2025年11月12日水曜日

20251111 2400記事に到達して、現在読んでいる小説から

 去る5日に2400記事に到達し、そのあと数日間は、どうしたわけか眠気が抜けずに始終ぼんやりした状態が続きました。こうしたことは、これまで、あまりなかったことから、不思議に感じられましたが、それも数日のうちに収まり、現在は多少風邪気味ではありますが、概ね通常の状態に戻っていると云えます。

 ブログの更新はもう少し休みたいのですが、実際には、他でも文章を作成しており、また、ChatGPTを援用した文章の作成も相変わらず継続しています。そのため、当ブログから離れているといった実感はありません。10年間以上、当ブロガーにて文章を作成していますと、このフォームでの文章作成が習慣化してしまうのか、ブログに投稿する以外の文章作成も、このフォームで行うことがよくあります。おそらく、このフォームでの文章作成が落ち着くようになってしまったのだと思われます…(苦笑)。

 そのようにして作成した下書きの文章は今や300以上あります。そして過日、2400記事に到達したのを機に、それら下書きの整理のために閲覧していますと、それなりに面白く感じられ、続きを作成したいと思うものも複数ありました。とはいえ、これまで閲覧出来た下書きは30にも満たず、おそらく今後、整理を続けて行きますと、さきと同様、面白く感じられるものが、それなりに数多く見つかるのではないかと思われます。

 加えて、つい先日より、新たに小説を読み始めました。それは過日、複数の方々が「名作であると思う」と評価されていたためであり、書店で立ち読みをしてみますと、確かに興味深い作品であると思われたことから購入しました。読み進めて行きますと、かなり久しぶりの小説ということもあり、新鮮に感じられ、思いのほか早いペースにて読み進めることが出来ています。また、当作品は四巻ものの長編でありながら、一巻毎でも物語はひとまず結ばれており、これまであまり馴染みのなかった構成であると云えます。

 現在読み進めている第一巻の舞台は20世紀初頭(明治末~大正初期)の我が国です。また、作品で描かれる世界は、少し後(20年ほど)の時代を扱った野上弥生子の長編『迷路』や、武田泰淳による『貴族の階段』と近似したものが感じられますが、当作品では、特に、登場人物の会話が生々しく、場面毎にその雰囲気が立ち上がってくるようであり、そして、その為か、読んでいますと自然に引き込まれ、頁が進んでいるといった感覚があります。

 当作品の他にも、併行して読み進めている著作が幾つかありますが、そのなかでも、かなり久しぶりに読む小説である当作品には、未だ明確に言語化出来ませんが、何やら不思議な感じがあると云えます。そして、その感じがどのようなものであるかは、さらに読み進めてみますと、もう少しは明瞭化されると思われますが、とりあえずは、この感覚を味わいつつ読み進めて行こうと思います。

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。


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2025年11月6日木曜日

20251105 2400記事への到達  変動の時代にて

 本記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。しかし、そうした実感や高揚感もなく、以前からの凪のような状態が続いているように思われます。それでも、記事作成が半ば習慣化しているためであるのか、このまま、気負わずに先を続けることが出来るのであれば、それはそれで自然な形であるのかもしれません…。

 当ブログを始めたのは2015年6月22日でした。そして本日が2025年11月5日であることから、丁度、3789日経過したことになります。そして、その間の総投稿記事数が2400であることから、単純計算しますと、この期間の中で5日のうち3日以上は記事を投稿してきたことになります。また、近年は投稿頻度がやや落ちていますが、これは、開始から3年間は、ほぼ毎日投稿してきたことが期間全体での平均を押し上げているのだと云えます。

 10年以上にわたり、停滞やスランプもありましたが、当ブログを止めることなく継続できたことは、外面での成果というよりも、内面的な持続の成果であると云えます。

 また、2400という数値は、単に区切りが良いだけでなく、割り切れる数が多く、時間や周期の単位とも呼応します。10年という継続期間を踏まえますと、この数値には、ある種の構造的な必然性があるようにも感じられてきます…。

 この10年間で、記事の主題や文体は変化してきました。当初は、歯科材料や地域学など、これまで取り組んできた分野の内容が中心であり、文体も硬質でした。その後、高等教育や社会制度への考察へと関心が広がり、さらに、当ブログそのものを題材とする記事も増えました。こうした変化は、単なる主題の変遷ではなく、「書く」という行為そのものの意味が変わってきた過程を示しています。すなわち、文章を通じて内省をして、そこから得られた考えを再び文章として返す、この往復の過程が当ブログを形成してきたのだと云えます。

