2026年2月6日金曜日

20260205 株式会社講談社刊 東浩紀著「動物化するポストモダン」オタクから見た日本社会 pp.56-58より抜粋

株式会社講談社刊 東浩紀著「動物化するポストモダン」オタクから見た日本社会
pp.56-58より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4061495755
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4061495753

 大きな物語の凋落とその補填、というメカニズムは、もう少し視野を広げても位置づけることができる。20世紀の後半はそもそも、日本だけでなく、世界的に、二つの時代に挟まれた大きな変動期だった。50年代までの世界では近代の文化的論理が有力であり、世界はツリー型で捉えられていた。したがってそこでは必然的に、大きな物語がたえず生産され、教育されmまた欲望されていた。たとえばそのひとつの現われが学生の左翼主義への傾倒だった。

 しかし時代は60年代に大きく変わり、70年代以降は、逆に急速にポストモダンの文化的論理が力を強める。そこではもはや、おおきな物語は生産もされないし、欲望もされない。ところがこのような変動は、ちょうどその時期に成熟した人々に大きな負担を与える。なぜなら彼らは、世界そのものがデータベース的なモデルで動き始めているにもかかわらず、教育機関や著作物を通じて、古いツリー型のモデル(大きな物語への欲望)を植え付けられてしまっているからだ。結果としてこの矛盾は、特定の世代を、失われた大きな物語の捏造に向けて強く駆動することになる。ここでは詳しく述べないが、たとえば、70年代のアメリカで高まったニューサイエンスや神秘思想への関心、世界的に生じた学生運動の過激化などはそのひとつの結果だと考えられる。そして日本のオタク文化の台頭もまた、やはり同じ社会的背景を共有している。当時の第一世代のオタクにとって、コミックやアニメの知識や同人活動は、全共闘世代にとっての思想や左翼運動ときわめて近い役割を果たしていた。

大きな物語を必要としない世代の登場

 しかしそのような複雑な心理がいまでもオタク系文化を規定しているかといえば、それはまた別の問題である。むしろ筆者には、逆に、紺代からポストモダンへの流れは、進むにつれて、そのような捏造の必要性を薄れさせていくように思われる。というのも、ポストモダンの世界像のなかで育った新たな世代は、はじめから世界うぃデータベースとしてイメージして、その全体を見渡す世界視線を必要としない、すなわち、サブカルチャーとしてすら捏造する必要がないからだ。もしそうだとすれば、失われた大きな物語の補填として虚構を必要とした世代と、そのような必要性を感じずに虚構を消費している世代とのあいだに、同じオタク系文化といっても、表現や消費の形態に大きな文化が現われているに違いない。

 そして実際にその新しい傾向は、大塚の評論が発表されたあと、90年代の10年間でかなりはっきりと目に見えるものになってきた。90年代のオタクたちは一般に、80年代に比べ、作品世界のデータそのものには固執するものの、それを伝えるメッセージや意味に対してきわめて無関心である。逆に90年代には、原作の物語とは無関係に、その断片であるイラストや設定だけが単独で消費され、その断片に向けて消費者が自分で勝手に感情移入を強めていく、という別のタイプの消費行動が台頭してきた、この新たな消費行動は、オタク自身によって「キャラ萌え」と呼ばれている、後述のように、そこではオタクたちは、物語やメッセージなどはほとんど関係なしに、作品の背後にある情報だけを淡々と消費している。したがって、この消費行動を分析するうえでは、もはや、それら作品の断片が「失われた大きな物語」を補填している、という図式はあまり適切でないように思われる。

2026年2月3日火曜日

20260203 株式会社河出書房新社刊 イタロ・カルヴィーノ著 須賀敦子訳 「なぜ古典を読むのか」 pp.17-19より抜粋

株式会社河出書房新社刊 イタロ・カルヴィーノ著 須賀敦子訳 「なぜ古典を読むのか」
pp.17-19より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 430946372X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309463728

 古典とは、他の古典を読んでから読む本である。他の古典を何冊か読んだうえでその本を読むと、たちまちそれが「古典の」系譜のどのあたりに位置するものかが理解できる。

 この時点で私は、ひとつの決定的な問題、すなわち古典を読むことと、古典でないすべての他の読書とを、どう関連づけるかについては書かずにはいられない。つぎのような疑問が、この問題とかかわっている。「もっと根本的なところでわれわれの時代を理解するのに役立つ本を読まないで、なぜ古典を読めというのか」そして、「時事問題にかかわる印刷物がなだれのようにわれわれを圧し潰そうとするこの時代に、古典を読む時間や余裕はどこにあるのか」。

 一日のある部分を。ルクレティウスや、ルキアノスモンテーニュエラスムスケベードマーロウ方法序説ヴィルヘルム・マイスターラスキンプルーストヴァレリー、ときに気が向けば紫式部、あるいはアイスランド・サガなどを読むためだけに、「読書の時間」をもうけている幸福な人間を想像してみよう。それも、出たばかりの新装本の書評を書く仕事、教授資格をとるための論文執筆、契約でひきうけた編集の仕事の切迫した締切りなども、この人には関係ないとしよう。この幸福な人は自分が汚染されないために、読書のダイエットをきびしく守り、新聞を読むことも新刊小説や最近行われた社会調査の誘惑からも、つねに自分を守らねばならない。さて、このような厳格主義がどれほど正しいか、あるいは有益かは、一応、別の問題として措くことにする。時事問題のたぐいは月並で不愉快なものかもしれないけれど、前に進むにしても、後に退くにしても、とにかく自分がどこに立っているかを、わからせてはくれる。そして、古典を読んで理解するためには、自分が「どこに」いてそれを読んでいるかを明確にする必要がある。さもなくば、本自体も読者も、時間から外れた雲のなかで暮らすことになるからだ。古典をもっとも有効に読む人間は、同時に時事問題を論じる読物を適宜に併せ読むことを知る人間だと私がいうのは、こういった理由からである。そのためには、かならずしも内面の静寂を前提としない。忍耐が足りなくていらいらしているときも、なにかが不満でうんざりしているときでも、古典は読める。

