2025年10月21日火曜日

20251020 総閲覧者数100万人と10年間の継続から思ったこと

 当面の目標としている2400記事の到達まで、当記事を含めて残り10記事の投稿となりました。また、開始からこれまでの期間は約10年4カ月となり、これは私の人生のなかでの継続的な活動の期間としては、最長の部類に入ります。さらに、つい先日、これまでの期間での総閲覧者数が100万人を超えました。この「100万人」という数は、これまでの私の全活動のなかでも経験したことのない規模であることから、それなりに大きな節目ではあると云えます。しかし面白いことに、この人数を確認した時、嬉しいとは思いつつも、高揚感や達成感は不思議なほどにありませんでした。その点では、むしろ現実感の乏しさの方が強かったのだと云えます。

 しかし、そもそも当ブログは、多くの方々に向けて発信することを目指して始めたものではありませんでした。日々、浮かんできた考えや、読書で見つけた興味深い記述や、そこへの感想を記述するといった備忘録として始めたのがその始まりです。それ故、開始当初の頃は、あまり閲覧者数を意識することはなく、また、そうした余裕もありませんでした。そしてまた、投稿記事数が増えることも、あまり重視していませんでした。しかし、継続期間の延伸に伴い投稿記事数は自然と増加して、また、それと随伴して閲覧者数も徐々に増え、やがて冒頭で述べたような状況に至っていました。

 他方、記事数や総閲覧数が増えたからといって、当ブログを起点として、私に大きな変化や出来事が生じることはありませんでした。いや、むしろ、そうした大きな変化や出来事が生じると、当ブログを作成している私の内面に何らかの変化が生じて、その結果、当ブログの継続といった、至極地味な活動を継続することが困難になってしまうのではないかといった危惧さえあります…。そこから、当ブログを継続するうえでの私の本音とは、あまり注目を集めることはなく、また、当ブログを起点とする反応からは、今しばらくの当ブログの継続といった観点から、出来るだけ距離を置きたいと考えています。

 とはいえ、こうした現在の姿勢に至るまでには、決して健全な動機のみで当ブログを始めたわけではありません。開始当初には、ネット上で目にする「アルファブロガー」や「ブログで人生が変わる」といった言葉に少なからず影響を受け、また、率直に云えば「モテたい」という下心も少なからずあったと云えます。新たなことを始める際、多くの場合、その背景には、ある種の虚栄心や憧れと云った、決して理性的とは云えない衝動が働くのだと思われます。確かに、当ブログを始めた直接の契機は、以前にも述べましたように、ほぼ同時期に、周囲の方々(それぞれ異分野)から、何らかの文章の作成を勧められたことでしたが、それを聞く私の内面では、それに加えて、先述の欲望の層が堆積して、それがある閾値を超えた時にようやく「始める」に至ったのだと今振り返れば理解することが出来ます。

 さて、そこから10年以上が経過した現在、当初抱いていた憧れなどは、ほとんど影を潜めて、その代わりに、日々思い付いた考えを言語化する営みの場として当ブログが定着してきました。これは、大きな変化や出来事が生じなかったことにより、かえってブログ自体が私にとっての安定した「思考の道具」として機能し続けることを可能にしたとも云えます。そしてその継続により、思索や言語の精度といった内面の層は徐々に変化してきたのだと思われます。

 そこから、総閲覧者数100万人や継続期間10年以上と云ってみても、それらはいずれも通過点に過ぎないのだと云えます。むしろ、これらの背後にある本質は「どうにか継続してきた事実」そのものにあると考えます。大きな変化や出来事を求めず、また反応からは一歩身を引いて、何らかの文章を作成し続けることが、現在の私にとっての表現であり、また自己を保つ方法でもあります。今後も、あまり変化や出来事を期待するのではなく、日々思い付いた考えなどを、出来るだけ精確に言語化することは継続したいと考えています。

