2021年6月3日木曜日

20210603 株式会社藤原書店刊 平川祐弘著「竹山道雄と昭和の時代」 pp.176‐178より抜粋

株式会社藤原書店刊 平川祐弘著「竹山道雄と昭和の時代」
pp.176‐178より抜粋

ISBN-10 : 489434906X
ISBN-13 : 978-4894349063

昭和20年5月25日には学校の三分の一が焼失した。年配の先生は次々と辞職して田舎へ引っ込んだので、竹山世代が学校運営の責に任じた。東京はもはや大部分が潰滅したが、鉄筋コンクリートの第一高等学校寄宿寮は健在である。7月22日日曜は文化祭でオーケストラの演奏があり、全寮晩餐会で竹山は「若い世代」と題してスピーチした。

 若い人たちは今後、どういう運命を辿るのであろうかー、いま安倍校長はそういわれたが、このことは私もたびたび思いました。中寮の三階にいて、ストームの音をききながら、よくそんなことを考えたものです。

 「若い世代」ヤンガー・ジェネレーションという言葉は、いまから一昔前にある特別な意味をもっていわれた一つの流行語でありました。前の欧州大戦の後に、ヨーロッパの若い人たちはオールド・ジェネレーションとはまったくちがった思想や感情をもって、前大の人間には理解に苦しむような新しい生活をはじめ、これが大きな社会問題となったのです。戦争中に若い人たちは、あるいは前線に出て戦い、あるいは工場や農園に働いていたが、それが復員して帰ってきて、社会的に大きな発言権をもつようになりました。それから戦後の混乱の中にあって、これまでの秩序を保っていた権威は仆され、堅実な階級の家庭生活も破壊されたところから、かれらは無秩序の中に抛り出され、古い世代に反抗し、まったくあたらしいところから出発すべく、あたらしい理想を求めてあがき苦しみました。ここに思想的にも、あまたの変態的な現象が続出し、このころのいわゆる「若い世代」は大人たちからは怪訝嫌悪、ほとんど畏怖をもって見られるものとなりました。

 この「若い世代」という問題が蔵するさまざまな契機が、あるいはある形で解決され、あるいは未解決のまま、もちこされて、今度の欧州大戦までつづき、あたらしい危機の大きな部分を形づくりました。いまわれわれの行く手を考えるためにも、この問題は回顧さるべき大きな意味があると思います。

 竹山は「若い世代」を描いた文学作品を引くことで説明した。フランスからは「魅せられた魂」「チボー家の人々」「贋金つくり」「おそるべき子供たち」など、そしてドイツからはレマルクや一高生のよくよむヘッセの「デーミアン」の名をあげ、これらの作品の主人公の特色は「頭のいい不良」で、その思想は破壊的で反抗的、その生活は本能的で衝動的でアモラルな行動を誇りとする。ニーチェがあたらしい目で見直され、頭のいい青年が辛辣な社会批判をやる。竹山はこの時代の人間の気持の特色を三つあげた。

第一は憎悪、左翼は憎悪の体系といわれるが、一方右翼もヒトラーやゲッベルスの演説は悪口雑言を並べたものだった。

第二に原始主義、若者は権威に反抗理知的に構成されて人を規範するものを破壊しようとする。

第三に途方もない大きな誇大妄想的なプランをたてて自ら酔う傾向ーナチスは「おれたちは世界を征服するか、しからずんばこれを絶滅させる」ganz oder gar nichtといったが、こうした調子が若い世代に訴えた。

そして竹山は「この戦争が終わった後は」日本でもこの若い世代が問題となるだろう、と述べた。今度の戦争は「精神と物質」の戦争だといわれたが「感情と理性」の戦争といった方が当っているのではないか。日本人は貴い立派な徳性も具えているが、それがまだはっきりした反省を経ていない。

「たとえば自己犠牲とか義理人情とかいったような立派な徳性も、それが自覚の中に基礎づけられていないために、一たび他から一応の論理を具えた主張に襲われると、一たまりもなく薙ぎ仆されてしまいます。論理的に根をかためた自分の判断ということがなく、その上に立った徳性でないからです。ちょうど体は健康でも予防注射がしていないようなものです。物をよく考えて自覚の中に根をおろすことー、これがきたるべき混乱に処してあたらしく築いてゆくために、もっとも大切な一つの事と思います。」

そして戦後を見通した講演にはこんな軍国主義的精神主義を否定する教訓もまじる。「この戦争がいかなる形で結末をつげるにせよ、その後われわれが他国との間に伍してゆく上に、理知という武器がなく、この点で素手であったならば、所詮存立はできないことになります」。

 第一次世界大戦後のヨーロッパを回顧し、戦後日本に起るべき混乱を見越し、日本人の中にある徳性と、その欠陥を指摘して、「非合理主義なるものの、痴愚と、おろかさと、悲惨さを経験しおえたその後には、かならずや、より新しいより深められた合理主義に帰るより他には、道がない」というシュヴァイツァーの言葉をもって竹山は結びとした。

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