 理想をいえば、時事問題その他は、窓のそとの騒音ぐらいに思えるのがいちばんいい。窓のそとでは交通渋滞や天候不順があることを知りながら、部屋にいて古典の言説の透徹した格調たかいひびきに耳をかたむける、というのが。しかし、音声をいっぱいにあげたテレヴィジョンみたいな時事問題の喧騒に満ちた部屋にいて、遠くに聞こえる轟音ほどに古典の存在を感じられるなら、それでもずいぶんとましなのである。

20260203 株式会社ゲンロン刊 東浩紀著「テーマパーク化する地球」 pp.165-167より抜粋

株式会社ゲンロン刊 東浩紀著「テーマパーク化する地球」
pp.165-167より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4907188315
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4907188313

 では、そもそも人文学とはなにか。さまざまな定義があるだろうが、筆者はそれを、反復不可能な歴史を扱う知と考える。他方で自然科学は、反復可能な事象を扱う知だと考える。より正確にいえば、反復不可能に見える現象を反復可能な相のもとで捉え返す、それこそが自然科学の本質だと考える。ダーウィニズムは歴史を扱うではないかと反論が来そうだが、吉川浩満が「理不尽な進化」で指摘したとおり、進化論はまさに反復可能性と反復不可能性の矛盾に切り裂かれた学であり、だからこそ逆に自然科学の本質を照らし出している。

 人文学者は、「この歴史」をたった一回の奇跡として受け取る。したがって、偶然としか考えられないような歴史の細部もすべて重視し、伝統の継承なしには前に進めないと考える。対して自然科学者は、「この歴史」を、無限の反復のなかの一例、統計のひとつのサンプルと解釈する。彼らにとって、本質は歴史ではなく歴史を産出する原理のほうであり、したがって、偶然の出来事はノイズとして排除すべきだし、教科書は新しければ新しいほどよいと考える。人文学と自然科学の制度や慣習のちがいは、基本的に歯この差異から帰結する。

 このように整理すればあきらかなように、人文学と自然科学は、どちらが正しいとか、どちらが優位とかいったものではない。人間は、普遍を認識することができるが、実存としてはただいちどしか生きることができない。人類は、普遍的な認識に到達することができるが、その認識へはひとつの歴史を通してしか到達しない。人文学と自然科学の「対立」は、このような人間の存在構造そのものにより生み出されたものであり、「学際的」云々によって乗り越えられるようなものではない。人間は、人文学だけで生きていけないのと同じように、自然科学だけでも生きていけない。そもそも自然科学はその本質において自律的ではない。反復可能な事象を扱う自然科学、それそのものが反復不可能な「ヨーロッパ近代」の産物でしかないという矛盾については、かつてフッサールが「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」で扱い、またデリダも、同書付録論文への長いコメンタリーである『「幾何学の起源」序説』で主題としている。

 さて、あらためて依頼された主題に立ち返るとするならば、それゆえ、人間が人間であるかぎり、人文学がなくなることはないというのが筆者の考えである。人類が、ただいちど「この歴史」のなかでしか文化を築けないかぎり、いくら自然科学が発達し世界の物理的制御力が増したとしても、人文学の伝統が消え去ることはない。かりに人間が生物学的には人間ではなくなり、意識が情報になり、記憶が反復可能になり、「わたし」の数が無限に増殖可能になったとしても、そのなかに「このわたし」がいるかぎり、文学や哲学がなくなることはない。その点で人文学の未来は保証されている。人文学を必要とする人間はかならずいる。ただし、その従事者が、これからも現在のような優遇された労働環境を享受し続けることができるか、前世紀までのような社会的影響力をふたたび回復することができるのかといえば、それは保証のかぎりではない。

 人間が人間であるかぎり、人文学がなくなることはない。それは裏返せば、自分が人間であることに気づかない人間にとっては、人文学はほとんど価値がないということである。そして、いつの時代も、たいていの人間は自分が人間であることに気づいていない。

20260202 株式会社岩波書店刊 亀山郁夫著「ショスタコーヴィチ:引き裂かれた栄光」」 pp.364-365より抜粋

株式会社岩波書店刊 亀山郁夫著「ショスタコーヴィチ:引き裂かれた栄光」」
pp.364-365より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4006023715
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4006023713

 1957年、すなわちロシア革命40周年の記念すべき年、ショスタコーヴィチは、第一次ロシア革命を描写的に描く交響曲11番を完成させる。その初演は、同年10月30日、N・ラーフリン指揮、ソヴィエト国立交響楽団の演奏によって行われた。スターリン亡き時代にあって、この交響曲が、その長大さにもかかわらず、革命20周年を記念する交響曲第5番ほどの複雑な内面性をもたなかったことは明らかである。他方、20世紀初頭の革命歌をふんだんに使用した第4楽章は、文句なしに祝祭の音楽と意味づけることができるもので、そのメッセージ性の高さからしてめざましい成功を収めることができたのは当然のことだった。初演からまもなく開かれた作曲家同盟の会議でも、「けたはずれのリアリスティックな力強さを感じさせる作品」との評価が与えられた。

 全体で4つの楽章からなっており、それぞれの楽章に標題がついている。 

 第1楽章「宮殿前広場」は1905年1月9日(ユリウス暦)に起こった「血の日曜日」事件の不気味な予感を漂わせる音楽で、革命歌「開け!」を引用しつつ、革命前夜の不穏な空気を伝える」。アレグロによる第2楽章は。「1月9日」と題されており、低弦による不気味なうごめきが、民衆の行進を描き出す。ドルマトフスキーの詩につけた「革命詩人による10の詩」から第6曲「1月9日」の自己引用がなされ、トランペットの合図によって皇帝軍による虐殺の場面が描かれるが、弦楽器とチェレスタによる音楽はまさに葬送とレクイエムのシンボルと見ることができる。これは、エイゼンシテインの映画「戦艦ポチョムキン」の名場面「オデッサの階段」の伴奏として使用され大きな注目を浴びた。周知のように、「永遠の記憶」と題された次の第3楽章では、二つの革命歌(「同志は斃れぬ」「こんにちは、自由の自由なる言葉よ」)が引用され、力強いクライマックスを迎えたあとに再びレクイエム風の音楽に戻る。第4楽章「警鐘」は、金管楽器による革命歌「狂うがよい、暴君どもよ」、次いで「ワルシャワ労働歌」が使用され、炸裂する音楽ののち最後は帝政ロシアへの警鐘によって閉じられる。