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2025年10月16日木曜日

20251015 紀北地域における古墳造営の変遷について

 和歌山市東部の丘陵地に広がる岩橋千塚古墳群は、標高80〜150メートルの岩橋山塊一帯に造営された約900基に及ぶ大規模古墳群である。東西約4キロメートル、南北約3.3キロメートルの範囲に密集しており、その規模は全国的にも特筆される。便宜上、花山・大谷山・大日山・前山A・前山B・寺内・井辺・井辺前山・和佐・山東の10地区に区分され、それぞれ「花山〇号墳」などと呼称される。しかし、その中でも大型古墳は、天王塚古墳や将軍塚古墳と云った固有名を持ち、当地の古墳文化の象徴的存在となっている。また、これら大型古墳の多くは、山頂や尾根上の高所に造営されて、遠方からも視認できる位置にある。これには、支配者層が威勢を誇示し、広く、その存在を知らしめる意図があったと考えられている。実際、和歌山市街地から岩橋山塊に建つ関西電力の鉄塔を目印としてみると、大日山35号墳や大谷山22号墳、天王塚古墳などを確認することが出来る。

 岩橋千塚古墳群の造営は、4世紀末(古墳時代前期)に花山地区にて始まり、花山8号墳が、その初期古墳の典型とされる。5世紀前半に入ると花山10号墳・44号墳などが造営されて、首長墓としての性格を強めた。やがて5世紀中葉には、紀ノ川北岸に木ノ本古墳群や大谷古墳などの大型古墳が造営され、南岸の岩橋千塚での造営はいったん停滞する。しかし6世紀前半になると再び活発化し、花山6号墳・大谷山22号墳・大日山35号墳・井辺八幡山古墳など、全長50メートルを超える前方後円墳が相次いで造営された。この時期、埋葬施設は竪穴式石室から横穴式石室へと移行し、当地に特有の「岩橋型横穴式石室」が発達する。玄室に石梁や石棚を備えるのが特徴で、6世紀中頃の天王塚古墳では高さ5.9メートルに達する壮大な石室が造営された。被葬者は紀氏に連なる支配層とみられ、複数世代にわたって墓域が継承されたことも確認されている。6世紀後半になると墳丘形態は前方後円墳から円墳、さらに7世紀初頭には方墳へと変化し、井辺1号墳がその典型である。立地も丘陵の高所から裾部へと移り、7世紀中頃には新たな造営が途絶えた。

 岩橋千塚以外でも、紀ノ川下流域の和歌山市周辺には多くの古墳が分布する。北岸に約120基、南岸には海南市との境を含め約200基が確認されている。古墳時代前期には、平野部の集落遺跡に隣接して古墳が造営され、秋月1号墳や井辺遺跡、川辺遺跡などでは周溝を伴う前方後円墳が確認されている。4世紀末から5世紀初頭にかけて、六十谷2号墳、晒山1号墳、花山8号墳、井辺前山24号墳など丘陵端部に古墳群が造営された。埋葬施設は粘土槨や竪穴式石槨、箱式石棺など多様である。

 古墳時代中期(5世紀後半以降)には、沿岸部に近い低地に大型の首長墓が造営され、木ノ本古墳群(釜山古墳群)や、馬冑の出土で知られる晒山大谷古墳がその代表的存在と云える。同時期、大阪府岬町の淡輪古墳群も形成され、紀北から泉南一帯にかけて首長層の墓制が確立した。後期に入ると沿岸部での造営は減少し、丘陵部では群集墳の造営が活発化する。紀ノ川北岸では晒山古墳群東方に雨が谷古墳群・鳴滝古墳群が、さらに東方の山地には直川八幡山古墳群・八王子山古墳群が分布し、園部丸山古墳や奥出古墳では畿内系の横穴式石室が確認されている。南岸では岩橋千塚を中心に岩橋型横穴式石室をもつ群集墳が広く分布し、さらに東方約5キロメートルには穹窿(アーチ)状天井を備える寺山古墳群が存在する。これらは岩橋型石室の末期的展開と考えられ、7世紀に入ると古墳造営はほぼ終息し、代わって仏教寺院の建立が進む飛鳥・奈良時代へと移行した。