 そして、2400という数値は、この往復のリズムが一つの均衡点に達したことを示しているようにも思われます。月平均約20本、年間約240本という投稿ペースは、意図的に設定したものではなく、日々の積み重ねの結果として自然に形成されたものです。むしろ、その自然さの中に調和を見出すことができます。

 また、2020年以降の世界的変動は、当ブログにも少なからぬ影響を与えました。新型コロナウイルス感染症の拡大は、社会全体を内向化させ、人と人との距離や時間の使い方を変えました。私自身も外出を控え、自宅で過ごす時間が増えたことで、必然的にブログ執筆へと向かう時間が増えました。この時期に書いた一連の【架空の話】は100本を超えましたが、コロナ禍の収束とともに筆が止まり、現在は中断状態です。

 2022年に始まった第二次宇露戦争は、作成記事の視野を大きく広げました。世界情勢に対する関心が再び高まり、国際関係論などに関する著作を改めて読むようになりました。この戦争は、我が国の民主主義社会にも少なからぬ影を落とし、これまで長く続いた安定の前提が揺らぎつつあることを実感させました。私は特定の政治的立場を取らず、さまざまな歴史的経緯の中から共通する構造を見出そうと努めてきました。そのため、読書や関連する主題の記事作成とは、現実をより明晰に捉えるための手段であると云えます。

 翌2023年にはパレスチナ紛争が再燃し、世界の分断はさらに鮮明になりました。膨大な情報が交錯するなかで、何を信じ、どのように記すかの判断が、一層困難になりました。たとえ個人ブログであっても、実名で公に発する文章には、少なからず緊張感が伴います。この当時の張りつめた空気感は、投稿する文章にも少なからず影響を与えました。

 このように、変動の時代において「文章作成」という行為は、単なる表現を超えて、時代と自己の関係を記録しようとする試みへと変化したと云えます。かつて、専門領域や研究の延長で始めた文章作成が、やがて社会の動きに呼応し、時には個人をも超えて、世界の一部として位置付けられるようになりました。もしも、こうしたブログに意味や価値があるのだとすれば、それは、変動する世界の中で、揺れる個人と社会との関係を、明晰に認識しようとする試みであることによるのではないかと考えます。

 2020年代前半は、我が国を取り巻く環境が急速に不安定化した時期であったと云えます。そして、その不安定さは当ブログにも影響を及ぼしましたが、変動とは常に起こり得るものです。大切であるのは、そのなかで何を観察し、何を記すかということであると考えます。10年間の継続期間の中で、私の文章は内面を映す鏡であると同時に、多少は外界の変化を写す鏡にもなりました。

 今回の2400記事への到達は、一区切りではありますが、これからも変動を続けるであろう、さまざまな情勢を注視しつつ、及ぶ限り、文章作成を継続して、自らの認識をより明晰なものにしていきたいと考えています。

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2025年11月5日水曜日

20251104 黎明期の試作機である私について

 当記事を含めて、残り2記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。さて、以前にも当ブログで述べたことがありますが、私は2007年に修士(経済学)を取得後、歯科技工専門学校に入学し、歯科技工士としての専門教育を受け、2009年に歯科技工士免許を取得して、歯科生体材料学を専攻分野として大学院博士課程に進学、2013年に博士(歯学)を取得しました。

 現在では、国内に4年制の歯科技工士養成課程を有する大学が2つあり、広島大学が2005年、東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)が2011年に、それぞれ設置されています。それ故、私が博士号を取得した2013年当時、仮に最初の学士課程の入学生が順調に進学されていたとしても、博士課程3年目にあたる段階であり、修了には至っていなかったと見込まれます。つまり、その時点で修士課程を経て課程博士を修了した歯科技工士の事例はほとんど存在せず、私の修了は、ごく初期、あるいは日本初であった可能性もあると考えています。

 キャリアパスが整備される以前に、異分野の修士課程を経て、歯科技工士として進学が妥当と云える歯学分野の博士課程に進み、どうにか修了にまで至ったことは、巨視的に見れば、我が国の歯科技工士教育と歯学分野の学術研究とを結節する、ごく初期の試みであったと云えます。

 現在では、4年制大学での課程を卒業された歯科技工士の方々が、大学院修士課程、さらに博士課程へと進学する事例も聞かれます。そうした整備された道を歩まれてきた方々と比べますと、私などはまるで、黎明期の試作機、あるいは不格好な多砲塔戦車のような存在と云えるかもしれません(苦笑)。しかし、そうした時期であったからこそ、特有の創意や自由闊達さもまたあったのではないかと思われます。