 いかに内面的な複雑さを持たない音楽でも、ショスタコーヴィチにおいてはつねに「二番底」の存在を疑ってかからなくてはならない。十月革命40周年という記念すべき年にふさわしい音楽として、1905年がテーマとして取り上げられること自体、さして問題はない。しかし、この革命がそもそも挫折した革命であることを彼はどう受け止めることができたのだろうか、しかもこの曲が書かれる前年にハンガリー事件が起こり、ショスタコーヴィチ自身が知人を介してその事件の内実にかなり深く通じていた事実もある。

2026年1月25日日曜日

20260125 ローヤルゼリーと朝鮮人参から思ったこと

 2026年1月も終盤に入り、首都圏も厳しい寒波のただ中にあります。氷点下に近い気温と乾燥した空気が心身を芯から凍えさせるようなこの時季になりますと、我々は、古来より滋養強壮効果があるとされてきたローヤルゼリーや朝鮮人参などに、自然と関心が向くのではないでしょうか。

 しかしながら、そもそも何故、これらに滋養強壮効果があるのかと考えてみますと、そこには、薬学や栄養学といった、いわゆる理系学問的な知見を超えた、自然界における摂理や、東アジア地域に連綿と受け継がれてきた民俗文化の古層に通底する、ある種の観念のようなものが見えて来るのではないかと思われるのです。

 まず、ローヤルゼリーについて考えてみますと、一つの巣を形成する蜜蜂の社会において、すべてのメスの幼虫は、遺伝子的には同一であると云えます。しかしながら、その中で選ばれた一匹のメスの幼虫だけが、多くの「働き蜂」からローヤルゼリーを捧げられ、やがて女王蜂となるのです。このローヤルゼリーとは、働き蜂が花粉や蜜を摂取し、代謝・再構成したうえで、頭部にある腺から分泌する、女王蜂となるための特別な物質であると云えます。そして、これを摂取し続けたメスの幼虫だけが、通常は数週間で終わるはずの寿命を劇的に延伸させ、毎日数千個の卵を産み続ける「女王蜂」へと変容を遂げるのです。

 この変容とは『一つの生命体の集団が、その存続をはかる中で、働き蜂たちが自らの生命を削り、分泌されたエネルギーの結晶とも云えるローヤルゼリーにより為される』とも云えるのではないでしょうか。

 そしてまた、これと類似した様相は、植物界においても認められます。朝鮮人参は、その生育過程において、土壌中の養分を、収奪と表現しても差し支えないほど徹底的に吸収し蓄積します。また朝鮮人参は、山深い日陰といった、一般的には植物の生育にとって好ましくないとされる過酷な環境において、十数年という長い歳月をかけて、きわめて緩慢に成長します。そして、その過程において厳しい環境ストレスから守るための「防御成分」が、次第に蓄積・濃縮されていくのだと云えます。

 ここで、両者に共通して重要であるのは、こうした人体にとって薬効となる成分とは、「最適化された快適な環境」においては、むしろ生じ難いという点です。ローヤルゼリーが、群れの存続や維持といった強い「緊張」の中で分泌されるのと同様に、朝鮮人参も、仮に栽培環境を最適化すれば、収量そのものは増加するのかもしれませんが、その薬効は著しく減弱してしまう可能性が高いと云えます。

 そうしたことから、「単に生存すること」と、「ある特有の力(薬効)を宿すこと」とは、しばしば反比例の関係にあるのではないか、とも思われるのです。これを換言しますと、集団存続の危機、あるいは環境との緊張関係といった深刻な摩擦の中においてこそ、こうした「特有の凝縮された力」は生じるのではないでしょうか。

 そしてまた、この「環境との緊張関係が特有の力を生む」という構造は、我々の精神活動、ことに才能や創造性の成立過程にも対応するのではないかと思われます。

 我々の能力には、社会生活を円滑に営むための「一次的な能力」と、環境との摩擦や違和感の中から成立する「二次的な能力」が存在すると云えます。読み書きや計算、社会適応力などが前者に属するとすれば、深い洞察や表現力、創造性といったものは、後者に位置づけられるでしょう。

 そして、これは私見ではありますが、後者に属する能力とは、多くの場合、整備された快適な環境において十分に育まれることは少なく、むしろ、容易には適応し難い困難な状況や、長い試行錯誤を強いられる時間の中で、自らの精神が押し潰されぬよう抵抗しつつ、内側に「意味」を蓄積していくような過程を経て、成立することが多いのではないでしょうか。

 こうした様相を踏まえて芸術について考えてみますと、芸術が扱うものとは、必ずしも明晰な理論ではなく、我々の内部に保存された「生の緊張の様相」そのものであると考えられます。それは、葛藤や執念といった混沌とした要素であり、それらがさまざまな形式の芸術作品として顕現することで、はじめて、作成者である個人を超え、普遍的な力として他者に作用を及ぼすのではないでしょうか。その意味で、芸術作品もまた、ローヤルゼリーや朝鮮人参と同様、周囲のさまざまな摩擦を引き受けた時にこそ、その真の力を獲得し、発揮するのではないかと思われるのです。

