2018年4月17日火曜日

20180417(0416分) 創造性を駆動させるための通過儀礼・・文体の獲得?

本日はインターネットにつながらない状態であることから、現在ワードにて本日分の記事作成を行い、明日昼頃に加筆修正をして当記事を投稿してみようと考えています。

本日の首都圏の天気に関しては日中においては日差しもあり、比較的温暖な一日と云えましたが、日が沈んだ夕刻頃から急激に寒くなったように感じられました。そのため、この時季はまだ上着が手放せないと云えます。

さて、一昨日(20180415)投稿分記事も比較的多くの方々に読んで頂けました。読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。また、そこから、時には歴史を扱った映画作品を紹介する記事を作成するのも悪くないように思われました。とはいえ、思い返してみますと、この方面での基礎的な知識は概ね、昨日分投稿記事にて述べた文系分野の師匠からのものであると云えます・・。かつて、この師匠との会話にて出てきた著作・映画作品を出来る限り読み、観て、そしてさまざまな場面にて意見を述べることにより、以前と比べれば、自分なりの考えらしきものを持つに至ったように思われます。しかし、現在あらためて考えてみますと、これまで我流にて、そうした活動を継続してきたつもりではあるのですが、果たしてその活動はどの程度自身を変化させ、成長せしめたのか?といった疑問が生じるのです。そして、この疑問について考えてみますと、それは、時折当ブログにて述べる自身文体の変化と同様、明瞭に実感・認識することは難しいものであるように思われるのです・・(しかし、当初よりそれを目的とすると、おそらく今度は変な方向に行くのではないかと思われる・・(それが現在の我が国?))。

他方、これまた同様に当ブログにて何度も繰り返していることではありますが、以前と比べてある程度明瞭に変化し、成長したと思われることは、当ブログの継続による文章作成の身体化であると云えます。

もちろん、そこには調子の波のようなものがありますが、それでも何かしら書き始めれば、ある程度の文量は作成することが出来るといった実感であり、これは文章内容・語句の簡潔さを重視する方々からしますと、無駄・余計なことと思われるのかもしれませんが、しかしながら、これも自身の感覚・実感に基づく意見ですが、我々の創造性は、始終、用いる文章・言語の簡潔さといった価値観にて拘束されていますと、次第に拘束内での文章・言語の作成の方へと注力するに至り、そして、肝心の創造性のための活力が減衰もしくは壊死してしまうのではないかと思われるのです。また、こうしたことは用いる言語体系の煩雑さなどもまた同様の効果を及ぼすのではないかとも思われます。しかし、それだからこそ、そうした言語を吸収・克服し、自身のものとする(身体化)ことを試みる価値があるのではないかとも思われるのです。そしてまた、それぞれの扱う言語を吸収・克服し得た状態こそが、まさしく文体の獲得ではないかと思われるのです。また、そのように考えてみますと、文体の獲得とは、創造性を駆動させるための通過儀礼の一つであるのかもしれないと思われてきましたが、さて如何でしょうか?

今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

近年来より現在までに列島各地において発生、もしくは現在も継続して発生している地震・大雨・水害・火山噴火など大規模自然災害によって被災された(されている)諸地域の各種インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しています。




~書籍のご案内~
昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
ISBN978-4-263-46420-5