中央公論新社刊 鈴木和男著「法歯学の出番です」ー事件捜査の最前線ー
pp.32-34より抜粋
ISBN-10 : 4122013321
ISBN-13 : 978-4122013322
「目は、口ほどに物を言い」と昔から言われる。しかし、歯もまた「口ほどに物を言う」のである。もっとも「明眸皓歯」と美人の要素として、歯もまた目と同列に扱われてはきた。だから、歯もまた「目ほどに」物を言っても不思議ではない。
いや、それどころか「歯」は「目」以上にその人の生きざまのすべてを語る履歴書でもある。歯は生まれる前から母の胎内で形造られつつあり”オギャー”と産声をあげて数カ月たつと可愛い顔をのぞかせる。でもよほどの注意を払わないとムシ歯にやられる。この頃の歯は、歯そのものも決して強く丈夫なものではなく、われわれをとりまく外界そのものの厳しさがムシ歯になる大きな原因となっている。
ムシ歯になると当然”痛み”が襲ってくる。そして歯科医の門を叩く。歯科医では治療のために「除去」と「充填」が行われる。つまり、悪いところを取り除き、金、銀、合金、アマルガム、セメントレジンなどで穴をふさいで補充するなどの作業が加えられるのだ。そのうちに、この歯は自然に抜け落ちる運命をたどり、交代して真珠のような美しさと体内随一の硬さ、強さをもった大人の歯が与えられることになる。
美しく、硬い強い歯になってからも、歯の受難の歴史は続く。いわばその人の「履歴書」が、歯に刻み込まれていくのである。
ほとんどの女性は口紅をつける。あわてんぼうや粗忽な人は、唇を通りこして歯の表面までピンク色にしたりする。その口紅も千差万別の物質から成っている。そのうちに結婚する。異性との交渉や出産などもあって、体質も変わってくることだろう。また、環境の変化にともなって、食物や好みも変わり、行動範囲も広がることによって、ゴミあり、寄生虫あり、化学物質ありーというわけで、歯は迫害を受けながらも、健気な頑張りを続けていく。と同時に、その人の履歴書も克明に印していくわけだ。
ときには、入れ歯の支えがゆるんで、涙を流すこともある。歯医者に行ったら、歯槽膿漏だと言われた。もう年かな、あるいは手入れが悪かったのかな・・などと思っていたら歯が抜けた。やれやれ、また入れ歯がふえた。こうして人体の暦は、まず歯から現れてくる。さて、私はこの歯からの年齢、性別、血液型、職業、容姿、生活態度、出身地、教養程度などまでわかりはしないか、たとえ真っ黒こげになった人間の体からでも、こうしたことがつかめないか、というわけで、法歯学(歯科法医学)の研究を続けている。いまのところその考えは、だいたい間違っていないようだ。
もっとも、こうした歯からその人間の生きざまを読もうという考えは、何も私が考え出したことではない。
古くは、旧約聖書でもみられるといわれるし、一八六五年のリンカーン大統領暗殺事件や、後述する一八七九年のナポレオン皇子事件にも応用されている。また、日本でも歯が法医学的に用いられた歴史は江戸時代からみられる。
といっても「歯科法医学」と銘打って、学問的にとりあげられたのは、明治二十八年(一八九五)、広瀬武次郎高山歯科医学院講師によってであり、そう古いことではない。また、明治三十三年(一九〇〇)、東京歯科医学院と改称された高山歯科医学院で、野口英世博士が「歯科法医学」の名で講義し、それが講義録として出版されている。
この東京歯科医学院は、現在の東京歯科大学であって、日本でいちばん古い伝統を持ち、当時では唯一の歯科医学校だった。
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