2025年10月31日金曜日

20251030 株式会社ゲンロン刊 東浩紀・阿部卓也・石田英軽・ イ・アレックス・テックァン・暦本純一 等編著「ゲンロン17」 pp.134-136より抜粋

株式会社ゲンロン刊 東浩紀・阿部卓也・石田英軽・ イ・アレックス・テックァン・暦本純一 等編著「ゲンロン17」
pp.134-136より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4907188552
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4907188559

暦本純一: AI研究は時間の流れが速い。そのまま本にすると情報が古くなってしまうので、年末にあらためて対談を行いました。

落合陽一:「最新」を伝えてもどうせすぐに古くなる。むしろ一種のエスノグラフィーを目指しました。

清水亮:おっしゃるとおりAI研究の状況が日々目まぐるしく変わるなかで、あの対談はタイトルのとおり、とても普遍的な議論がなされているものでした。

暦本:要は「2023年ごろの人類はなにを考えていたのか」を残そうとしたわけです。ぼくも落合くんも。来年にはぜんぜんちがう考え方やアイデアを持っているかもしれません。それくらいAIの世界は日進月歩です。その意味で、この五月にハワイで開催されたCHI(Conference on Human Factors in Computing System)という国際学会は象徴的でした。ほんらいはグラフィックスや入出力デバイスを中心に、人間とコンピュータの関係をあつかう学会です。VRやマウス、キーボードのように、手や身体を使ってリアルタイムに操作するもののイメージですね。そんな身体的なインタラクションの牙城とも言える学会に、AI研究が突然大量に入り込んできたんです。

清水:AIはエージェントですから、人間が直接操作するものではありませんよね。

暦本:そうです。同じ学会の発表内容が、たった一年でここまで変わることはかつてなかったと思います。

落合:ぼくも参加しましたが、今年はLLM関連の発表ばかりでしたね。ただ困ったことに、採録は23年の9月だったので、実際に発表されるときにはどれも賞味期限が切れてしまっていました。

清水:なるほど、半年以上もまえの研究だからもう古くなっていたんだ。

暦本:たとえば「なぜLLMは‘‘Knowledge Navigator‘‘を作れないのか」という趣旨の発表がありました。「knowledge Navigator」は1987年にAppleが制作した映像作品で、そこではタブレット端末に搭載されたAIのエージェントが、ユーザーと流暢に会話する様子が描かれています。

清水:あの映像はとてもおもしろいですよね。約40年前の映像作品とは思えないほど未来を先取りしている。「なぜLLMは‘‘Knowledge Navigator‘‘を作れないのか」とはつまり「なぜAIはふつうに会話できないのか」ということですね。

暦本:そのとおりです。たしかに発表が採録された2023年の段階では、AIは「knowledge Navigator」ほど自然に会話できませんでした。しかし奇しくも当の発表の前日、2024年5月13日にChatGPT-40が公開されてしまった。あまりに自然に会話ができるので、みな衝撃を受けました。その翌日に「なぜAIはふつつに会話できないのか」という発表を聞くのは、なかなか気まずい体験でした。

落合:今回の工学系の発表は退屈でしたね。むしろ人間に焦点を当てた研究のほうがおもしろかった。「ロボット掃除機にあだ名をつけてしまうのはなぜか」とか「VRで飲み会をやるとふだんより酔いやすい」とか(笑)。

暦本:CHIはわりとなんでもありなので、そういうおもしろい発表もできます。地方で研究の対象や分野がきっちり決まっている学会が、このゲームチェンジに対応するのが大変かもしれません。

落合:もはや学会の存在意義そのものが謎ですよね。論文の発表を中心とするいまの学会のあり方は、19世紀に形成されたフォーマットです。しかしもはや、学会はほんらい行うべき知の交換と、根本的にスピード感があっていない。AIをめぐる現状はそれを可視化したように思います。

暦本:すぐれた研究は「arXiv」などでプレプリントをさきに読むから、学会はたんなる答え合わせの場になっていますよね。

清水:たしかに、ぼくもあの学会のあり方は疑問で、とくに査読がそうですね。いわゆるWorld-wide web論文や、ChatGPTを支える深層学習モデル「Transformer」を提案したAttention論文といった、重要な論文が査読で落とされた事例は少なくない。議論があまりにも先駆的だと、内容が正しいかどうかの判断がむずかしいですから。

落合:新しい情報やアイディアの交換はもうすべてX(旧Twitter)で済ませればいいんじゃないですかね。

暦本:もちろんそのほうがスピード感は出ますが、発表の場がウェブだけになると、発信力の強いプレイヤーだけが生き残ってしまう懸念もあります。まったく無名のひとがいい研究を発表しても、同時期に同じような内容をGoogleやMetaが公開してしまったら、そのひとの研究成果は埋もれてしまう。学会とは、どんな無名のひとでも研究の内容そのものを適切に評価しようとする、例外的なコミュニティです。とはいえ、非効率性や査読の正確性といった問題があるのはそのとおりなので、よしあしは慎重に検討しなければいけませんが。

清水:これからは自由で雑多な研究をテンポよく共有できるような、新しい学会のフォーマットが必要なのかもしれませんね。

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