 さらに視野を紀北全域に広げると、岩出市・紀の川市の紀ノ川流域や貴志川流域、橋本市・九度山町の中流域にも多くの古墳が分布する。5世紀には紀の川市の丸山古墳・鑵子塚古墳・三昧塚古墳、橋本市の陵山古墳など直径40メートルを超す大型円墳が造営された。丸山古墳は箱式石棺を用い、陵山古墳は近畿でも早期の横穴式石室を採用している。海南市山崎山5号墳(長さ約45メートルの前方後円墳)では割竹形木棺が使用され、いずれも地域首長の墓と考えられる。6世紀に入ると横穴式石室が一般化し、岩橋千塚を中心に大小の古墳が集中して造営された。やがて古墳群は群集墳的性格を強め、7世紀中頃には造営が終息する。以降、紀北地域では6世紀に伝来した仏教の寺院建立が進むようになる。

 このように紀北地域の古墳は、立地において丘陵から平地へ、形態において前方後円墳から円墳・方墳へと移行しながら、約3世紀におよぶ社会構造の変遷を映し出している。岩橋千塚古墳群は、その中心として、紀州和歌山の古代社会の姿を今日に伝える貴重な歴史的遺産であると云える。

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2025年10月14日火曜日

20251013 読むことと、書くことについて

 作成するブログ記事の題材がなかなか決まらない時、私は「当ブログそのもの」を題材として作成を始めることがよくあります。文章の作成に煮詰まり、スランプに陥った際、自らの文章作成(つまり当ブログ)を題材とすれば、大抵の場合、ある程度の文量は作成出来ます。これは、当ブログの継続を通じて学んだ、一つの手法であると云えます。そしてまた、ここ最近はこの手法に頼ることが多く、今回もまた、その例にあたると云えます。

 とはいえ、この手法は、おそらくブログを作成されているすべての方々に適用されるわけではないと考えます。それは、「自らのブログ」を記事の題材とするためには、その「自らのブログ」自体に、ある程度の記事数と継続期間が必要であり、それらの履歴を省みて、ブログを作成する自らが意見や見解を述べることが求められるためです。このことには、ブログ開始からしばらく経った頃に気付き、それ以来、そうした形式の記事を少なからず作成してきました。

 そして現在、総投稿記事数は目標とする2400まであと10記事程度、総閲覧者数もあと200人ほどで100万人に到達しようとしています。こうした節目、しかも今回は比較的大きなものであることからか、これまでの節目の時期と同様に、ここ最近は文章を作成したいという気持ちがあまり起こらず、あたかも凪のようであると云えます。とはいえ、それは深刻なものではなく、どちらかと云いますと慢性的な倦怠感であると云えます。そうした状態では、文章作成への意欲は減衰し、作成を始める前に「いや、今日はいいか…。」と、どうしても思ってしまうのです(苦笑)。しかし、そこを押して作成を始めてみますと、思いのほか文章は進み、気が付くと、ある程度の文量にはなっています。これは、おそらくこれまでのブログ記事作成の継続習慣が齎した、一つの余禄であると云えます。

 他方、読書は相変わらず続けており、ここ最近も数冊の本を同時に読み進めています。これまでにも何度か述べましたが、私がブログを続けることが出来たのは、読書を続けているからであると考えています。読み続けていなければ、文章の作成も継続することは出来ません。おそらく文章の作成とは、他の文章を読むことによって触発された、自らの思考の揺れや痕跡を、言語として残そうとする営みであるのだと云えます。

 能動的に文語に触れる経験を持たない人が、自ら文語で文章を書こうと考えることは稀であると考えます。また、私にとって文章の作成とは、読むことの延長線上にあるものであり、文章作成への意欲は読書によってしか支えられません。あるいは異言しますと、読書が私を「文章を作成する人間」にしているのです。そこから、10年間以上当ブログをどうにか継続することができたのは、端的に、当ブログ開始以前からの読書習慣の賜物にほかならないと云えます。

 さらに振り返ってみますと、私が幼少期からそれなりに書籍に親しんできたのは、あるいは当ブログを作成するためであったのかもしれません。そう考えると、これまでの読書という営みのすべてが、現在の自分に収束しているのだとも思われます。読むことが「準備」であり、文章の作成が「活動」であるのだとすると、文章作成という「活動」は決して孤立した作業ではなく、長い時間をかけて蓄積された記憶が、内面で加工・編集され、新たな文章として顕現する過程であるのだと分かります。

