます。これはまた次の目標としている1700記事までの四分の一の区切りとも云えることから、私としては、そこまで悪くない進行具合であると思われ、今後もまた「作成出来そうな時は、作成してみよう。」は重視していきたいと考えています。とはいえ、基本的には、今年中は、休むことの方を優先して行きたいとは考えているのですが・・。

いや、あるいは、ここで休息を設け過ぎず、更なる記事作成を行うことにより、文章作成についての新たな境地のようなものを見出すことも出来るのかもしれません・・。しかし、今現在となっては、そうした何と云いますか「青臭い功名心」のようなものは、あまり湧いてきません。しかし、当ブログ開始の頃は、おそらく、そうではなかったと記憶していますが、こうした視点から、自分の変化を感じ取り、そして、そこからゲンナリとしてくるのですが、しかし、そのゲンナリするは、まだマシな方であり、本当に意欲が減退している時には、そのことに落胆して、ゲンナリするほどの驚きの感情すらないと思われますので、それはそれで、受け止めて考えるのが良いのではないかと思われます・・。

ともあれ、私の方は依然として、文章作成についての境地を得られることもないなかで、どうにかブログ記事の作成を続けていますが、そのうちに何かしら面白い変化でも生じるのでしょうか・・?また、そうしたことを出来るだけ精確に書く事が出来れば、それはそれで面白いのではないかと思われます。

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2021年9月24日金曜日

20210923 知識等の記憶に付随するものについて・・

先日投稿の記事にて述べた『通史的な記述を作成することの難しさ』ですが、これに関して私の場合、「その通史となる文章を組み立てる際に、どのような記憶を参照しているのか」ということが時代区分によって異なると云えます。

ここ最近が、何かに関する通史的な文章作成した記憶はなく、直近のもので、修士論文に「我が国における水稲耕作の伝播経路や起源などの歴史」についての文章を作成した時であったと思われます。

この文章を作成した背景には、ある地域の特徴を考察する際に、その地域をも包括する西日本における水稲耕作の伝播の様子などを概説的に述べる必要があり、その際に参照する記憶には、書籍に記述がある遺跡や遺物の出土地に赴いた時の、いわば身体感覚を伴ったものが多く、また、そのうちの多くには、嗅覚のはたらきと云える「匂い」の記憶があります。

その点において紀伊国、和歌山は、やはり古くは「木の国」であったことから、その山がちな地形を覆う森林から発する大気もまた、樹々や植物などの香気に少なからず由来しており、その大気が、吹き下ろす風により、低地にある現代の市街地にまで運ばれてくるという状態が、古くから現在まで続く当地のある種の「雰囲気」を規定しているものと云えます。

また、私がはじめに在住した和歌山県西牟婁郡白浜町は、古くからの有名な温泉地であることから、町中で見受けられる温泉からの湯気と、さきに述べた当地周辺樹々や植物などの香気が混淆し、何と云いますか「南方的な野趣に富む特徴的な大気」と感じられ、これは首都圏育ちの寒冷地である北海道から渡って来たの私としては、かなり新鮮なものであり、また、そうした経験がある程度積み重なった結果、自分の人生が変わったのだとも云えます・・。

他方で、近現代史に関する通史的な文章を作成する際に参照する記憶の場合、さきに述べた「匂い」の記憶が付随することは稀であり、概ねそれらは書籍の記述や、写真や記録映像あるいは映画等にて見知った当時の様相といった、主に視覚のはたらきに基づく記憶が参照され、そこには、さきに述べました通り「嗅覚のはたらきである「匂い」の記憶」は、「ない」とは云えないまでも、かなり少ないと云えます。

こうした、違った種類の記憶が参照されている状態にて、違った時代区分での「通史的文章」を作成していますと、我が事ながら少し面白いのですが、文章作成の仕方も変わってくるように思われるのです。

