そして、この機械的強度が優れた金属を材料として所望の形状を付与することを可能にする技術が鋳造であり、鋳造においては金、銀、銅、鉄、亜鉛、錫、アルミニウムなどの金属を単独にて、あるいは、それら複数を合金化して用いる。人類が鋳造に用いた金属、合金として最も古いと考えられているのが銅、そして銅と錫の合金である青銅である。
鋳造の起源は紀元前3500~4000年の頃のメソポタミア(両河地方)にあると考えられている。青銅を加熱し、液相状態となったものを鋳型に鋳込むこの方法は、我々人類のモノづくりの歴史のなかでも、かなり古いものであり、また、その当時にあっては画期的な方法であったと云える。
そこから鋳造技術は時間をかけて東西へ伝播していった。西に位置する古代エジプトにおいては、紀元前2000年頃には定着しており、そして、東に位置する古代中国においては、殷、周の時代、紀元前1500年頃以降が青銅器時代とされている。
他方、世界史の区分にて青銅の次にくる「鉄」については、その融点・液相点が銅、青銅よりも相当に高いことから、精錬や加工に用いる炎を制御する技術が、その水準に発展するまでに時間を要し、さきの銅・青銅での鋳造発祥の地であるメソポタミア(両河地方)においては、紀元前1200年頃、またエジプトでは紀元前1100年頃、そして中国においては紀元前600年頃に鉄器時代へと移行したものと考えられている。
そして、さきの金属加工技術の発祥の地とされるメソポタミア(両河地方)やエジプトからすると、東の果てとも云える当時の日本列島では、国外最新の事物は、主に中国や朝鮮半島を経由して齎され、さきの青銅、鉄などの金属加工技術もまた、中国や朝鮮半島から、あるいは戦乱を避けるためであったのか、ともあれ波状的に我が国に齎されたものと思われる。
また、我が国での青銅や鉄による金属器文化の受容の様相も、さきに述べた我が国の地理的な事情から特徴的であり、遥か西域のメソポタミア(両河地方)において、かなりの時間差があり始まった青銅、鉄器文明が伝播し、そして我が国に齎されたのは、青銅と鉄、双方が、ほぼ時を同じくした紀元前400年頃であった。
すなわち、メソポタミア(両河地方)から日本列島まで青銅器文化が伝播するのに3000年ほどかかったが、鉄器文化の方は約1000年で同じ路程を踏破したのだと云える。
あるいは異言すると、鉄器文化のメソポタミア(両河地方)からの伝播が、青銅器文化のそれよりも2000年ほど遅かったことから、我が国においては青銅、鉄器文化の双方が、ほぼ同時代(紀元前400年頃)に齎されたのだとも云える。
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