 あるいは、この「快適ではなく、摩擦や緊張のある環境が力を凝縮させる」という考え方は、我が国の西日本の一部地域において見られた犬神信仰の背景とも、通底する要素を有しているのではないかとも考えさせられます。犬神信仰とは、牡犬を首だけ地上に出した状態で地中に埋め、何も与えず、極限の飢えという苛烈な緊張状態を人為的に作り出し、その呪力を最大化できると信じられていた呪術の様式です。これは、(犬の)生命を快適さから強制的に引き剥がし、限界にまで追い込むことで、超常的な霊力の獲得を試みるものであったと考えられます。

 また、こうした呪術は、大陸由来の「蠱毒」に見られるような、閉鎖空間における生存競争によって負のエネルギーを濃縮させる観念と、南方から黒潮に乗って伝来したとされる精霊信仰とが、我が国の文化風土の中で融合した結果である可能性も指摘されています。おそらく古人は、過酷な環境こそが真に「効く」力を生成させる、という、現代を生きる我々の感覚からすれば到底容認し得ない、残酷で峻厳な認識を、自然環境の観察を通じて身体感覚として持っており、そこから、先述の犬神信仰のような観念も伝えられていったのではないかと思われます。

 そしてまた、このような文脈において「伝統」とは、単に保存された情報の集積ではありません。それは、過去から現在、そして未来へと受け渡されていく「緊張の記憶」そのものであるのではないでしょうか。その意味で、伝統芸能や職人の技術が、厳しい規律や「型」という不自由さを要請するのは、そうした摩擦の生じる環境においてのみ、凝縮された力が生成されることを、経験的に知っていたからであるようにも思われます。

 最適化され、容易に獲得された知識は、往々にして早々と消費され、忘れ去られてしまいます。しかし、緊張を伴いながら継承された知識や知恵は、長く、深く、人の心に作用し続けるように思われますが、さて、実際のところは、どうなのでしょうか。

そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。

一般社団法人大学支援機構

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ISBN978-4-263-46420-5

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どうぞよろしくお願い申し上げます。




2026年1月22日木曜日

20260121 中央公論新社刊 陸奥宗光著「蹇蹇録」 pp.3‐5より抜粋

中央公論新社刊 陸奥宗光著「蹇蹇録」
pp.3‐5より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 412160153X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121601537

 この時にあたりてわが邦は正に議会閉会中にして、衆議院は例により政府に反対するもの多数を占め種々の紛争を生じたれども、政府はなるべく寛容して衝突を避けんことを試みたりしに、六月一日に至り衆議院は内閣の行為を非難するの上奏案を議決するに至りたれば、政府は止むを得ず最後の手段をとり議会解散の詔勅を発せられんことを奉請するの場合に至り、翌二日、内閣総理大臣の官邸において内閣会議を開くこととなりたるに、たまたま杉村より電信ありて朝鮮は援兵を清国に乞いしことを奉じ来たれり。これ実に容易ならざる事件にして、もしこれを黙視するときはすでに偏傾なる日清両国の朝鮮における権力の干繋をしてなおいっそうはなはだしからしめ、わが邦は後来朝鮮に対しただ清国のなすがままに任するのほかなく、日韓条約の精神も、ために或は蹂躙せらるるの虞れなきにあらざれば、余は同日の会議に赴くや、開会の初めにおいてまず閣僚に示すに杉村の電信をもってし、なお余が意見として、もし清国にしてなんらの名義を問わず朝鮮に軍隊を派出するの事実あるときは、わが国においてもまた相当の軍隊を同国に派遣し、もって不虞の変に備え、日清両国が朝鮮に対する権力の平均を維持せざるべからずと述べたり。閣僚みなこの議に賛同したるをもって、伊藤内閣総理大臣は直ちに人を派して参謀総長熾仁親王殿下および参謀本部次長川上陸軍中将の臨席を求め、その来会するやすなわち今後朝鮮へ軍隊を派出するの内議を協え、内閣総理大臣は本件および議会解散の閣議を携え直ちに参内して、式により聖裁を請い、制可のうえこれを執行せり。

 かく朝鮮国へ軍隊を派遣するの議、決したれば、余は直ちに大鳥特命全権公使をして何時たりとも赴任するに差支えなき準備をなさしめ、また海軍大臣と内議して、同公使を軍艦八重山に搭じ、同艦には特に海兵若干を増載し、かつ同艦および海兵はすべて同公使の指揮に従うべき訓令を発せしむることとなし、また参謀本部よりは第五師団長に内訓し同師団中より若干の軍隊を朝鮮に派するために、至急出師の準備をなすべき旨を命じ、またひそかに郵船会社等に運輸および軍需の徴発を内命し、急遽の間において諸事もっとも敏捷に取り扱いたり。かかる廟算は外交および軍事の機密に属するをもって世間未だ何人もこれを揣測する能わず。而して政府の反対者は廟議すでにかく進行せしを悟らず、しきりにその機関新聞において、もしくは遊説委員をもって朝鮮に軍隊を派遣するの急務なるを痛論し、はげしく政府の怠慢を責め、もって議会解散の余憤を洩らさんとせり。

 廟議すでにかくのごとく決定したり。然れどもこれを実地に執行するにおよんでは、時に臨み機に投じ国家の大計を誤るなきを期せざるべからず。ゆえに政府は慎重の議を尽くし、さらにその方針を確定せり。すなわち、日清両国がおのおのその軍隊を派出する以上はいつ衝突交争の端を開くやも計り難く、もしかかる事変に際会せばわが国は全力を尽くして当初の目的を貫くべきは論を待たずといえども、なるべく平和を破らずして国家の栄誉を保全し日清両国の権力平均を維持すべし、またわれはなるたけ被動者たるの位置をとり、つねに清国をして主動者たらしむべし、またかかる一大事件を発生するや、外交の常習として必ず第三者たる欧米諸国のうち互いに向背を生ずることあるべきも、事情万已むを得ざる場合のほかは厳に事局を日清両国の間のみに限り、努めて第三国の関係を生ずるを避くべし、とはその要領なりき。この廟算は初め伊藤総理と余との熟議に成り、特に多くは伊藤総理の意見に出て当時の閣僚はみなこれを賛襄し、聖裁を仰ぎたるものなれば、日清交戦中わが政府は始終以上の主義をもって一貫せんことを努めたり。