 であるからこそ、現在の私は、あまり無理強いして書こうとはしないようにしています。それは、自発的に書きたいと思わない時期があっても、書籍を読んでいれば、いつかまた自然と書きたくなると考えているためです。

 10年間を過ぎた現在も、私にとってこのブログは自分の生活の一部であると云えます。投稿記事数や閲覧者数は、たしかに目に見える大事な成果ではありますが、それ以上に重要なのは、その背後にある、一見無為とも思われる「読むこと」と「考えること」に費やされた時間であると考えます。

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2025年10月12日日曜日

20251011 ブログ記事の作成と遅れて来る理解について

 これまでにも何度か、ブログ記事の題材としたことがありましたが、ある程度の期間、ブログを続けていると、時折、不思議な出来事に出くわします。たとえば、突然、特に理由もなく、ある既投稿記事が多く読まれていたり、あるいは、新たに記事を投稿した直後に、その記事の内容と関連している既投稿記事が読まれていたりすることです。

 こうした出来事は頻繁ではないものの、決して珍しくはありません。実際、直近の投稿記事(20251008)を投稿した直後にも、後者の出来事がありました。投稿したばかりの記事と、数年前に作成した記事とが、呼応するかのように閲覧されていたのです。もちろん、それは偶然の一致であるのかもしれませんが、そうした出来事に接しますと、何らかの他者の意図らしきものが感じられます。

 とはいえ、そうした出来事についていくら考えても、納得できる合理的な説明には至らないでしょう。こうした見方によれば、偶然とも見える閲覧傾向の背後には、閲覧された方々の気まぐれや、少し時間差があり表示される「ブロガー」のアルゴリズムなどがあるのではないかと思われます。むしろ、そうした出来事を深読みしようとすると、そうした考えは妄想的なものとなり、そして記事更新の意欲を減衰させてしまうのではないかと考えます。それ故、そうした出来事は「不思議なこと」として受け止め、あまり深入りしないようにしています。

 しかし他方で、こうした出来事に全く意味がないとも考えていません。新規の投稿記事の内容が、過去のそれと関連するものであると認識することには、書き手(私)の中に何らかの連続性が働いていることを示しているのだと云えます。また、文章を作成するという行為には、過去と現在の意識、無意識の記憶を作成している今現在に結び付けようとする意図があると云えます。そして、そこで認識された記憶のつながりを、あえて意識し過ぎずに受け流す鈍感さこそが、ブログのような文章作成を、ある程度の期間、継続するために不可欠なものであると考えます。

 そして、この鈍感さは、難解な書籍を読む時の感覚にも類似しています。当初はあまり理解出来なくても、読み進めるにしたがい、徐々に全体の構造が見えてくることは、読書において、ごく日常的にあることです。また、ブログでの文章作成においても同様の感覚があり、あまり意味を見出せないまま作成した断片的な文章が、後日、作成するブログ記事の主題、重要な一節になることは、これまた日常的にあります。こうしたいわば「遅れて訪れる理解」のようなものを、あまり意識はせずに、鈍感にただ信じることが、思いのほかに重要であるのだと考えます。

 とはいえ、この鈍感さは生来の性質ではなく、一つの意識された姿勢・スタンスのようなものであると云えます。大抵の場合、行為の意味あいをすぐに確かめたくなるものですが、それを急くことによって書くことも読むことも息苦しくなってきます。そうしたことから私は、スランプであっても、何らかの文章を作成することには、それなりの意味があると考えています。

 これを踏まえて、冒頭で述べた直近記事の投稿直後に関連があると思われる既投稿記事が閲覧されているのを見て、過去のある出来事を思い出しました。そしてまた、その夜、不思議なことに、その出来事を夢を見ました。近年、夢を見ることはなかったため、これは強く印象に残りましたが、そこに深入りしようとは思いません。先述のように、こうしたことに意味を過剰に求めると、心身の疲労を招くと考えるためです。

 むしろ、そうした出来事を「それもまた起こり得ること」として鈍感に受け入れることが、精神衛生上、重要であるのだと考えます。過剰に反応せず、生じた出来事に適度な距離を保ちつつ、それでも文章の作成を続ける。

