2024年7月18日木曜日

20240717 株式会社岩波書店刊 アレクシ・ド・トクヴィル著 喜安朗訳「フランス二月革命の日々:トクヴィル回想録」 pp.65‐68より抜粋

株式会社岩波書店刊 アレクシ・ド・トクヴィル著 喜安朗訳「フランス二月革命の日々:トクヴィル回想録」
pp.65‐68より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4003400917
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4003400913

 翌日の二月二十四日、私が寝室から出ていくと、街から帰った料理女に出会った。この善良な女は気が全く動転していて、涙声でわけのわからぬことを私に口走っていた。私には理解できなかった彼女の言葉のなかで、ただ政府が貧しい人びとの虐殺を実行させたということだけがわかった。私はすぐに下りて行き、街路におり立つや革命の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる自分に初めて気がついたのだった。街路の中央には人影がなく、商店は一軒も店に開けていなかった。馬車も散歩の人影も見えなかった。いつもは聞こえてくる路上の呼売り人の声もなかった。戸口で隣人同士が小さなグループに分かれて、うろたえた顔をして、ひそひそと話し合っていた。誰の顔も不安もまた怒りのために血の気を失っていた。私は国民軍の一兵士とすれちがったが、彼は銃を手にして、はや足で悲劇を演じているような姿をして通っていった。私は彼に近づいて言葉をかけたが、彼からは何も知ることができなかった。ただやはり政府が民衆を虐殺したということ以外は(ただ彼はそれに付け加えて、国民軍がそのことの処理に当ることができるだろうと言った)。こうして同じ事実の指摘がくり返されるだけだったが、私には何の説明にもなっていなかった。私は七月王政の堕落の性格を充分に知っていて、そこで残忍な行為が行われることなど全くありえないということについては、確信をもてたのだ。私は七月王政を最も腐敗の激しいものの一つとみなしていたが、また同時に、これまでにみたことがないほど、残忍な性格をもたないものだともみなしていた。そして私は、どんな噂の力をかりて革命が進展して行ったかを示しておきたいがためにだけ、この民衆を政府が虐殺したという言葉を報告しているのである。

 私は隣の通りに住んでいるボーモン氏のところに駆けつけた。そこで夜中に国王がボーモン氏を呼び出したことを知った。ついで出かけていったレミュザ氏のところでも同様の情報を得た。最後に会ったコルセル氏は事の経過を説明してくれた。しかし、それはまだ混乱したものだった。というのも革命のなかの都市にあっては戦場にあるのと同じようなものであって、それぞれの人は自分の目撃した偶発的な出来事を、これこそ革命の事態だと受け取るからである。私はコルセル氏からキャプシーヌ大通りでの銃撃事件のことを知らされ、またこの無益な暴力行為が原因となり口実となって蜂起がいきょに発生したことを知った。モレ氏がこうした状況で内閣を引き受けることを拒否したこと、ティエール、パロの諸氏と、それに最終的に内閣に加わることを引き受けた彼らの友人たちが宮殿に呼ばれたことなども知ったが、これらの事実はもうよく知られていることなので、立入って書くつもりはない。私はコルセル氏に、大臣たちは人心を鎮めるためにどのような動きをするつもりなのかとたずねた。すると氏は、「レミュザ氏から聞いたところだと、軍隊のすべてを後退させ、パリ市内を国民軍で溢れさせる計画だということだ」と言ったのだった。この表現は氏自身のものである。私は絶えず指摘してきたのだが、政治においては過去の記憶があまりに大きいために、しばしば人は身を滅ぼすことになったのである。

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