2026年1月20日火曜日

20260120 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田 裕之訳「21 Lessons ; 21世紀の人類のための21の思考」pp.127-130より抜粋

 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田 裕之訳「21 Lessons ; 21世紀の人類のための21の思考」pp.127-130より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4309467458
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309467450 

マーク・ザッカ―バーグがオンラインで人類を統一することを夢見ているのに対して、オフラインの世界で最近起こっている出来事は、「文明の衝突」という見方に新しい命を吹き込んでいるように見える。多くの有識者や政治家や一般市民は、シリアの内戦やイスラミックステート(イスラム国)の台頭、ブレグジット騒動、EUの不安定な状態はみな、「西洋文明」と「イスラム文明」の衝突に起因すると信じている。西洋がイスラム諸国に民主主義と人権を押しつけようとしたため、イスラム教の暴力的な反発を招き、イスラム教徒の移民の波とイスラム教徒によるテロ攻撃が相まって、ヨーロッパの有権者は多文化の夢を捨て、外国人を嫌って地元のアイデンティティを優先する道を選んだというわけだ。

 文明の衝突という見方によれば、人類はこれまでずっとさまざまな文明に分かれて暮らしてきており、異なる文明に属する人々は、相容れない世界観を持っているという。これらの相容れない世界観のせいで、文明間の争いは避けられない。自然界では冷酷な自然選択の法則に従ってさまざまな種が生存競争を繰り広げるのとちょうど同じで、文明は歴史を通して衝突を繰り返し、適者のみが生き延びてきたのだ。自由主義の政治家であれ、空想にふける技術者であれ、この厳然たる事実を見過ごす人は、重大な過ちを犯している。

 「文明の衝突」という見方には、広範に及ぶ政治的意味合いがある。この見方を支持する人は、以下のように主張する。「西洋」と「イスラム世界」との折り合いをつけようとする試みはすべて失敗に終わる運命にある。イスラム諸国はけっして西洋の価値観を採用しないし、西洋諸国はイスラム教徒の少数派をけっしてうまく受け容れることはできない。したがって、アメリカはシリアやイラクからの移民を入国させるべきではないし、EUは異文化の共存という誤った考え方を捨て、平然と西洋のアイデンティティを掲げるべきだ。長期的には、たった一つの文明だけが自然選択の情け容赦ないテストを生き延びるのであり、ブリュッセル〔訳注 EUの本部の所在地〕の官僚たちが西洋をイスラム教の危険から救うのを拒否したら、イギリスやデンマークは、独自にそうしたほうがいい。

 この見解は広く支持されているものの、誤解を招きやすい。イスラム原理主義は現に過激な難問を突きつけてくるかもしれないが、イスラム原理主義が挑んでいる「文明」は、西洋独特の現象ではなく、グローバルな文明だ。だからこそ、イスラミックステートに対抗してイランとアメリカが手を結んだのだ。そして、イスラム原理主義者たちでさえ、中世の幻想にあれほど浸っているにもかかわらず、七世紀のアラビアよりも現代のグローバルな文化にはるかにしっかりと根差している。彼らは、中世の農民や商人の恐れや希望にではなく、現代の疎外された若者の恐れや希望にうまくつけ込んだり応じたりしている。パンカジ・ミシュラとクリストファー・デ・ベレイグが説得力を持って主張しているとおり、過激なイスラム原理主義者たちはムハンマドだけではなくマルクスやフーコーにも大きな影響を受けており、彼らはウマイヤ朝やアッバース朝の支配者ばかりでなく、十九世紀ヨーロッパの無政府主義者の遺産も受け継いでいる。したがって、イスラミックステートでさえも、どこかの謎めいた異質の系統の分枝というよりもむしろ、私たち全員が共有するグローバルな文化の、正道を逸脱した枝と見るほうが正確だ。

 さらに重要なのだが、「文明の衝突」という見方を支えるために、歴史と生物学の類似性を想定するのは間違っている。小さな部族かた巨大な文明まで、人間の集団は根本的に動物の種とは違うし、歴史上の争いは自然選択の過程とはおおいに異なる。動物の種は何千世代にもわたって存続する客観的なアイデンティティを持っている。あなたがチンパンジーかゴリラかは、あなたの信念ではなく遺伝子次第であり、異なる遺伝子が異なる行動を左右する。チンパンジーはオスとメスが混ざった集団で暮らす。彼らはオスとメスの両方から支持者を集めて連合を確立することで権力を競う。それとは対照的に、ゴリラの場合には一頭の支配的なオスが複数のメスから成るハーレムを形成し、自分の地位に挑みかねない他の大人のオスはみなたいてい追い払う。チンパンジーはゴリラのもののような社会体制は採用できないし、ゴリラはチンパンジーのようには自らを組織できない。そして、私たちの知るかぎりでは、チンパンジーとゴリラのそれぞれ特徴的な社会制度は、過去数十年どころか、何十万年にもわたってまったく変わっていない。

 ところが、人間の場合はまるで違う。たしかに人間の集団も明確な社会制度を持ちうるが、それらは遺伝的に決まるわけではなく、数世紀以上存続することはめったにない。たとえば、二〇世紀のドイツ人を考えてほしい。一〇〇年にも満たぬ間に、ドイツ人は自らを六つの非常に異なる制度に組織した。ホーエンツォレルン帝国、ワイマール共和国、第三帝国、ドイツ民主共和国(共産主義の東ドイツ)、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)、そして最後が再統一された民主主義のドイツだ。もちろんドイツ人は同じ言語とビールとブラートブルスト〔訳注 ドイツの国民的なソーセージ〕を愛する気持ちを持ち続けた。だが、ドイツ国民を他のあらゆる国民と区別し、ヴィルヘルム二世の時代からアンゲラ・メルケルの時代まで変わらなかったドイツ人ならではの本質など、あるだろうか?そして仮にあなたが何か思いついたとして、それは一〇〇〇年前、あるいは五〇〇〇年前にもあっただろうか?