つまり、具体的には「匂い」といった嗅覚の記憶が、ある時代区分での通史的文章を作成する際に思い出されると、そこから、さらに別の「匂い」が想起せられて、その「匂い」による繋がりに、ある種の繋がりや文脈を見出し、それをアドリブ的に文章として作成し、追加することなども度々あると云えます。それに対し、近現代史を舞台とした通史的文章を作成する場合、そうした「匂い」に基づく記憶はなく、参照する記憶が少なくて済むことから、ある種、単純であると云えるのかもしれませんが、同時に、文章を作成しつつ、そこに更にアドリブ的に文章を追加するといったことは困難であるように思われます。

そしてまた、どちらが作成し易いといったことは、現時点においてはよく分かりませんが、こうしたことも、今しばらく記事作成を継続していきますと、徐々に分かってくるのかもしれません・・。

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2021年9月22日水曜日

20210921 「既投稿記事をいくつかまとめたもの」について

おかげさまで、昨日の投稿記事もまた、比較的多くの方々に読んで頂きました。これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。また、本日は新規の記事作成を考えていませんでしたが、先ほどより投稿記事閲覧の様子を見ていますと「今日も何か作っておいた方が・・」となり、つい先ほど意を決して作成を始めました・・(苦笑)。

さて、昨日、一昨日の投稿記事は、主題を我が国近現代史として作成したことから、あまり多くの方々には読まれない、いわば、習作のような記事になるものと予想していましたが、冒頭に述べたように、思いのほか、多くの方々に読んで頂いておりました。これは、自身からすれば嬉しい誤算であったと云えますが、また、それと同時に『通史的な記述を作成することの難しさ』のようなものを味わいました。たしかに、その材料となる書籍や自身ブログの記述などは、比較的記憶していると考えていますが、それらを各々いくつかの要素に分け、さらに、分けたものを適宜組み合わせて、ある程度の文量となるように並べて、一連のモノガタリとすべく、内容的に互いに関連付けるようにして、そしてまた、全体の流れなどの調整を行い、一つの記事としていくことは、以前の記事作成に対する意欲が盛んであった時期には、あまり有効ではなかったのかもしれませんが、以前に述べた1600記事到達による『燃え尽き症候群』によるものか、現時点においては意欲が枯渇していることから、この作成手法に依存してであっても記事作成が出来るのであれば、特に問題はないものと考えました。

そして後日、再び意欲が湧いてきましたら、その時はその時で、この時期での記事作成は、少なからず、何らかの役に立つものと思われます。

また、さらに以前に投稿した「既投稿記事をいくつかまとめたもの①」は、その文量が比較的多かったにも関わらず、ここ最近一カ月の中で最も多くの方々に閲覧して頂き、また、さきに述べた手法にて作成した記事としても、最も多くの閲覧数を得ていますが、その主題が古くからの事物の名称や、それに関連する習俗などについてであったことは大変興味深く、今後も機会を見つけて、こうした主題の記事を新たに作成したいと考えています。

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2021年9月21日火曜日

20210920 既投稿記事をいくつかまとめたもの⑤

こうして勝利を得た日清戦争によって、我が国は台湾等の領土を清国より割譲し、多額の賠償金を手に入れた。また、西欧諸国は日本の近代化の早さに驚き、他方で、更なる清国での権益の拡張をはかるに至った。我が国は、この勝利により、西欧諸国を手本とした近代化への確信を強め、より富国強兵政策の方へと傾斜していくのであった。

また、この勝利によって、多くの日本国民は自らが東アジアの一国の国民であることを忘れ、徒に清国を蔑み、自らを白人と擬するような傾向もまた強くなっていった。(現在においても、その影響は、良し悪しを抜きに、色濃く我々の社会に残っているのではないだろうか。)

日清戦争後の下関条約によって日本が清国から割譲した領土のうち、遼東半島は、その後の露・独・仏による三国干渉により、すぐに清国に返還されたが、その地にはロシア帝国が侵入し、実質的に自らの領土とすべく、軍港や軍事基地などの建設を行うに至った。

こうして、状況は好ましくない方へと進展し、さらに1900年には義和団の乱(北清事変)が生じ、その鎮圧にあたった西欧諸国や日本の軍隊によって構成される連合軍の中で、ロシア帝国軍の現地での暴虐が目立ち、そうした行動は、当時、朝鮮半島に権益を有し、また、新参の西欧流帝国主義国となっていた日本としては看過し得ないものであった。


