2022年11月13日日曜日

20221113 株式会社筑摩書房刊 加藤周一著「日本文学史序説」下巻pp.525-527より抜粋

株式会社筑摩書房刊 加藤周一著「日本文学史序説」下巻pp.525-527より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4480084886
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4480084880

三島はまた、大衆社会の商業主義を利用することでも、またそれに利用されることでも、おそらくもっとも徹底していた作家である。彼は、美的密室に閉じこもっているどころか、居合い抜きや、裸の写真展覧会や、仲間をひきつれての自衛隊の訓練への参加や、大衆伝達機関の注意を引く行動をつぎつぎに思いつき、実行した。1912年の乃木将軍の切腹は、偶然に発見されるまでは、誰にも知られないようなし方で行われた。1970年に三島が自衛隊に乗り込んで切腹したときには、放送局も新聞社も、本人からあらかじめその時と場所を予告されていたのである。戦後の大衆社会のなかで、何人かの小説家は「有名人」になり、俳優や歌手や運動選手と同じように、TVの画面で商品の広告をするようになった。しかし三島ほど絶えず「センセイショナル」な「ニューズ」の中心であり続けた作家は他にない。それが彼の第二の面である。

 しかし小説家としての三島は、「仮面の告白」(1949)から「金閣寺」(1956)まで、売るためにのみ書いたのではない。彼の価値観は、その美学も政治的信条も、高度成長社会の大衆のそれではなかった。何十万の読者に訴えるためには、小説の根底にある価値観が、大衆のそれと一致するか、少なくとも一致しているかのような印象を大衆に与えなければならない。中里介山や大仏次郎や吉川英治は、それぞれの時代に、その条件をみたしていた。経済的膨張の時代に、その条件をみたしたのは、司馬遼太郎(1923~96)である。司馬の主人公は、もはや「剣豪」ではなくて、知的英雄であり、もはや架空の役者ではなくて、実在の人物に近く、幕末や維新や日露戦争の、綿密に考証された歴史的状況のなかで動いている。その小説の英雄=主人公は、私生活においては型破りで、仕事においては正確な状況判断と強い意志により優れた指導性を発揮する実際家である。管理社会のなかで型にはめられた「モーレツ社員」の分裂した夢―型からの脱出と型のなかでの成功の願望は、鮮やかにもここに反映していた。しかも読者はその小説を通じて「歴史」を知る、あるいは少なくとも波瀾万丈の小説を愉しみながら「歴史」を学ぶと信じることができるのである。

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