2026年1月19日月曜日

20260119 東浩紀による新著『平和と愚かさ』を読んで思ったこと

東浩紀氏による新著「平和と愚かさ」で述べられる「平和」とは、昨今の不安定な世界情勢の中で多く論じられるような、正義の完遂や政治的安定といった観念的な地平を指すものではなく、むしろそれは、政治や戦争について考えを巡らせる必要性すらない、いわゆる「平和ボケ」の中に安住し得る状態を指していると云えます。

昨今の我が国において「平和ボケ」という言葉は、危機意識の欠如を意味する否定的な文脈で用いられることが多いと云えます。しかし東氏は、本著においてこの状態に積極的な価値を見出し、メタ的に「思考しなくても良い自由」という核心を突こうとしているように思われます。

また、本著のもう一つの鍵となる「愚かさ」も、単に知的能力の不足や欠如を意味すると云ったものではありません。ここで東氏が指摘しているのは、正義や平和をめぐる思考が明晰化され、論理の連環が強固になればなるほど、かえって対立は先鋭化し、戦争という「合理的解決」へと収束してしまうのではないかという、逆説的なジレンマです。

たとえば「戦争を止めるべきだ」という主張が正論であったとしても、それを論理的に徹底し、あらゆる反論を封殺しようとすれば、最終的には「敵を殲滅する以外に平和への道はない」といった極端な帰結を招きかねません。つまり、論理性とは往々にして、我々を逃げ場のない闘争へと追い込む、チキンレースのような側面を持っていると云えます。

それを踏まえますと、本著で説かれている「愚かさ」とは、こうした論理性の否応のない進展を意識的に抑制しようとする態度であり、事実と論理性のみで全てを判断しようとする現代的な知的態度に対して、敢えて「考えないで済む領域」の重要性を説いているのだと理解出来ます。

また、平和や正義を強く論理化しようとする行為態度は、現代社会における「効率性(コストパフォーマンス)」の追求とも不可分であると云えます。効率を最大化し、無駄を徹底的に削ぎ落とした先にあるのは、数値化はし得ないものの充実した生の営みや、曖昧な情緒性の排除です。そして戦争もまた、究極的には政治的なコスト計算の帰結として選択される「解決策」という側面を持っています。もし我々が、あらゆる事象を論理性と効率性のみで判断しようとするのであれば、どこかで「究極的な破壊」が合理的な選択肢となる危険性を否定することは出来ません。

こうした視座から、本著での東氏の見解は、その手前で踏み止まり、言語化し得ない日常の喜びを享受出来る「余白」を維持することの重要性に集約されていると云えます。それは、効率化一辺倒の現代文明に対する、極めて根源的な批判でもあります。

さらにこの見解は、社会における「無用の用」の再評価とも評し得ます。我々が常に政治や平和について考える必要がなく、むしろ、それらの思考から解放され「考えないで済む領域」が確保されていること自体が、その社会の平和の程度を測る一つの指標となるのです。

もっとも、東氏は「考えないで済む状態」を無条件に称揚しているわけではありません。為政者や考える必要性のある方々が思考を放棄してしまえば、社会の秩序は容易に崩壊します。その意味で、東氏の議論は単純な非武装論や、政治的無関心の免罪符とは一線を画しています。本著で述べられる「愚かさ」とは、単に思考を止めることではなく、思考そのものが孕む「暴力性」を自覚し、それを出来るだけ自然に抑制しようとする態度であると解釈するのが妥当でしょう。

加えて、本著の重要な洞察の一つは、「平和」と「反戦」の峻別にあります。東氏の定義によれば、「反戦」とは戦争に対抗する能動的な政治行為であり、そこには常に「敵」や「対立」の構造が伴います。これに対して「平和」とは、そもそも戦争という概念が意識の遡上にすら上らない、忘却された状態を指します。

ここから「平和は思考不可能であり、記述不可能である」という逆説が導かれます。「私たちは今、平和だ」と言語化した瞬間、その平和は他者との比較や訂正可能性に晒され、政治的議論の客体へと変質してしまいます。平和とは、幸福と同様、語ろうとした瞬間に手の中から零れ落ちていく性質のものなのです。

『平和と愚かさ』は、読者に対して明快な結論や指針を提示する種類の著作ではありません。紀行文を思わせる比較的柔らかなその文体は、読者に思考の速度を落とさせ、読んだ文章の内容を自らのペースで咀嚼・反芻する時間を与えてくれます。

スピードと効率性が求められ、SNS等で「レスバ」や「論破」の応酬が繰り広げられる、末世とも見える現代社会において、東氏の「読み手に委ねる」という態度そのものが、ある種の洗練された思想的実践であるようにも感じられました。

平和を声高に主張することにより、却って平和を壊してしまう我々自身の「思考の型」を自覚し、正義を掲げる熱によって、私たちはあまりにも多くの「日常にある余白」を焼き払ってきたのではないでしょうか?失われてしまった、そうした場所を示し、今なお過熱し続ける世界に水を差すことこそが、本著の持つ大きな価値であると思われました。

そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。

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2026年1月10日土曜日

20260110 興味関心が時間を掛けて文章化に至るまで

年末年始にかけて、ベートーヴェンの交響曲第九番、ならびにベネズエラでの事案を題材にブログ記事を作成しました。いずれも私の専門分野ではなく、その意味では門外漢による文章であると云えます。そのためか、普段の投稿記事に比べて、やや否定的な受け止め方も目についたように感じられました。しかし、実際、それが、どの程度であるのかは慎重に見なければならず、そこには私自身の受け取り方も含まれているのかもしれません…。