 とはいえ、その過程には以前にも述べました通り、さまざまな困難があり、決して順風満帆なものではありませんでした。そうしたなか、2012年、教授(師匠)も准教授の先生もおられない状況で、担当させていただいた鋳造および鑞付けの歯科理工学実習では、研究室の先生方からご許可を頂き、人文的な話題を随所に交えながら実習を進めることができましたが、これは余程、自分の性質に合致していたのか「それまでの人生がこのためにあったのだ!」と感じられるほどの経験であり、それだけに、今なお強く記憶に残っています。

 それでも、学位取得後の道のりもまた、決して平坦なものではなく、まさに紆余曲折を経るものでした。黎明期の人間として、その不完全さなどネガティブな面全てを含めて、まあ自分らしい経路であったのではないかと思われるところですが、今後は、これまで培った経験を活かしつつ、若い世代の医療専門職の方々が、より自然に人文書に興味を持ったり、臨床と研究とを往還出来るような環境の整備に微力ながら関わりたいと考えています。

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2025年11月4日火曜日

20251103 和歌山と鹿児島と当ブログについて

 当記事を含めて、残り3記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。さて、直近の投稿にて「ブログ開始当初から文章化したいと考えていることに、少しずつ、にじり寄っているようにも感じられる」と述べましたが、これは、開始当初の頃の文章作成への勢いを、葛藤や精神的な苦しさを伴うことなく再活性化しようとする試みであるようにも思われます。

 当ブログは、2013年の学位取得後、帰郷して2年ほど経た2015年に始めましたが、その契機は、文章作成そのものよりも、「それを行わなければならない」と思い込む、ある種の感情にありました。そして、その感情は、南紀白浜や和歌山で得られたものではなく、むしろ、その後の鹿児島での在住期間に醸成されたものであったと云えます。

 昨今も何度か、和歌山や南紀を題材とした記事を作成・投稿していますが、それらの作成を支える根源にある感情は、やはり鹿児島で得られたものであると云えます。南紀白浜および和歌山での在住期間は、いわば、そうしたことを感じ、考えるために学び、耕していた時期であり、その上に鹿児島での経験が種や雨、日光となり、当ブログが芽吹いたのだと云えます。

 以前にも述べましたが、元来、私はこうした文章を実名で継続的に公表するような種類の人間ではありませんでした。それが後になり、葛藤や苦悩を和らげるために文章を作成するようになったのだと云えます。そして、その背後には、何らかの「経験」がありました。それは、「自らの実感を伴った理解を言語化し、それを他者に伝える」という行為でした。

 こうした行為を繰り返すうちに、そこで得られた実感が、次第に私に「表現せよ」と促すようになりました。しかしながら、「表現せよ」と内面の声があったとしても、文章による表現を継続するためには、ある程度の内容が必要であり、その意味で、投稿頻度に多少の変動はあるものの、どうにか10年以上、当ブログを継続できたこと自体が、先の鹿児島で得られた経験の性質を示しているのだと云えます。

 とはいえ、これまでも述べてきましたように、鹿児島での経験は決して楽しいものばかりではありませんでした。兄の死、師匠の退職といった出来事が続き、全体としては苦い記憶のほうが多かったのではないかと思われます。それでも、そうした状況であったからこそ、「実感を伴った理解を言語化する」際の私の言葉に、ある種の切実さが付加されたのではないかとも思われます。その意味で、言語とは、単に記録のための手段ではなく、喜ばしくない経験に意味を与え、変換する機能をも併せ持つものであると考えます。

 現在、目指している2400記事への到達とは、おそらく、単なる通過点に過ぎません。しかし、そこに至るまでには、確かに私自身の歩みが刻まれています。実際、初期の投稿記事を読み返してみますと、現在のそれよりも、さらに稚拙なものが多いのは事実です。しかし、それら初期の文章があってこそ現在があるのだと云えます。

 おそらく、文章の作成という行為は、結論的な見解を得るためだけのものではなく、問いを持ち続けるためにあるのではないかと考えます。そして、その問いを持ち続ける限り、私はこれからも、何らかの形での文章作成を行うと思われます。

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2025年11月3日月曜日

20251102 記憶と文章作成との距離について

 当記事を含めて、残り4記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。他方、ここ最近はスランプ気味であり、文章作成への意欲が湧きにくい状態が続いています。それでも、目標まであと数記事であることを考慮すれば、やはりここは、新たに作成・投稿を重ねる方が良いと云えます…。

