2017年7月30日日曜日

20170729 地域特性≒在地土着女性の性質・・?【巫女】

昨日の記事投稿によって1000記事到達までの残りの記事数が299となりました。

また、同時に全体(1000記事)の7割以上に至ったということになりますが、相変わらず実感や達成感らしきものはありません・・(笑)。

おそらく記事作成がほぼ惰性といっても良いほどに習慣化、日常化していることから、そのように感じられる(ない)のではないかと思われますが、これは果たして良いものか、そうでないのかとはイマイチよく分かりません(苦笑)。

くわえて、先日の投稿記事に『700記事到達後しばらく記事作成を休止する』と書いたにもかかわらず、今現在こうして文章を作成していることもまた、同様にイマイチよく分かりません(笑)。

さて、昨日分の投稿記事も投稿翌日にしては多くの方々に読んで頂けました。

これは投稿記事と関連付けた動画が功を奏したものであるか分かりませんが、この手法とは、その選択が適切である場合は悪くないのかもしれません・・。

また、この投稿記事内容と多少関連するのではないかと思われますが、これまでに何度か古の『巫女』についての記事を書き、また書籍からの抜粋引用を行ってきましたが、こうした考えとは、西日本に在住する年を重ねる毎に徐々に凝固、結晶化されていき、そして、それを時折お目にかかる主に文系知人の方々にまさに『放談』の如く下に示すような感じで市内喫茶店にて述べていた記憶があります・・(笑)。
(くわえて、この時期はおそらくD2病真っ只中であったと思われます・・(苦笑)。)

A『地域文化とは云いますけれども、その主要な部分を形成そして保持しているのは、我が国の場合、おそらく大体の地域において在地土着の女性たちではないかと思いますね・・。
私は関東の出身ですが、その異郷人から見て、そうした特徴、違いといったものはやはり地域毎にあるのではないかと思います。
その点、個人的な意見ですが九州、鹿児島の地域性即ち、それを維持している女性達とは、特徴的であり、何と云いますか古来よりあまり変わらないある種の『性質』を持っているのではないかと思われますね・・。
そして、その『性質』とは事態、出来事の本質を的確に突いたり、予言的なことを述べ、この地に多い隼人とも称される血気盛んな男どもを従わせるようなものであり、おそらくそれは女王卑弥呼の時代から連綿と続いているのではないかと考えさせられるのです・・。
(倭国大乱末期の卑弥呼の擁立もそうした事情に基づくとされている。)
この地(鹿児島)は、邪馬台国があったとされる西日本あるいは九州島共に、その辺縁に位置することから、そうした地域特性(女性の性質)といったものが生きたままの状態で存続し易かったものと考えます。
一概には云えませんが、古くからの文化伝統とは意識して維持されるものよりも、こうした事情によって残存することが多いのではないかと思われます。
まあ、それはさておきハナシを個別的なことに移してみますと、こうした地域女性の巫女的な性質とは、その土地から離れるにしたがい徐々に弱くなっていくといった性質があるのではないかと思われるのです・・。
まあ、これは半分想像で云っているのですがね・・(笑)。
(この時、ハナシを聞いていた女性の一人が何故であるかわからないが電気ショックを受けたように一瞬ビクッとした。)
(その反応に少し驚きつつ)・・いや、しかしまあ、その意味で男女共にさまざまな地域の人々が集まっている東京、首都圏などは、どうもそうした女性特有の巫女的な力を感じ取ることが難しい地域ではないかと思うのです。
そして、その代替あるいは悪く云えばまやかしとして、さまざなな流行の文化もしくはそれを生む唯物論的な価値観といったものが代わる代わる消費されているのではないかとも思うことがありますね・・。
いや、しかし、それは世界各地の大都市もまた概ねそういったものであるのかもしれないですが・・。」

・・まだ続きがありますが、ひとまずここで終えます。
ともあれ、ここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

また
昨年から現今に至るまでに生じた一連の地震・大雨・水害の大規模自然災害によって被災された地域の諸インフラの復旧ならびにその後の早期の復興を祈念しています。』











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