(重要な)理解とは、時間をかけて得られるものであり、取組み当初から全体を見通すことは出来ません。文章を作成するうちに、そこに自分なりの意味が生じ、また、読み進めるうちに全体の輪郭が見えて来るといった構造があり、それ故、あまり急がずに継続することが、こうしたブログなどでの創造や、学び全般を支える基礎であるのではないかと考えます。

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2025年10月9日木曜日

20251008 中動態的行為としての文章作成

 当ブログを開設してから10年3カ月ほど経過しました。総投稿記事数は当記事を含めて2386であり、目標としている2400まで、あと14記事の更新を要します。また、総閲覧者数もつい先日、99万9千人を越えて、おそらく、年内には100万人に達することが見込まれます。こうした数字には、あまり特別な意味などはないのかもしれませんが、それでも10年間、当ブログを(どうにか)継続してきたことは、私にとっては、それなりの重みがあると云えます。

 とはいえ、昨今は記事の更新が滞りがちであり、いわば、10年という節目を過ぎた後での「燃え尽き」に近い状態にあると云えます。そしてまた、今後、当ブログをどうしたいのかといった考えも、ぼやけているのが現状であると云えます。しかしそれでも、2400記事到達までの残り14記事を出来るだけ速やかに更新するまでは、当ブログから離れるつもりはありません。

 振返ってみますと、当ブログ開始当初は、ブログ記事の題材を何にすれば良いのかも分からず、その時々に思い付いたことを書き綴っていることが多く、また、閲覧者数を気にする余裕もなく、ただ、ブログ記事と云う文章の作成そのもので焦燥感から逃れようとしていました…。それが、しばらく(2年程度でしょうか)継続するなかで、作成する文章は自らの考えを整理して、それを再認識し、そして自分がより大きな世界を認識して、関与するための手段へと徐々に変化していきました。

 こうした文章の作成とは、論文であれブログであれ、根本的に孤独な作業であると云えます。それは、誰かと共に進めるものではなく、自分の考えを掘り下げて、言葉を探り続ける営みです。そしてそこには、明確な締め切りも評価もなく、推進力はただ、自分の意志と興味関心だけです。しかし同時に、孤独のなかで作成された文章は、時に読まれることによって他者とつながることがあります。また、これは私見ではありますが、現在のようなネット社会では、孤独であるほどに、作成された文章は、外界へと浸透し、他者の時間と交差するのではないかと思われます。

 そして、この「孤独でありながら他者と交わる」という一見矛盾した構造とは、西田哲学の「絶対矛盾的自己同一」にも似ているように思われるのです。文章の作成とは、自己内部に沈潜するものであると同時に、他者と世界を共有する行為でもあると云えます。あるいは、内と外、主観と客観、自己と他者、それらが分かれることなく、一つの運動として成立しているのだと思われるのです。そして私は、そうした運動の中に、文章作成の本質があるのではないかと考えます。

 さらに、この西田哲学を異言しますと、それは。中動態的な存在の在り方であると考えます。即ち、能動でも受動でもなく、行為と変化がひとつの場で起こるということです。文章の作成とは、まさにそのような営みであると云えます。私は「文章を作成する者」であると同時に「文章に書かれる対象」でもあるのです。そして文章を通して、自らの考えを具現化しつつ、同時にその文章によって徐々に自分が変化していくのです。文章の作成により、私は自らの考えを整理、再認識して、私自身が新たに生成され、更新されるのです。こうした循環とは、中動態的な行為であると考えます。

 かつて作成したブログ記事を読み返してみますと、恥ずかしく感じられるものも多々ありますが、同時に、それらの中には、現在の私では思い付くことが出来ないであろう、作成当時の頃の考えや切実な疑問などが散見されます。そしてまた、かつて感じた疑問が、形を変えつつ現在に至るまで残っていることに気が付きますと、私は、こうした文章の作成が単なる記録ではなく、いわば思考の連鎖であることを実感します。過去に作成した文章が層となって、そこから、新たな文章が生じてくる、その連なりの中で、私の考えや認識は少しずつ変化し続けていくのだと云えます。