 さて、ここ数か月内に投稿した記事の中には、継続的に(当ブログとしては)比較的多くの方々に閲覧されているものがいくつかあることに気が付きました。また、それら記事はいずれも、多少、時間を掛けて作成したものであったことに気が付きました。そしてそこから、一つの文章作成手法を思い付きました。すなわち、ChatGPTを援用し、ブログ記事の断片となるような数百字程度の文章を、気軽にいくつか作成しておき、それら文章に日々気が付いた時に少しずつ加筆修正を行い、時間を掛けて推敲し、文量を適度なところまで増やしたうえで、全体を見直して再び加筆修正を行うという手法です。

 この手法の肝心なところは、「時間を掛けて推敲する」その時間の長さにあります。半ば忘れるほどの期間をおき、いわば「寝かせた」文章を記憶が少し薄らいだ頃に改めて読み返すと、不思議なことに、そこからスムーズに加筆修正が進み、意外にも早く、一旦の完成に至ることが多いのです。さらに、投稿後も数日間は時折開いて文章を読み返し、何度か加筆修正を行いますと、何といいますか、それなりに文章として整ってくるように思われます。

 こうして作成した記事が、継続的に(当ブログとしては)比較的多くの方々に読んで頂いていることは、作成者である私にとって喜ばしいことであり、端的に、今回の記事作成へとつながっています。また同時に、ここ最近の投稿記事では、開始当初から文章化したいと考えていることに、少しずつ、にじり寄っているようにも感じられます。換言しますと、作成記事の内容が、当ブログのいわば「源泉の感情」に徐々に近くなっているのだと思われます。

 しかし、不思議なことに、そうした内容をブログ記事として文章化・投稿した後には、何故か強い疲労感を覚えます。さらに、その当時の嬉しくない記憶も想起され、しばらく落ち込み気味になってしまうのですが、それも数日経つと概ね回復して、再び新たな文章作成に取り掛かることができます。そこから考えますと、ブログ記事の題材とする自らの経験の時期は、ある程度、時間的に離れつつも、比較的明晰に眺められる時期こそが、あまり疲労を伴わずにスムーズに文章化することが出来るのではないかと思われます。

 私の場合、具体的にそうした時期を考えてみますと、それは2000年代後半あたりであると思われます。この頃の私の特徴は、読書量が急激に増えたことでした。書籍を読むことと、文章化できる記憶を持つことの関係が、どのようなものであるか、現時点の私には科学的に説明することはできませんが、経験的に、何らかの関係があると思われます。

 また、それらを表わす文字に目を向けてみますと、記憶とはすなわち歴史のことであり、古くは「史」と書いて「ふみ」と読みました。一方で、文章の「文」も同様に「ふみ」と読みます。つまり古では、記憶としての歴史も、それを記した文章も、同じ呼称「ふみ」であったのではないかと思わます。このことは以前にも当ブログで述べたことではありますが、先述した「記憶の文章化に伴う疲労感」を通じて、あらためて、その意味を実感しました。

今回もまた、ここまでお読みいただき、どうもありがとうございます。

一般社団法人大学支援機構

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ISBN978-4-263-46420-5

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2025年10月31日金曜日

20251030 株式会社ゲンロン刊 東浩紀・阿部卓也・石田英軽・ イ・アレックス・テックァン・暦本純一 等編著「ゲンロン17」 pp.134-136より抜粋

株式会社ゲンロン刊 東浩紀・阿部卓也・石田英軽・ イ・アレックス・テックァン・暦本純一 等編著「ゲンロン17」
pp.134-136より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4907188552
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4907188559

暦本純一: AI研究は時間の流れが速い。そのまま本にすると情報が古くなってしまうので、年末にあらためて対談を行いました。

落合陽一:「最新」を伝えてもどうせすぐに古くなる。むしろ一種のエスノグラフィーを目指しました。

清水亮:おっしゃるとおりAI研究の状況が日々目まぐるしく変わるなかで、あの対談はタイトルのとおり、とても普遍的な議論がなされているものでした。

暦本:要は「2023年ごろの人類はなにを考えていたのか」を残そうとしたわけです。ぼくも落合くんも。来年にはぜんぜんちがう考え方やアイデアを持っているかもしれません。それくらいAIの世界は日進月歩です。その意味で、この五月にハワイで開催されたCHI(Conference on Human Factors in Computing System)という国際学会は象徴的でした。ほんらいはグラフィックスや入出力デバイスを中心に、人間とコンピュータの関係をあつかう学会です。VRやマウス、キーボードのように、手や身体を使ってリアルタイムに操作するもののイメージですね。そんな身体的なインタラクションの牙城とも言える学会に、AI研究が突然大量に入り込んできたんです。

