2021年12月6日月曜日

20211206【架空の話】・其の71 【モザイクのピースとなるもの】

K大学大学院博士課程に進んで2年目、いくつかの学会にて発表も行い、また、海外発表も経験した頃のある日、S教授に呼ばれ「来週から君の出身校であるK医専大の口腔保健工学科の実習補助に行ってくれんか?」と云われた。その頃は丁度実験も落ち着き、また、既に大分シフトを減らしていた病院での夜間警備員のアルバイトも辞めていた頃でもあったことから、特に断る理由もなく・・否、より本心に沿ったその時の心情は「大変貴重な経験になる」と喜んでいた。

さらに、これは医専大から非常勤講師のアルバイト代も入るとのことで、当時の私としては貴重な経験であると同時に、経済的にも、かなりありがたいものであった・・。

そして翌週の当日、実習は午後からとのことで午前中はK大学の方に顔を出し、次の実験に用いる試料検討のための作業や予備実験などと併行して、渡されていた実習資料に目を通していたが、その内容は、私が在学時に用いたものと殆ど変わりがなかった。

やがて昼近くなり、少し早めに出ようと荷物をまとめ、S教授の研究室に出発の旨を伝えに行った。すると教授は「おお、まあ頑張ってこい!それと火には気い付けいよ、今日の実習ではあの金型にワックス・アップして鋳造するあれがあるからな。」とのことであり、そして最後に「あっちの先生方によろしく伝えてくれい!」と宣っておられた。

医専大へは原付で行ったが、多少到着が早く、大学入口は、昼食のために出入りする学生さん達で混み合っていた。医専大には学生全員を収容できるほどの学食はなく、多くの学生さんは昼食時に、学外の近くにあるK大学の学食や、その周辺にある学生向けの食堂、そして、すぐ近くの*クドナルドなどを利用していた。

ともあれ、その出入りが丁度はげしい頃、私は原付を駐輪場に停めて建物内に入り、二階にある事務室に出勤を伝えると、私が在学していた頃からの方が出てきて「ああ、**君、いや、今日からは**先生だね。ええと、それじゃあ、先ずはお願いしていた非常勤講師関係の提出書類一式をお願いします。ええと、それと・・」と云って青色のストラップが着いたカードホルダーをこちらに手渡し「学内では一応、それを着けておいてください。」と云われた。もとより卒業生である私は、それが「非常勤講師」と記載があるカードが収められていることは知っていたが、今に至るまで自分がそれを着けることになるとは考えていなかった・・。

さらに事務の方から「それと3階の非常勤講師室は看護学科の非常勤講師の先生方が使っているから**君・・いや先生は、口腔保健工学科の研究室で待機していてください」と云われた。私は捺印、記名した必要書類一式と共に、歯科技工士免許証の写しと、何故か求められた修士の学位記の写しも提出して研究室に向かった。

研究室に至るまでの廊下で、実習室の前を通ると、既に電気炉が高温になっていることが分かった。少し前までは、まさに、この実習室で、さまざまな合金の鋳造を行っていたのだが、現在、その前を通ると、不思議なことに感慨のようなものは皆無であり、ただ電気炉内温度を示すデジタルインジケータ―を読み、それにより、その電気炉にて用いる埋没材の種類を判別しようとしたのだが、そうすると途中で、私が経験した同実習の記憶が甦り「ああ、以前私が受けた時と同じ配置の電気炉の設定だ・・そうすると遠心鋳造機とバーナーの並びもあの時と同じかな・・」と、さらにその並びを眺めると、果たしてそうであった。

口腔保健工学科の教員室は、これまでに何度も訪問したことがあるが、それらは悉く学生としてであり、今回のような微妙な立場では一体どのようにすれば良いのか多少躊躇したものの、以前の習慣通り、ドアをノックして「すいません、K大学大学院の**と申します。本日は口腔保健工学科の実習補助として参りましたが入ってよろしいでしょうか?」と意識して少し大きい声で云うと「おお!入って入って。」と私の編入試験時に面接をされていた細身長身のH先生の声が返ってきた。

このH先生は地元の私立進学校からK大学歯学部に入学された方であり、色々とよく分からない才能があったが、特に顕著であったのは、英語がそこまで堪能というわけでもないものの、英語以外を母国語とする、さまざまな国の人々とも、割と精確なコミュニケーションを取れることであり、傍でそれを見聞きしていると、いかにも普通に見えるのだが、あとでよく考えてみると「何故あんなことが出来るのだろう?」と思うような感じであった。

水木しげるが、ある妖怪について同じ主旨の見解を述べていたことが思い出されるが、たしかにこのH先生には、そういったよく分からない才能があった・・。くわえて、のちに、このH先生は海外の大学に留学されることになり、その時には私も少し影響が及んだと云えるのだが、それについはまた別の機会に述べたいと思う。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


一般社団法人大学支援機構



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ISBN978-4-263-46420-5

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