 現代は、インターネットなどによって情報が即座に拡散され、また多くは、速やかに忘れ去られていく時代であると云えます。そうした中で、時間をかけて更新、加上された文章には、さきの速度とは異なる種類の力が宿るのではないかと考えます。それは即効性はなくとも、徐々に浸透するような力であると考えます。10年間と云う期間を経て分かったことは、継続とは、執念や忍耐よりもむしろ、呼吸のような自然な営みであると云うことです。あまり無理はせずに、しかし止めないこと。文章の作成が日常生活に溶け込み、呼吸のように続いていくとき、ようやく「文章作成の理由」を探さず、考えないようになります。

 また、書くという行為は、他者への発信であると同時に、自らを保つための行為でもあります。日々の出来事に言葉を与えることで、思考は形を得て、感情は静まり、心の均衡が保たれます。孤独のうちに書きながらも、その言葉の向こうには誰かがいて、私はその見えない誰かとともに思考している。書くとは、自己の内に他者を含み、他者のうちに自己を見いだす中動的な運動にほかなりません。

 これから先、2400記事に到達出来ましたら、当ブログがどのようになるのかは分かりません。あるいは、頻繁な更新は困難になるかもしれませんが、他方で、止める理由も見当たりません。また、新たに特別な目標を掲げなくとも、文章の作成自体が私にとって生活の一部であり、思考の具現化でもあります。現在のような変化が速い時代にあって、自らの速度で考え、そして出来るだけ自らの言葉で文章を作成することは、今後将来、何らかの意味や価値を意味を持つようになるのではないかと考えます。

 10年という期間は、短くもあり、長くもあったと云えます。そして、その間に積み重ねたそれぞれのブログ記事には、作成当時の私の考えや思いが書かれています。振り返れば、それらは私にとって生の軌跡であり、また、私なりの思考の呼吸そのものです。もしも、当ブログに価値があるとすれば、それは10年間の中で絶えることなく継続した「思考の呼吸」、すなわち中動態的な行為のなかにあるのではないかと思われます。

 つまり、私は文章の作成を通じて、ようやく自分の時間を生きていると感じられます。文章の作成は孤独でありつつも、同時に他者と交わる一つの方法です。そして、その両義性の中にこそ、文章作成の本質があり、また、矛盾を抱えたまま世界と調和するための、ひとつの行為であると考えます。

 そして、これから先、たとえ2400記事まで到達しても、しばらくの休止期間を置きますが、おそらくは同じようにブログ記事の作成を継続するのではないかと思われます。それは、目標や成果を掲げるためではなく、自らの考えと現実世界のあいだにある揺らぎを、言語として捉え直すために。書くことは終わりのない営みであり、誰かと心を通わせ、またひとりに戻っていく――そんな呼吸のようなものです。ブログ開始から10年を経た現在もなお、文章は私の内から生まれて、外界へと広がり、やがて再び私の中に還ってきます。その循環のなかで、これからも、少しずつではあれ、変化していきたいと思います。

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2025年10月5日日曜日

20251004 ブログの継続による効果について

 当ブログを始めてから10年と数か月が経ちました。この節目にあたり、これまでを振り返ってみますと、ブログとして文章を作成し続けてこられたのは、単に「文章を書くことが好きであるから」という理由だけではなかったように思われます。

 側聞するところによりますと、10年間継続するブログは稀少であり、大半は開始から2年ほどで更新が止まると云われています。また、仮に数年続いたとしても、次第に更新の間隔が長くなり、やがて、更新が途絶えてしまうとのことです。その理由は様々でしょうが、生活環境の変化により時間が取れなくなったり、あるいは、閲覧数の伸び悩みから意欲を失ったりといった事情があるのだと思われます。

 私自身、そうした事情により、当ブログをやめようと思ったことは度々あります。とはいえ、以前と比べ、更新の間隔は長くなったものの、今日に至るまで、当ブログはどうにか継続しています。そして、その理由を考えますと、一つには、文章を作成すること自体が、歯磨きや入浴のように自分の生活の一部となっているからであると思われます。日々の生活で思ったことや、読んだ書籍から得た考えなどを、自らの言葉で文章化するという行為が、次第に日常の中に組み込まれ、開始後2年ほど経った頃には、毎日のブログ記事の作成が「書くかどうか」ではなく、「何について書こうか」へと変化していました。そこから、その時点でブログの作成は身体化されて、生活の一部になっていたのだと思われます。