清水:AIはエージェントですから、人間が直接操作するものではありませんよね。

暦本:そうです。同じ学会の発表内容が、たった一年でここまで変わることはかつてなかったと思います。

落合:ぼくも参加しましたが、今年はLLM関連の発表ばかりでしたね。ただ困ったことに、採録は23年の9月だったので、実際に発表されるときにはどれも賞味期限が切れてしまっていました。

清水:なるほど、半年以上もまえの研究だからもう古くなっていたんだ。

暦本:たとえば「なぜLLMは‘‘Knowledge Navigator‘‘を作れないのか」という趣旨の発表がありました。「knowledge Navigator」は1987年にAppleが制作した映像作品で、そこではタブレット端末に搭載されたAIのエージェントが、ユーザーと流暢に会話する様子が描かれています。

清水:あの映像はとてもおもしろいですよね。約40年前の映像作品とは思えないほど未来を先取りしている。「なぜLLMは‘‘Knowledge Navigator‘‘を作れないのか」とはつまり「なぜAIはふつうに会話できないのか」ということですね。

暦本:そのとおりです。たしかに発表が採録された2023年の段階では、AIは「knowledge Navigator」ほど自然に会話できませんでした。しかし奇しくも当の発表の前日、2024年5月13日にChatGPT-40が公開されてしまった。あまりに自然に会話ができるので、みな衝撃を受けました。その翌日に「なぜAIはふつつに会話できないのか」という発表を聞くのは、なかなか気まずい体験でした。

落合:今回の工学系の発表は退屈でしたね。むしろ人間に焦点を当てた研究のほうがおもしろかった。「ロボット掃除機にあだ名をつけてしまうのはなぜか」とか「VRで飲み会をやるとふだんより酔いやすい」とか(笑)。

暦本:CHIはわりとなんでもありなので、そういうおもしろい発表もできます。地方で研究の対象や分野がきっちり決まっている学会が、このゲームチェンジに対応するのが大変かもしれません。

落合:もはや学会の存在意義そのものが謎ですよね。論文の発表を中心とするいまの学会のあり方は、19世紀に形成されたフォーマットです。しかしもはや、学会はほんらい行うべき知の交換と、根本的にスピード感があっていない。AIをめぐる現状はそれを可視化したように思います。

暦本:すぐれた研究は「arXiv」などでプレプリントをさきに読むから、学会はたんなる答え合わせの場になっていますよね。

清水:たしかに、ぼくもあの学会のあり方は疑問で、とくに査読がそうですね。いわゆるWorld-wide web論文や、ChatGPTを支える深層学習モデル「Transformer」を提案したAttention論文といった、重要な論文が査読で落とされた事例は少なくない。議論があまりにも先駆的だと、内容が正しいかどうかの判断がむずかしいですから。

落合:新しい情報やアイディアの交換はもうすべてX(旧Twitter)で済ませればいいんじゃないですかね。

暦本:もちろんそのほうがスピード感は出ますが、発表の場がウェブだけになると、発信力の強いプレイヤーだけが生き残ってしまう懸念もあります。まったく無名のひとがいい研究を発表しても、同時期に同じような内容をGoogleやMetaが公開してしまったら、そのひとの研究成果は埋もれてしまう。学会とは、どんな無名のひとでも研究の内容そのものを適切に評価しようとする、例外的なコミュニティです。とはいえ、非効率性や査読の正確性といった問題があるのはそのとおりなので、よしあしは慎重に検討しなければいけませんが。

清水:これからは自由で雑多な研究をテンポよく共有できるような、新しい学会のフォーマットが必要なのかもしれませんね。

2025年10月29日水曜日

20251028 創造の源泉と歴史的視座について

 当記事を含めて、残り6記事の投稿により、当面の目標としている2400記事に到達します。また、当ブログは2015年に開始し、その5年後に新型コロナ禍が世界を覆い、さらにその2年後には、現在の混乱している世界情勢の要因となった第二次宇露戦争が勃発しました。

 このような世界的出来事が立て続けに起こるなか、世界規模で情報は飛び交い、私もまた、それらの情報を得るために海外の報道機関の動画やサイトを視聴・閲覧する習慣が身につきました。それ以前であれば、こうした必要性を考えることはなかったと思われます。

