2024年8月1日木曜日

20240731 中央公論新社刊 陸奥宗光著「蹇蹇録」pp.270‐272より抜粋

中央公論新社刊 陸奥宗光著「蹇蹇録」pp.270‐272より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 412160153X
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121601537

 かつ日本政府は露、独、仏三国の運動が、或いは清国を誘引して条約の批准を拒止せしめついに再び砲火相間見ゆるの已むを得ざるに陥らんことを恐る、かかる出来事はなるべく未発に防遏するため内密に米国の友誼協力を望まざるを得ず、との旨を米国政府に告ぐべし、と命じたり。しかるに同月二十七日、露京発西公使の回電にいう、四月二十五日の電訓に基づき、本官は昨日露国外務大臣と長時間の弁論を費やし、力を尽くして露国政府をしてわが請求に対し都合よき回答をなさしめんとしたり、同大臣の顔色やや感動するところあるもののごとく見受け、今一応露国皇帝の叡慮を伺うべしと約せり、しかるに今日に至り、露国皇帝は日本の請求は露国の勧告を翻さしむるに足るべき十分の理由あらずとのゆえをもって、これを容納し給わずとの旨を述べたり、目下露国政府は運槽船をオデッサに派遣し軍隊回槽の準備中なりと風聞す、ゆえに露国の干渉は重大なるべきものと予期して覚悟しおかるる方安全なるべし、と。余は露国の回答は大概かくのごときものなるべしとは予期せしところなり。而して英国はいかにわが請求に対し回答せしか。あたかも西公使の回電と同日、倫敦発加藤公使の電報はこのときに到来せり、加藤公使はさきに余の電訓に接するや直ちに英国外務大臣に両見を求め具にわが政府の希望を述べたるに、キンバリー伯爵はすこぶる日本に対し好情を抱き居る様子なれども、諸大臣は、この事件に関し英国政府は一切干渉せざることに決定しおれり、而して今英国が日本に協力することはそもそもまた一の干渉にほかならず、事体一新面目を開くことなるをもって、内閣総理大臣ローズベリー伯爵と相談のうえにあらざればなにごとも回答し難し、との旨を述べ、かつ、露、独、仏三国にはたしてなにほどまでその異議を主張するやは確知せざれども、形勢すこぶる容易ならざるゆえに、日本はこれに対し十二分に覚悟するを得策とすべし、英国は平和を望むをもって日本が欧州各国と交戦に至るを欲せざるはもちろん、日清戦争の継続することもまたはなはだ好まざるところなれば、目下の葛藤を解除すべき機会あれば必ず尽力することを怠らざるべし、ただし英国は日本に対し友情を抱くといえど、露、独、仏三国もまた友邦のことなれば、英国はこの際彼此酌量してその威厳上自己の決断と責任とをもって運動するのほかなし、と付言したり。加藤公使はこのときすでに在伊国高平公使の電照にて伊国政府の意見を推知し居たるにより、英国外務大臣に向かい、暗にこの際事局を了結すべき名案なきやと問いたれども、同大臣は否と答えたるのみ。なおわが請求に対する英国政府の確答あり次第さらに電稟すべしといい越し、ついで二十九日、倫敦発同公使の電報によれば、英国外務大臣は同公使に対し、英国政府はうちに局外中立を守ることに一決したれば、今回もまた同一の意向を維持せんと欲す、英国は日本に対しもっとも昵懇なる友情を抱き居れども、同時に自国の利益をも考えざえるを得ず、ゆえに今日本の提議に協同して日本を助力する能わず、ただし露国は真実に決心するところあるがごとしといい、深く注意を与えたり、と報じ来たれり。これを要するに、英国は半呑半吐の間にわが請求を謝絶したるに過ぎず、また同日栗野公使の来電によれば、米国国務大臣は局外中立の主意と矛盾せざる限りは日本と協力することを承諾せり、而して講和条約の批准の件は在北京米国公使に電訓して、速やかなる実行することを清国に勧告せしむべしといえり、とあり。米国の政綱よりいえばこの回答は実に相当の語詞にして、そのわが国に対する友情の薄からざるを視るべし。さりとて局外中立の範囲内における協力といえばその極端の援助を望むに足らず。

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