2018年6月16日土曜日

20180616 5世紀後期~6世紀前期周辺のことについて

6世紀前期、継体天皇の在位期間、とりわけ西暦527年の筑紫君磐井の乱以降、ヤマト王権による地方在地勢力への介入が強くなり、それまでの地方における支配体制の再編が為された。そして、この政治的な動きを考古学的な視点から具現化したと考えられることが、それまで各地で造営されていた首長墓としての前方後円墳の衰退と、群集墳の造営が爆発的に増加することである。以前にも述べたが、群集墳とは一定の墓域に小古墳を主として密集し造営される一群の墳墓であり、これは横穴式石室による墳墓造営の盛行と概ね同時期にはじまると云える。

横穴式石室に関しては以前にも述べたが、我が国では4世紀末頃に大陸に近い九州北部地域にて先ず受容され、同地域内にて5世紀を通じて広がり、また5世紀中期頃以降は近畿圏においても受容されていった。この横穴式石室を主たる造営様式とした近畿圏の著名な群集墳として和歌山県和歌山市の岩橋千塚古墳群が挙げられる。そして、これまた以前に述べたことであるが、和歌山県北部は近畿圏の中でも横穴式石室の受容が早く、これは当地を支配していた豪族紀氏が古くから航海技術に長け、ヤマト王権内部においても海洋交通を職掌とする豪族であったことが関係していると思われる。

また、時代は若干遡るが5世紀後期頃の造営とされる和歌山市の大谷古墳は国内にてはじめて馬冑が出土したことで有名であるが、この古墳の被葬者を納めた石棺が九州北部産出の阿蘇凝灰岩(阿蘇ピンク石)にて作成されていることもまた大変興味深い事実であり、さらに、これと同素材にて作成された石棺が、さきに述べた継体天皇の陵墓と考えられている大阪府高槻市の今城塚古墳からも出土していることは、この時代(5世紀後期~6世紀前半)を考える上で何かしら示唆するものがあるのではないかと考える

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