とはいえ、冒頭二つの題材は、決して思いつきで選んだものではありません。ベートーヴェンの第九については、以前からなぜか惹かれており、中学生の頃に初めて購入したクラシック音楽のCDもこの楽曲でした。その後も指揮者やオーケストラの異なる録音盤をいくつも聴き、また、本楽曲が印象的に多用されたスタンリー・キューブリック監督『時計仕掛けのオレンジ』も興味深く何度も視聴しました。さらに大学一年生の時には第九の合唱に参加する機会があり、身体を通じて、この楽曲に触れた経験もあります。そして、昨年12月28日に上野の東京文化会館で第九の演奏会に出席させて頂いた折、こうした記憶が改めて励起され、それが記事作成につながったのだと云えます。

また、新年1月3日のベネズエラでの事案についても、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻から、背景や文脈を理解するために国際関係論や近現代史の書籍を継続的に読んできました。そして、その中にはベネズエラの状況に触れるものもあり、強い関心を抱き続けてきたとまでは云えないにせよ、多少の前提知識は蓄積されており、そこで、今回の事案に際して思うところもあり、ブログ記事題材として取り上げたのだと云えます。

それでも、専門外の分野を題材として文章を公表する行為は、我が国ではしばしば「越権」あるいは「付け焼き刃」と見なされ、白眼視されることもあります。しかし「専門ではない」ということと「何の知見の蓄積もない」ということは、必ずしもイコールではありません。専門性は、職業的訓練や研究成果などによって可視化されますが、知的関心の持続や思考の蓄積は、肩書や業績として表面化しない場合も多々あります。また、専門家でないからこそ、特定の学派や内部での言語世界に拘束され過ぎず、事象を一定の距離をもって捉え直せることもおおいにあり得ます。もちろん、その際には断定を避け、問いとして提示するような慎重さが必要であるとは考えますが...。

しかし、そうした慎重さとは、沈黙を選ぶ理由にもなりません。文章を作成するという行為は、おそらく、他者に結論を押しつけるためではなく、自らの中で持続してきた興味関心あるいは疑問を整理し、言語化する作業でもあると考えます。そして、さきの両記事も、そうした試みとして作成したものと云えます。無論、読んでくださった方々すべてに受け入れられることを期待しているわけではありません。ただ、これらの文章が単なる思いつきではなく、ある程度の時間をかけて培われた興味関心の延長線上にあることは、出来ましたら、ご理解頂ければと思います。

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2026年1月5日月曜日

20260104 今回のベネズエラ情勢から想起された「バナナ共和国」について

今回一連のベネズエラ・ボリバル共和国(以下、ベネズエラ)をめぐる報道に接し、久しく意識することのなかった「バナナ共和国(banana republic)」という言葉を思い出しました。以前、 ユヴァル・ノア・ハラリ の著作でこの言葉を知り、その語感の面白さから調べたところ、それが単なる蔑称ではなく、特定の歴史的・政治的構造を的確に表現したものであることを知りました。また、この言葉を創案したのが、ジャーナリストでもあった短編の名手と称される米国の作家 オー・ヘンリー であったことにも、当時は少なからず驚かされました。

「バナナ共和国」とは、特定の一次産品の生産に国家経済が依存し、外国資本と結びついた買弁的支配層が国家の主要な意思決定を左右する体制を指します。こうした国家は形式上は独立国であっても、実質的な主権は国外勢力に握られていることが少なくありません。そしてこの言葉が、今年初頭のベネズエラをめぐる一連の報道を通じて、あらためて想起されたのです。

今回、米軍が首都カラカスで実施した「真夜中のハンマー作戦(Midnight Hammer operation)」は、現職国家元首の身柄拘束を目的とする典型的な斬首作戦でした。長期間にわたる情報収集、通信・電力・情報網への事前侵入と遮断準備、さらには現地勢力への黙認工作などにより、ベネズエラ側に本格的な反撃の機会は与えられず、作戦は短時間で実行され、当初の目的は達成されました。

この成功は、2022年以来続く第二次露宇戦争におけるロシア軍の初動と対照的です。ロシア軍も当初、首都急襲による政権中枢の無力化、すなわち斬首作戦を志向しましたが、首脳の身柄拘束には至らず、ウクライナ軍の頑強な抵抗に直面して失敗し、戦争は長期化しました。

一方、今回のベネズエラでの米国による斬首作戦は成功したため、大規模な戦争は回避されました。その成否を分けたのは兵器の性能ではなく、作戦設計です。米国は目的を「政権転覆」ではなく「元首の身柄確保」に限定し、占領や統治を前提とせずに軍事行動を完結させました。さらに、その後の処理を国内の刑事司法手続に接続することで、軍事行動を「法執行」として再定義しました。

しかし同時に、この成功は国家主権という国際秩序の根幹を揺るがすものでもあります。他国の元首を軍事力によって拘束し、自国の司法制度に組み込む行為は、主権が事実上、力によって書き換えられたことを意味します。加えて、資源管理を含む暫定的な統治関与が示唆されたことで、ベネズエラは再び外国勢力の管理下に置かれる構図へと近づいたと云えるでしょう。

ここで「バナナ共和国」という言葉は、単なる歴史用語ではなく、現在の情勢を理解するための分析枠組みとして立ち上がってきます。独裁的元首の排除と秩序回復が掲げられる一方で、国家の富と意思決定が外国の管理下に置かれるのであれば、それは名称の如何を問わず、従属構造にほかなりません。

この事態を最も深刻に受け止めているのが、カリブ海地域の反米的国家、とりわけキューバです。長年ベネズエラ産石油に依存してきたキューバにとって、その供給源が米国の管理下に入ることは、経済問題にとどまらず体制存続に直結します。ベネズエラで起きたことが前例となれば、次は自国ではないかという警戒感が強まるのは自然な流れです。

他のカリブ海諸国や中南米左派政権もまた、表立った対抗を控えつつ、外交姿勢の再調整や域外大国との関係改善を通じ、間接的な牽制に動く可能性があります。中南米諸国は、かつてのモンロー主義を想起させる米国の行動を前に、静かな緊張状態に入りつつあると考えられます。