さらに、こうした東アジアでの状況は、同地域に植民地などの権益を有する西欧諸国においてもまた好ましくないものであったことから、日本に同情的な国も少なからずあり、また1902年には当時の国際社会において、ワーテルローの戦い以来、最強と目されていた英国(大英帝国)との軍事同盟を締結するに至った。

その後もロシア帝国の極東地域での暴虐振りは止まらずに、1904年の日露戦争開戦へと至るのであるが、この戦争は、さきの日清戦争と比べると軍事・財政共に苦心惨憺たるものがあり、アメリカ合衆国からの調停によって、どうにか自国領土は保全され、さらに幾何かの新たな領土をも獲得することが出来、対外的には「日本国の勝利」と云えるものであったが、そこに至るまでの経緯は、当時の日本国からすると、薄氷を踏みつつ川を渡るようなものであったと云える。

また、他方において、この日本国の勝利により、ユーラシア大陸東西でのロシア帝国の南下政策によって、自国権益の保全が懸念される西欧諸国の権益を益々安泰とさせることになった。見方によれば、この日露戦争において日本は、終始、西欧諸国の権益・国益に奉仕させられたのだとも評し得る。

さきの日英同盟を結んだ英国もまた、日本に対して、極東における、そうした役回りを期待しており、あるいは端的に、それは、主人と従僕のような関係であったとも云えるが、その従僕は、後年に至り、極東にて西欧諸国から期待される役回りに飽き足らず、更なる権益の拡張をはかるようになり、面倒な状態へと陥った。さらに1920年代以降からは、欧州においては自国国益のためには、既存の国際社会に反することをも辞さないファシズム(全体主義)国家がいくつか誕生しており、この勢力と日本との同盟によって、国際社会における国々の対立がさらに先鋭化され、そして第二次世界大戦、太平洋戦争の開戦へと至る。

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2021年9月18日土曜日

20210918 既投稿記事をいくつかまとめたもの④

18世紀中期頃、イングランドにて起った産業革命は、その後、西欧諸国のみならず世界の様相を大きく変化させた。

産業革命による蒸気機関の各種用途への応用により、製品が大量生産され、それが蒸気機関車にて国内各地に運ばれ、さらに、そこから蒸気船によって国外に輸出されるといった流通経路が確立し、常態化すると、その結果、当然の如く、輸出先地域の在来産業をも含む、伝統的な土着文化が破壊もしくは大きく変形せられ、結果的に、その地域は大量の製品を持ち込んだ、産業革命を成し遂げた西欧諸国の植民地にならざるを得ない状態へと至る。

こうした状態に際し、極東の中国・朝鮮・日本といった国々は、古くからの独自文化を保持していたことから、当初、西欧諸国蒸気船の来航に対して激しく抵抗した。

しかし、こうした東アジア各国の国粋的な抵抗諸勢力は、殺傷能力の優れた火器を装備した西欧諸国軍隊に対して敗北することが多く、とりわけ、広大な国土を有する中国(当時は清王朝)は、抵抗的争いに敗れた結果、沿岸部のいくつかの地域が、半ば植民地のような状態に陥った。

一方、当時の東アジアのなかで日本のみは例外的に、西欧諸国の学問・技術等を手本として学び、順応することに努め、また、統治体制を革めて西欧諸国による国土の蚕食を免れることが出来た。

くわえて、当時(19世紀半ば頃)の西欧諸国においては、東アジア地域をも含む世界各地にて西欧諸国同士の権益拡張への牽制がしばしば為され、あるいはまた、国によっては内戦状態であったという事情も、当時の日本を利するものであったと云える。

とはいえ、こうした状況は、あくまでも恒常的なものではなく、日本はこれに適切に対応するため、速やかな、そして大きな改革な必要であることを当時の世界規模での知識を有する心ある人々は痛感していた。

この幕末期から始まる、我が国での西欧諸国を手本とした各方面での改革は、明治期にも引き継がれ、我が国においては、そのまま「近代化」や「文明開化」といった意味合いを持つと云えるのだが、その発端は、冒頭に述べた産業革命によって画期的に船足が速くなり、航続距離が伸びた蒸気船が、これまた産業革命によって、大量生産された自国製品の販路を求めて、東アジア海域に頻繁に来航するようになったことであると云える。

