さて、先日投稿した記事にて垂仁天皇の御代における出来事について記しましたが、その一代後の景行天皇の御代における出来事が発端であるとされる熊本県山鹿市の「山鹿灯篭まつり」のことを不図本日思い起こしました・・。
何故、私がこの祭りを知ったかといいますと、鹿児島在住時の週末の日課であった散歩(天文館~宇宿)の際、鹿児島中央駅(西駅)前広場にて熊本県の観光広報イベントが開催されており、そこで数人の踊り手達によるこのまつり(千人灯篭踊り)が演じられているのを偶然見かけ、それが大変印象的であったことに端を発します。
その後、余程このまつりが印象的であったのか、就寝後の夢の中でも思い起こし、夢と現(うつつ)の境で「よへほ~よへほ~」と云っておりました・・(笑)。
これを読まれている大方の方々は「おそらくウソでだろう・・。」と思われているかもしれませんが、ウソではありません・・(笑)。
そして、さらにその後しばらくしてテレビのお昼の情報番組にて、この「山鹿灯篭まつり」の特集が為されているのを観て更に嬉しくなりました・・。
それで気を良くしたのか、あるいは調子づいたのか、周囲の熊本御出身の方々に「山鹿灯篭まつり」について聞いて廻っていた記憶もまたあります・・(苦笑)。
そして、ここまで記していて、この「山鹿灯篭まつり」のことが気になりインターネットにて検索しますと(なんと!)その開催時期が丁度明日からとのことで、これもまた何だか嬉しくなりました・・。
これもまた読まれている方々は「これまたウソ、でっち上げではないだろうか?」という疑念を抱かれると思われますが、これもまた偶然なのです・・。
・・これにはいささか自分でも驚いております・・(笑)。
ともあれ、如上のような偶然(?)について考えてみますと、私がこれまでに継続してブログ記事を作成してきた(より)大きな背景には、これら九州での記憶の体系が、その奥深くに存在するのではないかと考えさせられます・・。
あるいは、何かしら創造性を惹起、駆動させる文章を記していて生ずる面白い出来事とは、大小ありましょうが、一つにはこういったことが含まれるのではないでしょうか・・(笑)?
そして、もしかすると、こうしたこと(創造性の惹起、駆動)とは、経済状態の改善、向上と同程度に国の盛衰において大事な要素ではないでしょうか・・?
あるいはまた「かつての時代(明治以前)とは、現在の我々よりもそうしたことを熟知、通じていたのではないだろうか?」とも考えさせられます・・。
その意味において、古の文化、風習を単なる迷信、観念的な遺物としてのみ扱い、表層のみにおいては(あるいは経済的な有用性により)丁重に扱うその二枚舌的な態度(ジョージ・オーウェル著「1984」曰くダブルシンク)とは、そうした文化とは、思いのほか罪深いものであるのかもしれませんが、如何でしょうか・・?
今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございました。
さる四月に発生した熊本における大地震によって被災された地域の諸インフラの早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」
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