独裁体制の崩壊がベネズエラ国民に一定の希望をもたらす可能性は否定できません。しかし、その過程で国家主権が大きく損なわれたこともまた事実です。斬首作戦という戦術的成功の先に、いかなる戦略のもとで政治体制と秩序が再構築されるのか。この一連の報道を通じて「バナナ共和国」という言葉が想起されたのは、その問いが再び現実のものとなったからにほかなりません。

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2026年1月3日土曜日

20260103 2026年初投稿記事:最近の読書から思ったこと

新年を迎え、すでに3日間が経過しましたが、当ブログの方は、昨年12月29日分の投稿から更新はしていません。しかしながら、この間の年末年始の期間を振返りますと、この期間に、新たに入手したものや積読状態であった書籍を比較的落ち着いて読み進めることが出来ました。とりわけ、12月24日に届いた東浩紀による「平和と愚かさ」は、500頁近い文量ではありますが、読み始めてみますと、著者の文体に乗せられるのか、比較的スムーズに読み進むことが出来、現在、300頁ほどまでに至りました。本著作は、戦争や国際政治などを正面から論じるというよりも、著者が訪問した世界各地の風景や施設から、それぞれの歴史や文化について論じ、そこから平和について論を立てる、いわば、紀行文的な体裁の思想文であり、平易とは云い得ませんが、比較的読み易い文章であると云えます。また、そのなかの「我々が政治について語りすぎていること自体が、かえって平和から遠ざかっているのではないか?」という問題提起は、我々に即断を促すものではなく、むしろ、それ以前にある、いわばメタな考えを、より地に足の着いたものへと導くことを企図したものであるように思われました。

また、もう一つの読み進めている著作である伊藤之雄著、中公新書の「元老」は、現在の我が国の状況と、どこか通底するものがあるのではないかと思いつつ読み進めています。当著作は、明治維新から昭和初期にかけての我が国の政治を題材としていますが、そこで改めて意識させられるのは、戦前の我が国における元老という存在が、制度として明文化されていなかったにもかかわらず、実質的には政治の均衡を支える重要な役割を果たしていたと云う点です。元老は、大日本帝国憲法に規定された制度ではなく、特に法的な権限を持つ存在でもありませんでした。それでも首相奏薦を通じて、政党政治と天皇制、さらには軍部とのあいだに介在する、非公式な調停装置として機能していた側面があったことは否定出来ません。

繰り返し、元老は、戦前の大日本帝国憲法に規定された公的制度ではなく、その権能や資格、待遇が明文化された存在でもありませんでした。にもかかわらず、天皇の輔弼という立場から、内閣総理大臣の奏薦をはじめとする国家の重要事項に参画し、事実上、政権形成に大きな影響力を持っており、実際、天皇は元老が奏上した首相候補を拒否した例はなく、大命降下は実質的に元老の判断に基づいていたと理解されています。

とはいえ、元老は常に一体として行動していたわけではなく、その政治的な働き掛けは、元老各個人の判断と人脈に依存する側面が強かったことも指摘されています。つまり、元老は内閣の安定を支えようとする一方で、場合によっては倒閣に動いた例もあり、元老の影響力は必ずしも一方向的なものではありませんでした。にもかかわらず、軍、政党、官僚、そして天皇制とのあいだに介在し、直接的な衝突を和らげる「非公式な調停装置」として機能していました。

最後の元老であった 西園寺公望 は、昭和15(1940)年に亡くなっていますが、その時まで元老や元老制度が十分な影響力を保持していたわけではありません。既に1930年代後半には、元老の政治的影響力は著しく低下していました。それでもなお、最後の元老、西園寺の死により、明治維新以来からの政治的慣行が名実ともに終焉したことが、太平洋戦争開戦に至る遠因の一つであったとする指摘もあります。

軍部大臣現役武官制や統帥権干犯問題、昭和恐慌からの政党政治への不信、国際情勢の緊張化など、戦前の我が国が軍国化への傾斜を強めるには、複数の要因が重なっています。しかし、それらの過程のなかで、軍や政治の暴走を非公式にではあれ、抑制し得る機能を持つ存在が失われてしまったことは、結果として、その後の軍国化への歯止めを弱めたと云えるでしょう。

また、戦前の国民が「元老ではなく軍部を信頼した」と単純に判断することにも注意が必要です。当時、元老とは国民にとって可視的な存在ではなく、また、可視的な存在による政党政治の方は汚職、不祥事や分裂などで国民からの信頼を失っていました。その結果、消去法の様に、軍が秩序や強さを体現する存在として国民に認識され、支持を集めるといった構図が形成されたのであり、それはいわば、国民が積極的に軍部を選択したというよりも、他に信頼できる政治の担い手を見つけることが出来なかったというのが、実態に近いと思われます。

そして、こうした構図とは、決して過去にのみ当てはまるものではありません。現代の我が国社会においても、ネット環境の向上、SNSの普及などにより、情報の流通速度は飛躍的に高まりましたが、その一方で、既存メディアや政治への不信は、むしろ強まりつつあるように見受けられます。そして、その背景の一部には、面倒な調整や専門的知見に基づく判断よりも、分かり易く、強い断定調の言葉の方が支持を集め易いといった時代を通じて共通する我が国の事情や構造といったものがあるのではないかとも思われるのです。

もちろん、現代の我が国には、文民統制や憲法秩序、民主的官僚制といった、1945年の敗戦による民主化以降に培った制度的基盤があり、戦前の社会と同じに考えることは出来ません。しかし一方で、混乱する政治を調停して、一極への力の集中を抑制する装置が弱体化、衰滅すると、我が国の社会(民意)は「分かり易い勢力」の方へと傾斜する傾向があったと云うことは、我が国近現代史が示す一つの教訓と受け止めて良いのではないかと考えます。

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