2015年8月30日日曜日

金関丈夫著「発掘から推理する」(抜歯について)岩波書店刊pp.39-43

喪服が悲しみの表現である、孝順、貞操の表徴であることは、末世の今日においても、確固たる信念につながっている。このことはしかし、喪服を含む服喪の行為が、こうした倫理観から起こったのだ、ということとは別問題である。こうした倫理観念の発生していない原始社会にも、この風習はいたるところにあり、しかもより厳重にある。変装はおろか身体の毀損―マユ毛やひげを抜く、指を切る、歯を抜く―を伴う残酷な変貌の例さえある。これが単なる風習的な儀礼に堕し終わった以前の、実際的に、切実に必要とされた呪術であった跡さえ、容易に追跡されるのである。

健康な歯をわざわざ抜き去る風習、いわゆる抜歯風習の痕は、日本では縄文時代から弥生時代中期の人骨に見られるが、意外なことには、つい最近まで、長崎県や大分県の家船の婦女が、嫁入り前に前歯を抜いていた。中国では河南省の殷代、山東省の戦国時代の頭骨にその痕のあることを、私は先年発表しておいたが、旧冬の訪中中国学術代表団の考古学者夏鼐教授の話で、最近山東省の大汶口の龍山期、すなわち晩期新石器時代の多数の頭骨に、前歯を欠くものが発見されたことを知った。中国西南地方や台湾北部の諸族に、つい近ごろまで、この風習のあったことは、多くの人が知っている。

この風習の起源については、従来まだ定説がない。種々雑多な解釈はあるが、当事者がこれをいかに説明しているかは、いっこう当てにならない。それがいかなる折に行われるかに、解決の緒を求むべきである。

大別して、抜歯には近親者の死に際して服喪の一形式として行われるものと、男女の成年式の一行事、あるいは結果的に見て一種の試練として行われるものとの、二つの場合がある、前者はポリネシアを中心とする。しかしオーストラリア、メラネシア、インドネシア、中国、日本、東部シベリア、アリョーシャンからアメリカ大陸にわたる環太平洋諸地域のものは、多くは後者の場合である。この場合は、一生一度の行事だが、前者の場合では、何度も経験しなければならない。ポリネシアでは多くの近親者を失ったものは、前歯が一本もなくなる例がある。ニューギニアのある種族で、同じ意味を持つ指なしの老人を見るのと同様である。

これら二つの異なった場合を持つ風習が、別個に起こったとは考えにくい。根元は一つだったにちがいない。同じ地方に両者を併存する例が、その一つの証拠になる。四川、貴州、雲南各省の種族については、晋の「博物誌」にはじまり、宋、元、明、清を通じて、一種の成年式の意味で記載されているが、しかし明の「炎徼紀聞」や、清の「峒谿纖志」では、父母の死に際して、子婦各二歯を折って棺中に投ず、とあり、明らかに服喪の一形式としている。抜歯ではないが、前歯の前面を削る風習がある。これは抜歯から染歯への過渡の形式であるが、これが成年式の行事として行われるマレーからインドネシアにおいても、ケドゥ族(マレー)、ベンクール族(スマトラ)、サライ島民(スマトラ)では、近親者の死に際して、身体を傷つけるのは抜歯や指切りだけではない。髪や眉毛は簡単だが、プルタルコスの「倫理論集」には、エジプト、シリア、リーディア(小アジア西部の古王国)などでは、鼻や耳を削る風習があったという。

それならば、そのいずれが根元であろうか。あるいは、これら両者を同時に説明し得る単一の解釈は何であろうか。

染歯すなわち歯ぐろめを抜歯の簡便化だと見るのは、ほぼ定説である。現に台湾では、抜歯をやらない種族にのみ染歯の風習がある。歯の前面を削って染めやすくする風習が、インドネシアでは単なる染歯に先行している。日本で、染歯が成年式の行事の一つであったことは、対馬にのこる近代の風習からも察せられるが、古い記録(「万里小路時房日記」1431年)にものこっている。しかし、その以前に、正月行事の一つでもあったことが、「紫式部日記」に見える。正月は、今ではその考えはすたれたが、祖霊を迎える魂迎えの行事でもある。正月のものいみは、祖霊に対する謹慎である。ものいみの「もの」は、「もののけ」の「もの」で、いわば恐るべきアラミタマである。これを恐れて衣物を換える―さきのプルタルコスの「倫理論集」にはエジプト、シリア、リーディアでは男と女が衣をとり換える。日常の仕事を廃し、目立たぬように、ひそやかにひきこもるルソン島のイフガオ族は、一年の最後の一日は同じ恐れからものをいわないで家にこもる。この「だまり正月」は日本にも各地にのこり、ヒロンの「日本王国記」には17世紀のはじめまで長崎地方にこれがあったことが報告されている。―これがもの忌みにほかならない。

このときに歯ぐろめをするのは、近親者の死に際して変装、変貌を以ってカモフラージュすることと同じ意味である。恐るべき祖霊は、死の直後のみならず、子孫の一生の重要な行事には必ず出張してくる。成年式、これが終わってはじめて、社会人として生まれ出たことになる。その社会とは、同時代人のみの結合ではない。祖先をも含む、時間的のひろがりを持った結合だ。祖霊は重要メンバーとして出席しなければならない。成年式には多くの場合一定期間のもの忌みが課せられる。成年式の試練とも見られている抜歯をも含む各種の身体変工は、少なくともその一面は、この際のカモフラージュと見られる。
服喪に際して抜歯するのも、成年式に抜歯するのも、ひとしく死霊に対して身をかくすカモフラージュである。「紫式部日記」の正月歯ぐろめの行事の記載は、この解釈を可能にするカギである。
正月はめでたいから晴着だ、となっているが、その晴着の前身は、喪服と同じ変装具だったといえば、人々は驚くであろうか。
発掘から推理する (岩波現代文庫)
発掘から推理する (岩波現代文庫)
ISBN-10: 4006031300
ISBN-13: 978-4006031305 

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