ともあれ、上記の経緯により西欧諸国を手本として、速やかな西欧化をはかった日本は、その後、内戦や小規模な外征を経験し、早くも19世紀末期には、隣国である中国(清王朝)と朝鮮半島の権益をめぐる対外戦争に立ち至ることになった。

この所謂、日清戦争は、西欧的な近代国家への変革をはかった日本がはじめて経験する本格的な対外戦争であり、またそれは、当時としては相当に危険な賭けであった。何故ならば、当時の日本は未だ西欧諸国から文明国であるとは見做されず孤立しており、幕政期(1858年)に結ばれた日米修好通商条約に基づく治外法権(領事裁判権)があり、これは同戦争開始直前に、ようやく英国からの撤廃に漕ぎつけることが出来たのであるが、いざ戦争が始まると、西欧を手本として変革を遂げた日本軍は、清国軍に対して陸海双方にて快勝をおさめた。

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2021年9月17日金曜日

20210917 1600記事到達後の「燃え尽き症候群」での記事作成について思ったこと・・

相変わらず、記事作成の気力は湧かず、1600記事到達後の「燃え尽き症候群」のようなものであるのか、未だ以前のようにルーチン化した(ほぼ)毎日の記事作成を始めることが出来ません・・。こうした時期もしばらくは必要であるのかもしれませんが、しかし、それに甘えていますと、記事作成が困難になってくるように思われるため、作成出来そうなときは、多少気力を振るってでも、記事作成を始めておいた方が良いと、ここ最近は考えています。

また、以前に作成した記事をいくつかまとめた記事を、ここ最近、いくつか投稿してきましたが、おかげさまで、これらの記事は概ね、私の作成記事としては多くの方々に読んで頂いています。そのため、今後もこの手法で作成していきたいと考えています。とはいえ、この手法での記事作成は厳密にはオリジナルとは云えないため、気が咎める部分も少しありますが、他方で、かつての自分が作成・投稿した記事を組合せたものでもあることから、それらの中に書籍からの引用記事があっても、まとめられた全体として何らかの(そして新たな)脈絡のあるスジがあれば、それはそれで新たなものと云っても良く、特に気が咎める必要もないのではないかとも思われるのです・・。

また、以前では、当記事作成手法を用いていなかったことから、多少、気力を振るいつつも、これまでの記事作成の継続を通じて可能となった「ブログという、いわば外部化された記憶」に依拠する新たな記事作成手法であるとも云えるのです。そして、以前にも述べましたが、この感覚、すなわち「外部化された記憶」への認識は、なかなか面白く新鮮なものであり、あるいはそこから「新たな素材になり易い、書籍からの引用記事を増やすと更に面白いのかもしれない・・。」と思うこともあります。とはいえ、これはたしかに、当ブログに何らかの有用性・機能を求め、さらに自分の作成する(多くは)拙い文章と比較しますと、こちらの方が良いと思われ、また実際に、以前、そうしたことを当ブログにて述べていたこともありますが、こちらについても、冒頭にて述べた通り、あまりそれ(書籍からの引用記事)に甘えていますと、後になり、自らによる記事作成が困難になると思われることから、ここでもやはり、多少気力を振るってでも、既投稿記事をいくつかまとめたものであれ、自身による新たな文章を作成したものであれ、何かしら自らで文章を作成したり、練り直した方が良いと思われるのです・・。しかし、そうしたことは、おそらく以前の1000記事到達以前であれば、半ば当然のこととして、あまり意識もせずに行ってきました。しかし、ここに至って冒頭の「燃え尽き症候群」によるものであるのか、そうしたマインド・セットがなくなり、それに伴って記事作成のための新たな手法を模索しているのが現在であるとも云えます。その意味で、さきの既投稿記事をいくつかまとめる手法は、自分にとって新しいものであり、その先に作成される記事内容や、あるいは、より大きくは、当ブログ全体の、この先の展開の仕方なども、見出すことが出来るのではないかと思われるのです・・。

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