その中でも、テレビドラマに関しては、ストーリーを楽しむというよりも、どちらかと云うと観察のように観てしまいます・・(笑)。そして、そこで面白いと感じられたことは、テレビドラマ内での人々の様々な行動、動作が、我々が普段見るものと異なり、変に大きく不自然に見えたことです。そして、その理由について少し考えたところ、あるいはテレビドラマの方が、アニメ内の登場人物の動きから影響を受けているのではないかと思われました。
現実の人間が演じるテレビドラマが、それをある種の抽象化あるいはデフォルメしたものと云えるアニメからの影響を受けるというのは、順序が逆と云いますか、倒錯であると見えますが、しかし他方で、こうした「影響の過程」といったものは、他にも多くあり、大きいものですと、19世紀半ばに西欧文明の様々な要素を抽象し自分なりに取り入れた我が国が、紆余曲折を経て、西欧を発祥とする、さまざまな工業製品を我が国で高性能に製造し、それを西欧に輸出するに至るといった前世期後半の様相もまた、そうしたものの一つであると云えます・・。
そのように考えてみますと、この「抽象化あるいはデフォルメ」作業については、本質的に順序が逆といったことはなく、ただ、そうした「影響の循環」といったものがあるだけではなかろうかと思います。そして、そうした循環を通して、ある種「伝言ゲーム」のような変化、もしくは創造とも云える現象が生じていくのではないかと思われますが、おそらく、その過程において、自然と、変化や創造が生じていく環境の成立のためには、その対象を面白いものとして見る、笑うといったことが重要になってくるのではないかと思われます。また、これは、国家が国民に対して示す何らかの権威が、絶対的であることを要求すればするほど、面白いものとして見れず、笑うことが出来なくなり、萎縮してしまい恐怖政治のようなものに近づいていくのではないかと思われます。
しかし他方で、国家と国民がある程度、共有出来る何らかの厳粛な権威のようなものが存在しなければ、その国あるいは地域は求心力・凝集性を欠くようになり、瓦解してしまうのではないかとも思われます。
つまりは、次なる変化や創造の継続のために権威を笑うことと、その権威を尊重するといった両面の価値をバランスよく維持することが思いのほかに重要であると思われるのですが、通常我々は、こうしたことに意識的になると、どうもそのバランスを維持することをやめてしまうといった性質が見受けられ、そうであるならば、いっそ無関心である方が良いとも思われるところですが、しかしながら、それが実は危険なことであり、また、それ故に、歴史や文学など人文社会科学系学問に重要な価値や意味があるのではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか?
ともあれ、今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
日本福祉大学
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