2016年8月27日土曜日

20160827 400記事到達・・『嬉戯』としてのブログ記事作成

本日のブログ記事投稿により、全投稿記事数が400に到達します・・。

思えば長い道程ではありましたが、特にこれといった感慨らしきものはありません・・。

ただ「さて、本日分のブログ記事を書くとしようか・・。」といったところです(笑)。

また、その主題、内容とは予めカチッと決まっているわけではありませんが、ただ、本日は日中、外に出ており、その際に思ったことを題材に書きはじめようと思います。

さて、本日仕事にて出向いた御茶ノ水周辺にて工事現場近くを通ったところ、風で砂ぼこりを少し受けてしまい、唇に付着した砂が口腔内に入り、上下顎切歯のわずかな接触の際、砂のその感触を感じました・・。

そして、この時面白いことに鹿児島在住時の夏季に原付を運転している自分を不図そして明瞭に思い起こしました・・(笑)。

こうしたことは自覚して思い起こすよりも先に、そうした感覚が意識上に顕現するものらしいです・・(笑)。

しかし、不思議に思うのは、何故その口腔内で得た砂の感触から思い起こされた記憶が、鹿児島在住時におけるものであると自覚的に判断することが出来たのかということです・・。

また、おそらくこのあたりに虚偽が入っていても、大抵の方々は気づくことが出来ないと思います。

そして、それを良い方にとらえれば一つの創造的な行為と評されるのでしょうが、しかし一方、私見ではありますが、そうしたことを続けていると、より深い意味での創造が出来なくなるのではないかといったある種原始的な恐怖を感じます・・。

またそれは、当ブログ記事初期~中期に多く見られた書籍からの抜粋引用を(ある程度以上)続けてゆくと、それは自身の創造性をも壊死させてしまうのではなかろうか・・?といった怖れともまた類縁関係があるのではないかと考えさせられます・・。

また、現在考えてみますと、そうした怖れにより書籍からの抜粋引用を控え、たとえ稚拙ではあっても、なるべく自身の文章にてブログ記事を記していこうと考えたことは、少なくとも「間違い」ではなかったと考えております・・(笑)。

とはいえ一方、この「稚拙」に関しては、今現在なお、かなり検討、改善の余地があるものと考えております・・(苦笑)。

そして、そのように考えてみますと「文体の獲得」とは、なかなか難しいものであり、おいそれと簡単に出来るものではないということを改めて実感させられます・・。

しかし、そうはいうものの、これまで(ある時期から)出来るだけ自身の文章にてブログ記事を作成し続けたことにより、自身の言明したいことを以前よりかは(より多く)表現することが出来るようになったのではないかとも思われますので、こうしたこと(文体の獲得)とは、漸進的な進化発展により得られる、為される性質のものであるのかもしれません・(笑)。

また、ハナシはさきほどの想起されたこと自体に戻りますと、五感、六感に対するある種の刺激により惹起せられた記憶、想念といったものの(虚偽を含まない)言明、表白を継続することにより何といいますか、人間の創造性とは練磨、洗練されるものではないでしょうか?

また現在では概ね制度化されている勉強、研究などといったものも、その古典と呼ばれるものを読むにつけ、根源的にそれら(勉強、研究)とは、原初からの我々人間に付随する『嬉戯』の一種であったのではないかと考えさせられるのです・・。

そして、これまでに私が作成してきた一連のブログ記事とは、本質的にはそうしたもの(嬉戯)であることを願っているのですが、なかなかそればかりではいかないところがまた、見方によっては面白いのかもしれません・・(笑)。

あるいはまた、そうであることを願うことにより、これまでどうにかブログ記事作成を継続出来たのではないかとも思います・・。

また、これは自明のことではありますが、それと同時に一連のブログ記事を(興味を持って)読んでくださる(私にとって多くの)方々がいらっしゃることにより為されたことをここに明記しておきます。

そして、今回もまた興味を持って記事を読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

今後も引き続き継続しようと考えておりますので、どうぞよろしくお願いします。

また、ここにきて不図思い起こしたのは下に示すフリードリヒ・ニーチェの格言です。

「成熟とは、子供のときに遊戯に示したあの真剣さを再び見出したことである。」

さる四月に熊本を中心に発生した大地震により被災された地域における諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。