2016年6月18日土曜日

20260617 三つの魂?

A「本日は若干帰宅が遅くなり、また多少疲れていたため「今日はブログ記事作成を止めておこうかな・・?」と思いましたが、まあ、それでも何かしら書いておこうと思い、書きはじめた次第です・・。

・・とはいえ、どうしたわけか本日は書きたいこともあまり思い浮かびません・・(苦笑)。

そういえば、昨年もそうでしたので、この季節(春と夏の間)とは、少なくとも私にとっては文章を書くのが辛い時期であるのかもしれません・・。

それが何故であるかはわかりませんが、まあ大抵の人には何かしら季節による、このような傾向があるのではないかと思いますが如何でしょうか?

そして、これまで半ば惰性、習慣的にブログ記事作成を継続してきたことにより、今年のこの季節は何かしら自身の文章を作成し続ける(乗り越える)ことができるのでしょうか(笑)?

それはここ最近になり自覚した自身の傾向(この季節になると自身の文章が書き難くなる。)と、これまで習慣的に継続してきた自身の行動(ブログ記事の作成。)との内面での葛藤あるい決闘であるのかもしれません・・。

そしてその勝敗、あるいは妥協の結末とは、これまた私自身が握り、支配しているのことなのです・・(笑)。

とはいえ、同時にその結果とは、私自身も未だ知り得るものではなく、ただ、そうした事態をどうにか望ましい、良い方に持っていこうとする私の努力、決意の程度?により、どのような形であれ、今後、その結果が認識され得るものとなるのではなかろうかと思います・・。

そして、そこまで書いて不図思い起こしたことは、かつて南方熊楠が記していた「人は三つの魂を持っている。」ということです。
このことは、ここ最近ブログ記事作成を継続してきたことにより、以前よりも、自分なりにではありますが、その意味が分かってきたのではないかと思います・・。

具体的には、これまでの独白形式を用いた一連の記事から示される著者(A)の性格と、在の普通、日常生活における「A」自身の性格とは、一見分離、断絶したものであると見做されるかもしれないということです(まあ、そうしますと二つですが)・・。

また、ブログ記事とはいえ、ある程度文章を作成し続けておりますと、その詳細なメカニズムとは分かりかねますが、自身の書きコトバを司る層とハナシ言葉を司る層が分離、断絶そしてその後、無意識化の末、混淆してゆくような現象があるのかもしれません・・(無意識を支配する「A」自身で合計三つ)。

いや・・もしかすると、このようなことは自明、当たり前のことであるのかもしれませんが、どうでしょうか・・(笑)?

とはいえ、こうしたことを前述の南方熊楠のコトバと結び付けようとする言及、指摘とは、私としては、はじめてであり、それにより、少なくとも当ブログ記事を作成した意味にはなったのではないかと思いましたが如何でしょうか・・?

ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
また、二カ月前の九州、熊本での大地震により被災された地域における諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」







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