 第二に、読んでくださる方々の存在があります。当ブログは一日で一万人のアクセスがあるわけではありませんが、それでも読み続けてくださっている方々の存在を意識することで、作成する意欲が湧いてきます。それは数値的な評価とは異なり、「自分の作成した文章が誰かに読まれている」といった感覚であり、それがあることで、時には面倒にも感じられるブログ記事の作成を継続することが出来たのだと思われます。

 そして第三に、これまでの研究や実験の経験から「蓄積の価値」を信じていることです。継続的に積み重ねることにより、やがて自他にとって、何らかの意味を持つ記録になるのではないかと考えてきました。これは効率的なやり方ではないのかもしれませんが、時間をかけて継続してきたものの中に深みや意味が生じるのではないかと考えます。

 しかしその一方で、近年はChatGPTを援用しての文章作成も行っています。当初はなかなか慣れず、生成された文章に違和感を覚えていましたが、これも継続的な使用により、少しずつ慣れてきたように思われます。それでも、生成文章をそのままコピペして用いることはありません。そこに適宜加筆を行い文章の調整を行います。そして、このChatGPTによる生成文章を自分の文章にしていく過程が、思いのほかに手間と時間を要するのです。

 ChatGPTによる生成文章をそのままコピペして用いれば、たしかに文章作成の効率は著しく上がります。しかし、書き手自らの感覚による文体にするため、あるいは、魂の入った文章にするためには、やはり書き手による大幅な加筆修正や調整が欠かせません。むしろ、この面倒とも云える過程にこそ、ChatGPTを援用した文章作成における要諦があり、また、やりがいがあるのではないかと考えます。そうしたことから、ChatGPTを援用した文章作成とは、必ずしも効率性に基づいた省力化ではなく、むしろ、ある種の新たな文章作成法であり、生成文章への推敲や加筆修正を行うことにより、自らの考えや感覚をより明晰化して表現することが出来るのではないかと考えます。 

 とはいえ、ChatGPTも含めて「慣れ」というのは便利である一方、そこにある種の惰性が生じて、能動性が減衰してしまうこともあると思われます。ここ最近、当ブログの更新頻度が低下したことの背景には、この「慣れ」に起因する部分も少なからずあるように思われます。そのため、時には、こうしたChatGPTの援用を出来るだけ排した文章作成も、当ブログの継続のためには必要であると思われるのです。

 本日も、気付くと、すでに深夜となっておりますが、PC机に向かいキーボードを打ち始めますと、意外にも文章は滑らかに出てきました。おそらく、文章作成という行為もまた、少なからず慣れの要素があり、ある程度継続していますと、多少のブランクがあっても、比較的速やかに復調することが出来るようです。

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2025年9月30日火曜日

20250929 我が国での包摂的制度の一つの具体像について

 1939(昭和14)年、米国の科学者・教育家であったアブラハム・フレクスナーは「役に立たない知識の有用性」(The Usefulness of Useless Knowledge)という論考を発表しました。同年9月、ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が勃発し、全体主義の国々では、学問や文化、科学技術に対しての支配を強化していた時代に、彼はあえて「役に立たないもの」にこそ価値があると主張しました。それは単なる逆説的な挑発ではなく、人類の文明の存続を左右する普遍的な問題提起であったと考えます。

 この論考でフレクスナーが強調したことは、科学技術や芸術などでの創造は「役に立とう」という意図からではなく、純粋な好奇心から生まれるという事実です。19世紀に電磁波の存在を理論化したマクスウェルも、それを実証したヘルツも、そこからラジオや無線通信が生まれることを予想してはいませんでした。ファラデーの電磁気の研究もまた、社会的な応用を意図したものではありません。しかし、こうした一見「無駄」に見える営みこそが、後に人類の生活を一変させる発明や発見を生んできたのです。

 この視点を我が国の近代化と重ねてみますと、夏目漱石の「現代日本の開化」が想起されます。漱石は、明治日本の文明開化が外発的・皮相的なものであり、精神の成熟を欠いていると指摘しました。とはいえ、欧米列強に追いつくため急速に制度や技術を導入する必要があったことは事実です。しかし、その過程で「一見役に立たないもの」への寛容さが失われてしまいました。そして、漱石によるこの指摘は、明治期にとどまらず、現在に至るまで続き、近年の「コスパ・タイパ重視志向」とも連続していると云えます。

