2025年11月26日水曜日

20251125 株式会社かや書房刊 篠田英朗著「地政学理論で読む多極化する世界:トランプとBRICSの挑戦」pp.129-132より抜粋

株式会社かや書房刊 篠田英朗著「地政学理論で読む多極化する世界:トランプとBRICSの挑戦
pp.129-132より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4910364854
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4910364858

中国は大陸からの脅威と海洋からの脅威の両方に備えなければならないという点で、典型的な「両生類(amphibia)」である。大陸国家(land power)としての性格と、海洋国家(sea power)としての性格を、併せ持つ。この特性は、ロシアのような典型的な大陸国家とは、大きく異なっている。しかもインドのようにチベット山脈に守られながら、海洋に突き出た半島部に存在する半島国家とも、異なっている。

 歴史上、かつて「両生類」と言えるが、世界有数の大国となった国があた。1871年統一以降のドイツである。ドイツは、東欧のプロイセン主導でヨーロッパ大陸中央に位置し、東欧その他の大陸各地域に影響力を行使しやすい性格を持っていた。他方、バルト海のみならず北海にも面し、ライン川のような大規模河川も持ち、海洋にも影響を与えうる地理的性質も持つ。実際に、ドイツは、陸軍も海軍も、欧州有数の強力な軍隊とした。ここに「ドイツ問題」、つまり欧州大陸の中央部に最大の人口と国力を持つ大国が生れて従来の勢力均衡政策が通用しなくなってしまった、という問題が生まれた。これによって、19世紀までのバランス・オブ・パワーの仕組みが時代遅れなものになって崩壊し、二度の世界大戦を引き起こした。

 21世紀になってからの中国の超大陸としての台頭は、二度の世界大戦の前の時期のドイツの世界の大国としての台頭を想起させる。21世紀東アジアにおける「ドイツ問題」と言って過言ではない。東アジアにおけるアメリカの存在が、均衡を維持するための方策のカギになるが、急速に拡大する中国の勢力を考えると、均衡維持は簡単ではない。

 ドイツの台頭を伝統的な「バランサー」であったイギリスが受け止めることができなかったように、21世紀の中国の超大国としての存在を、旧来の覇権国であるアメリカも受け止めることができない、と考える者は「トゥキュディデスの罠」を強調して、米中戦争は不可避であるという見方に傾く。「トゥキュディデスの罠」とは、新旧の覇権国の間の相互不信から対立が深まって戦争に発展していく現象のことだ。

 20世紀初頭のドイツと現在の中国が似ているのは、「両生類」の国家が世界有数の大国として台頭した点だ。「両生類」国家は、大陸と海洋の両面で、自国に有利な戦略をとれる優位性を持つ。他方、最大の弱みは、内陸の他の大陸国と、海洋国家との間の挟み撃ちに遭う恐れがある点だ。かつてのドイツの場合には、二度の世界大戦で、大陸国家で、大陸国家ソ連(ロシア)を米英の海洋国家の挟み撃ちにされた。その後、第二次世界大戦後も、海洋と大陸の双方向からの封じ込めによって、大国としてのふっかるの可能性を抑え込まれた。

 これを現在の中国にあてはめると、米ロの大同盟が形成されて、挟み撃ちにされてしまうと、非常に苦しい、という観察が導き出される。米ロの挟み撃ちにされると、どちらにも影響力を拡張できないばかりか、両面からの挟撃に応じて始原を分割していかなければならなくなる。ドイツはこの負担に耐えられず、二度の世界大戦で敗北した。

 かつて15世紀の明朝の時代に、鄭和提督は7回にわたるインドやアフリカにまで至る海外への大遠征を行った。欧州諸国の大航海時代が始まる前に、中国の西太平洋からインド洋にかけての地域における海洋覇権の可能性があったのである。しかし明の皇帝は突然、海外渡航を禁止し、艦隊を廃止した。北方の蛮族の侵入に備えるためであったと推定されている。両面作戦を避け、資源の集中投下を図ったのである。

 この観点から見ると、アメリカとの超大国間の緊張関係の管理を引き受けていかなければならない現在の中国にとって、大陸側の背後に控えるロシアとの良好な関係の維持は、死活的な意味を持つ。関係を損ねたら、アメリカとロシアに挟み撃ちにされる。逆に、もしロシアから攻められる恐れがなければ、資源を太平洋側に面した海洋の防衛にあて、台湾奪回統一もその路線にそって狙っていけばいいことになる。

 中国の軍事費は、2000年に約300億ドルだったが、2024年には約3140億ドルと10倍い所の規模になっている。その過程で、特に高い伸びを見せたのが、中国人民解放軍海軍(PLAN)である。中国海軍は、すでに艦艇数で世界最大と言われる。海軍への予算配分は、2000年代初頭の約10%から、2020年代には約30%に増加したと推定されている。これによって南シナ海や台湾海峡を越えて、インド洋や太平洋に展開することができる能力を整備し、「遠海防衛」戦略を進めている。有事の際の海上封鎖の可能性を排除し、アメリカとの超大国間の競争関係を勝ち抜く意図があると言える。なお中国の陸軍は、2015年に30万人の兵力削減を発表し、約200万人体制となった。予算配分としては、2000年代の約50%から、2020年代には約30%に減少したと推定されている。こちらは大陸側に仮想敵が存在していないという認識を反映した措置だと言ってよいだろう。

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