 そして、2015年から始めた当ブログにて、文章を書き続けていたことにより、21世紀に起こったこれら世界史的出来事および、それらの推移について、後追い的ではあっても理解を深めることが出来ているのだと考えます。

 しかし一方、近年の社会では、膨大な情報が絶え間なく流通しています。PCを開きインターネット画面を見れば、瞬時に世界の何処かで生じた出来事が目に入り、さらに、そこに次々と他者の意見や主張が押し寄せています。

 こうした情報の氾濫の中に身を置きながらも、我々はむしろ「何が本質であるのか分からない」という感覚を強めているのではないでしょうか?情報は増え続けているにも関わらず、それらを意味付けて未来への指針とする統合力がなければ、情報や思考は断片のままに留まり、統合化からはじまる創造活動全般は停滞してしまいます。

 では、この統合力はどのようにすれば見出すことが出来るのでしょうか。私はその答えの一つを、歴史に見出しています。歴史とは、単なる過去の出来事の記録の集積ではありません。それは、さまざまな過去の出来事を統合し、現在の事象がどのような文脈の上にあるのかを理解するため、あるいは今後の社会の方向性をある程度見通すための枠組みであると云えます。

 歴史を学ぶことにより、我々は、眼前の出来事を偶然によるものとしてではなく、一定の連続性やパターンの中にあるものとして認識することが出来るようになります。そして、視野を拡げれば、現代社会のさまざまな課題や問題もまた、一時的な現象ではなく、連綿とした過去の文脈の流れとして理解されるようになるのではないかと考えます。つまり、歴史を学ぶということは、過去からの連続性を見通す視座を持つことであり、それを得た時、初めて、我々は現在の大小さまざまな事象を理解することが出来るようになると云うことです。

 こうした認識を踏まえて、これまで10年間、ブログを継続してきたことを振返りますと、それは、現代の複雑な情報環境の中で、自らの知的立脚点を確認し続ける行為であり、また、歴史的な視座から現在の事象を読み解く試みでもあったのだと云えます。

 しかしながら、こうした営みは決して容易ではありません。たとえブログ記事であっても、実名で公開する文章を作成するには、ある程度の集中力と、それに伴う疲労があります。また、文章の作成とは創造的な行為であり、そこには必然的に孤独が伴います。

 それでも私が当ブログを止めなかったのは、実名で公表する文章の作成が単なる発信ではなく、大袈裟に聞こえるかもしれませんが「歴史的文脈の中に自らを位置づける営み」であると漠然とながら考えていたからです。

 では、なぜ自らを歴史的文脈に位置付けようとする営みを続けたのか、その根底には「他者の存在」を意識していたことがあると云えます。

 私を含め多くの人々は、誰かに理解されたい、承認されたいという欲求を持っています。とりわけ男性にとって、女性からの共感や応援は、生の根源的衝動と結びついた力として顕在化することが数多くあります。つまり、男性の創造活動の背後には、しばしば「女性という他者のまなざし」が存在しているのだと云えます。

 こうして始まった創造活動は、単なる恋愛感情を超え、「自分の存在がこの世界に受け入れられているのか」という深層の問いにまで至ることも多々あります。近年の我が国での世知辛くなってしまった男女関係のなかで、こうした構造は語られることが少なくなりましたが、人間の精神の深層には、今なお「創造とは他者との関係性の中で生まれる営みである」という本質が脈打っています。

 継続的な創造とは、孤独な営みであると同時に、他者から評価され、共感される可能性を信じるからこそ成立します。そして、その「他者」への理解を深め、対象を統合する力を養う手段こそが、歴史への学びであると考えます。

 現在のさまざまな事象を歴史的文脈を通して理解したとき、初めて我々は、自らの創造がどこから来て、どこへ向かうのかという道筋を、ある程度見定めることが出来るのだと考えます。したがって、歴史を学ぶことは過去を懐かしむための行為ではなく、現在の視野を明晰に認識し、その先に未来をも見通すための知的行為であると云えます。

 そして創造とは、他者との関係性の中で生まれる、人間固有の根源的な営みであり、その営みを支えているのは、自らの存在を誰かに受け入れられたいという欲求であると考えます。この欲求を否定するのではなく、むしろ、その力を理解し、創造へと昇華させる時、我々は初めて、さらなる精神の自由を獲得し、創造的活動の主体になることが出来るのではないかと思われますが、さて、実際のところはどうなのでしょうか?

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