 加藤周一もまたその著作『日本人とは何か』において、同様の問題を指摘しています。明治政府は富国強兵を至上の目標に定め、官立大学を設けて、役人や技術者の効率的な養成を試みました。こうして知識人全般は、国家目的のために徹底して動員されて、文学や芸術や思想といった「役に立たなそうな領域」には目を向ける余裕を持ち得ませんでした。加藤はその象徴として、世界最大の戦艦(大和)を建造しながら、国民のための乗用車を量産できなかった我が国の工業環境を挙げています。そして、そこから「コスパ重視」志向によって知の多様性が省みられていなかった様子が理解出来ます。

 さらに加藤は、我が国の知識人の多くが自国文化への関心を失い、輸入文化の愛好に偏ってしまった結果、文化全般の歴史的厚みが乏しくなったと指摘しました。当然ながら、輸入した文化とは、我が国の土着文化との親和性が低く、そこからは、厚みのある文化芸術を育てることは困難であり、そのため、明治の文明開化から太平洋戦争の敗戦に至るまでと、戦後から今日に至るまで続いている思想・文学・芸術的な貧困があると加藤は指摘します。そしてこれは、漱石が「現代日本の開化」で批判した「外発的開化」とも通底するものがあると云えます。

 2024年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者ダロン・アセモグルは、政治学者ジェイムズ・ロビンソンと共著した『国家はなぜ衰退するのか』(Why Nations Fail, 2012)において、国家の命運を分けるのは制度の性質であると述べました。つまり、自由で多様な参加を保障する「包摂的制度」を持つ社会は長期的に繁栄しますが、「コスパ重視志向」のもとで利益や成果が一部に集中して、創造性を抑圧する「収奪的制度」に傾いた社会は、必ず衰退するということです。そこから、冒頭のフレクスナーが主張した「役に立たない知識の有用性」は、まさに包摂的制度における文化・学術的なものの価値とも通底するものがあると云えます。

 現代の我が国においては「コスパ重視志向」は、教育や研究の評価などにも浸透して、短期間で成果が見えるものが優先される一方で、基礎研究や人文学のような「すぐには役立たない営み」が軽視されがちです。その結果、長期的な発展可能性が閉ざされ、「失われた30年」と呼ばれる停滞の中で「衰退のスパイラル」に陥っているのではないかと考えます。

 しかしながら、我が国の文化にはまた別の側面もあります。それは、俳句や茶道のように、一見「無駄」に見えるものを尊ぶ伝統です。これらの文化は、実用性を欠いているように見えながら、人々の感性や生活の質を豊かなものにし続けてきました。そして、そのことは、フレクスナーが説いた「役に立たない知識の有用性」とも共通するものがあると考えます。そのため、もしも、こうした我が国古来からの伝統を再評価して、学問研究や制度設計などにも組み込むことが出来れば、我が国独自の取組みとして、包摂的な学問研究を含む文化全般をより創造的なものにすることが出来るのではないかと考えます。

 そこで、現代の我が国社会での課題に目を転じてみますと、具体的な施策としては、第一に基礎研究への長期的投資が不可欠であると考えます。医療や工学をはじめとする自然科学系・理系分野においても、すぐには成果が出ない探究を支えることが将来の大きな革新を生むと考えます。第二に、我が国が直面している超高齢化社会の現実を鑑みますと、医療介護系の専門職大学の新設も急務であると考えます。そこでは単なる職業訓練だけではなく、人文学や基礎科学への能動的な好奇心も重視して、現場での実践と学術研究を往還できるような人材を育成出来るような制度を整備することが重要です。さらに、これは基礎研究を含む「科学に従事する人」を育成するという意味においても有意義であると考えます。また、今後、我が国が直面する医療介護分野での課題と、それらへの対応とは、将来、同様の課題に直面する国々にとっても価値を持つことになると考えます。そして、そこに向けた各種基盤の整備や制度設計こそが、我が国において「包摂的制度」を具体化するものであり、そして長期的な繁栄への礎になるのではないかと考えますが、さて、如何でしょうか?

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

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