今回一連のベネズエラ・ボリバル共和国(以下、ベネズエラ)をめぐる報道に接し、久しく意識することのなかった「バナナ共和国(banana republic)」という言葉を思い出しました。以前、 ユヴァル・ノア・ハラリ の著作でこの言葉を知り、その語感の面白さから調べたところ、それが単なる蔑称ではなく、特定の歴史的・政治的構造を的確に表現したものであることを知りました。また、この言葉を創案したのが、ジャーナリストでもあった短編の名手と称される米国の作家 オー・ヘンリー であったことにも、当時は少なからず驚かされました。
「バナナ共和国」とは、特定の一次産品の生産に国家経済が依存し、外国資本と結びついた買弁的支配層が国家の主要な意思決定を左右する体制を指します。こうした国家は形式上は独立国であっても、実質的な主権は国外勢力に握られていることが少なくありません。そしてこの言葉が、今年初頭のベネズエラをめぐる一連の報道を通じて、あらためて想起されたのです。
今回、米軍が首都カラカスで実施した「真夜中のハンマー作戦(Midnight Hammer operation)」は、現職国家元首の身柄拘束を目的とする典型的な斬首作戦でした。長期間にわたる情報収集、通信・電力・情報網への事前侵入と遮断準備、さらには現地勢力への黙認工作などにより、ベネズエラ側に本格的な反撃の機会は与えられず、作戦は短時間で実行され、当初の目的は達成されました。
この成功は、2022年以来続く第二次露宇戦争におけるロシア軍の初動と対照的です。ロシア軍も当初、首都急襲による政権中枢の無力化、すなわち斬首作戦を志向しましたが、首脳の身柄拘束には至らず、ウクライナ軍の頑強な抵抗に直面して失敗し、戦争は長期化しました。
一方、今回のベネズエラでの米国による斬首作戦は成功したため、大規模な戦争は回避されました。その成否を分けたのは兵器の性能ではなく、作戦設計です。米国は目的を「政権転覆」ではなく「元首の身柄確保」に限定し、占領や統治を前提とせずに軍事行動を完結させました。さらに、その後の処理を国内の刑事司法手続に接続することで、軍事行動を「法執行」として再定義しました。
しかし同時に、この成功は国家主権という国際秩序の根幹を揺るがすものでもあります。他国の元首を軍事力によって拘束し、自国の司法制度に組み込む行為は、主権が事実上、力によって書き換えられたことを意味します。加えて、資源管理を含む暫定的な統治関与が示唆されたことで、ベネズエラは再び外国勢力の管理下に置かれる構図へと近づいたと云えるでしょう。
ここで「バナナ共和国」という言葉は、単なる歴史用語ではなく、現在の情勢を理解するための分析枠組みとして立ち上がってきます。独裁的元首の排除と秩序回復が掲げられる一方で、国家の富と意思決定が外国の管理下に置かれるのであれば、それは名称の如何を問わず、従属構造にほかなりません。
この事態を最も深刻に受け止めているのが、カリブ海地域の反米的国家、とりわけキューバです。長年ベネズエラ産石油に依存してきたキューバにとって、その供給源が米国の管理下に入ることは、経済問題にとどまらず体制存続に直結します。ベネズエラで起きたことが前例となれば、次は自国ではないかという警戒感が強まるのは自然な流れです。
他のカリブ海諸国や中南米左派政権もまた、表立った対抗を控えつつ、外交姿勢の再調整や域外大国との関係改善を通じ、間接的な牽制に動く可能性があります。中南米諸国は、かつてのモンロー主義を想起させる米国の行動を前に、静かな緊張状態に入りつつあると考えられます。
独裁体制の崩壊がベネズエラ国民に一定の希望をもたらす可能性は否定できません。しかし、その過程で国家主権が大きく損なわれたこともまた事実です。斬首作戦という戦術的成功の先に、いかなる戦略のもとで政治体制と秩序が再構築されるのか。この一連の報道を通じて「バナナ共和国」という言葉が想起されたのは、その問いが再び現実のものとなったからにほかなりません。
そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。

「バナナ共和国」とは、特定の一次産品の生産に国家経済が依存し、外国資本と結びついた買弁的支配層が国家の主要な意思決定を左右する体制を指します。こうした国家は形式上は独立国であっても、実質的な主権は国外勢力に握られていることが少なくありません。そしてこの言葉が、今年初頭のベネズエラをめぐる一連の報道を通じて、あらためて想起されたのです。
今回、米軍が首都カラカスで実施した「真夜中のハンマー作戦(Midnight Hammer operation)」は、現職国家元首の身柄拘束を目的とする典型的な斬首作戦でした。長期間にわたる情報収集、通信・電力・情報網への事前侵入と遮断準備、さらには現地勢力への黙認工作などにより、ベネズエラ側に本格的な反撃の機会は与えられず、作戦は短時間で実行され、当初の目的は達成されました。
この成功は、2022年以来続く第二次露宇戦争におけるロシア軍の初動と対照的です。ロシア軍も当初、首都急襲による政権中枢の無力化、すなわち斬首作戦を志向しましたが、首脳の身柄拘束には至らず、ウクライナ軍の頑強な抵抗に直面して失敗し、戦争は長期化しました。
一方、今回のベネズエラでの米国による斬首作戦は成功したため、大規模な戦争は回避されました。その成否を分けたのは兵器の性能ではなく、作戦設計です。米国は目的を「政権転覆」ではなく「元首の身柄確保」に限定し、占領や統治を前提とせずに軍事行動を完結させました。さらに、その後の処理を国内の刑事司法手続に接続することで、軍事行動を「法執行」として再定義しました。
しかし同時に、この成功は国家主権という国際秩序の根幹を揺るがすものでもあります。他国の元首を軍事力によって拘束し、自国の司法制度に組み込む行為は、主権が事実上、力によって書き換えられたことを意味します。加えて、資源管理を含む暫定的な統治関与が示唆されたことで、ベネズエラは再び外国勢力の管理下に置かれる構図へと近づいたと云えるでしょう。
ここで「バナナ共和国」という言葉は、単なる歴史用語ではなく、現在の情勢を理解するための分析枠組みとして立ち上がってきます。独裁的元首の排除と秩序回復が掲げられる一方で、国家の富と意思決定が外国の管理下に置かれるのであれば、それは名称の如何を問わず、従属構造にほかなりません。
この事態を最も深刻に受け止めているのが、カリブ海地域の反米的国家、とりわけキューバです。長年ベネズエラ産石油に依存してきたキューバにとって、その供給源が米国の管理下に入ることは、経済問題にとどまらず体制存続に直結します。ベネズエラで起きたことが前例となれば、次は自国ではないかという警戒感が強まるのは自然な流れです。
他のカリブ海諸国や中南米左派政権もまた、表立った対抗を控えつつ、外交姿勢の再調整や域外大国との関係改善を通じ、間接的な牽制に動く可能性があります。中南米諸国は、かつてのモンロー主義を想起させる米国の行動を前に、静かな緊張状態に入りつつあると考えられます。
独裁体制の崩壊がベネズエラ国民に一定の希望をもたらす可能性は否定できません。しかし、その過程で国家主権が大きく損なわれたこともまた事実です。斬首作戦という戦術的成功の先に、いかなる戦略のもとで政治体制と秩序が再構築されるのか。この一連の報道を通じて「バナナ共和国」という言葉が想起されたのは、その問いが再び現実のものとなったからにほかなりません。
そして、今回もここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。
ISBN978-4-263-46420-5
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