2025年5月2日金曜日

20250501 河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳「NEXUS 情報の人類史 : 下 AI革命」 pp.174-176より抜粋

河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳「NEXUS 情報の人類史 : 下 AI革命」
pp.174-176より抜粋 
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309229441
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309229447

革新派は、伝統や既存の精度や機関を軽視し、より良い社会構造を一から創出する方法を知っていると考える傾向にある。保守派はそれよりも伸長になりがちだ。保守派の主要な見識を言い表した人物として最も有名なのがエドマンド・バーグであり、彼によれば、社会の現実は、革新の擁護者が把握しているよりもはるかに込み入っており、人々はこの世の中を理解して未来を予測するのがあまり得意ではないという。だから、たとえ物事が不当に見えても、あるがままにしておくのが最善であり、もし何らかの変化が避けられないのなら、その変化は限られた範囲でゆっくりと進むべきなのだ。社会は、長い間に試行錯誤を通して積み上げられてきた規則や制度や習慣の複雑な仕組みによって機能する。そうした無数の規則などが、互いにどう結びついているのかは誰にも理解できない。古代からの伝統は馬鹿げていて現状には無関係に見えるかもしれないが、それを廃止すれば、思いがけない問題が生じかねない。逆に、公正で、とうに起こっているべきであるように思えた大変革も、旧来の政治体制が犯したどんな罪よりもはるかに重大な罪につながりうる。ボリシェヴィキが帝政ロシアの多くの不正を改め、完璧な社会を一から創出しようとしたときにどうなったか見てみるといい、というわけだ。

 したがって、これまでは保守派であるというのは、政策よりもペースの問題だった。それか特定の宗教やイデオロギーに傾倒しているから保守派となるわけではない。すでに存在し、それなりに機能してきたものなら何であれ維持することに熱心なのが保守派なのだ。保守的ポーランド人はカトリック信徒、保守的なスウェーデン人はプロテスタント、保守的なインドネシア人はイスラム教徒、保守的なタイ人は仏教徒だ。帝政ロシアでは、保守的であるとは皇帝を支持することを意味した。1980年代のソ連では、保守的であるとは共産主義の伝統を支持し、グラスノスチ(情報公開)やペレストロイカ(改革)や民主化に反対することだった。同時期のアメリカでは、保守的であるとはアメリカの民主主義の伝統を支持し、共産主義や全体主義に反対することだった。

 ところが2010年代から20年代の初めには、多くの民主社会で保守政党がドナルド・トランプらの非保守的な指導者にハイジャックされ、過激な革命政党に変えられてしまった。アメリカの現共和党のような新種の保守政党は、既存の制度や伝統を維持するために最善を尽くす代わりに、そうした既存のものに強い不信の目を向ける。たとえば、彼らは科学者や公務員、世の中のために働いているその他エリートたちに対して、これまで払って当然だった敬意を退け、彼らを軽蔑の目で見る。選挙のような民主主義の基本的な制度や伝統も同様に攻撃し、選挙での敗北を認めることも、権力を潔く移譲することも拒む。バークの主張するような保守政策とは違い、トランプの打ち出す政策は、既存の制度を破壊し、社会に大変革を起こすことを訴える。バーク流の保守主義が樹立されたのは、バスティーユ牢獄の襲撃が起こったときであり、バークはぞっとしながらこの事件を見守った。ところが2021年1月6日、多くのトランプ支持者は、連邦議会議事堂の襲撃を熱狂しながら見守った。トランプの支持者は、既存の制度は完全に機能不全に陥っているので、打ち壊してまったく新しい構造を一から築き上げる以外に選択肢はないと説明するかもしれないが。だが、この見方は、正しいかどうかにかかわらず、保守派ではなく典型的な革命主義者のものだ。革新派は保守派の自滅にすっかり不意を衝かれ、アメリカの民主党のような革新派の正当は否応なく、旧来の秩序と規制の制度の守護者になった。

 なぜこんなことが起こっているのか、確かなことは誰にもわからない。テクノロジーの変化のペースが加速し、それに伴って経済も社会も文化も変わっているため、穏健な保守派の政策が非現実的に見えるようになってしまったからというのが、一つの仮説だ。もし既存の伝統や制度や機関を維持するのが絶望的で、何らかの大変革が避けられないようなら、左派による革命を妨げるには、先手を打って人々を煽動し、右派による革命を起こさせるしかない。これが1920年代から30年代にかけての政治のロジックであり、当時、イタリアやドイツ、スペイン、その他の保守勢力は、ソ連型の左派による革命の機先を制するため(と考えて)過激なファシスト革命を後押しした。

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